第129話 結婚式当日


 結婚式前日のうちに、庭に町会長さんから借りたテーブルや椅子などを並べて、レイさんから借りたいくつかのクーラーボックスを用意し、そこに入れる保冷剤やビールなどを冷蔵庫で冷やしておいて。


 式の段取りなどは覚える必要がなく、挨拶なんかもする必要がないので、すべき準備は食事会場の準備と礼服やドレスなどの着替えの準備で……食事会場の準備はレイさんやテチさんのご両親や、コン君達が手伝ってくれたのもあって、かなりの速さで特に問題もなく準備を終えることが出来た。


 そうした準備をしているうちに、庭の隅の方というか、倉庫の前というか、その辺りではレンガが山積みにされての大きな窯が作られて、そこによりにもよってというか、丸焼きの中でも一番大きいだろう牛の肉が運ばれてきて、前日からじっくりと火を通す必要があるとかで調理が始まったりもしたけども……そちらは基本ノータッチ、テチさんのご両親に任せる形となる。


 俺が出す料理の燻製肉丼やアイガモのコンフィ、ホロホロ焼き鳥は明日早朝から調理する予定で……レイさんとレイさんの恋人になったばかりの店員さん、彌栄さんが手伝ってくれることになっているので、かなりの量を作ることになるが、なんとかなりそうだ。


『オレも! オレも手伝うから! ミクラにーちゃんが作ってるとこ見て、色々覚えてるからオレ!』


 ピョンピョンと跳ねながらそんな宣言をしてくれたコン君も手伝ってくれることになっていて……コン君はゲストだと言うのに、例の割烹着を用意して前日から泊まり込んでまで手伝ってくれることになっている。


 うちの両親や親戚が来るのは明日の10時頃。

 門のこちら側での宿泊は相変わらず出来ないままなので、10時頃に来て15時頃に帰る予定で……つまり10時から15時までが、結婚式本番ということになっている。


 うちの両親と叔父さんと叔母さんと……何人かが出席で。

 従兄弟達は仕事もあるし、許可を取ったり検疫検査を受けたりが大変だからと欠席、何人かの親戚連中や、祖父とその兄弟なんかも欠席で……曾祖父ちゃんの最期の時のことを根に持っているのか俺の親戚側の欠席はかなりの数となっている。


 まぁ、うん、それも仕方なし……ほとんど交流のない親戚も多いし、そんなものなのだろう。

 

 数少ない俺側の出席者の中で特に目立つ花応院さんになるだろうか。


 唯一親戚ではなく、その上元大臣という凄まじいまでの肩書を持った方で……両親や親戚の案内役を務めてくれることになっていて……このビッグネームには両親や親戚達もかなり驚いたようだ。


 親戚のうちの何人かは年賀状などでやり取りをしているのはなんとなく知っていたらしいのだけど、まさかそこまで親しい間柄だったとは思いもよらず、向こうではちょっとした騒動というか混乱もあったらしい。


 そこら辺の調整というか細かいことも、花応院さんが全て上手くやってくれているそうなので、花応院さんに全てを任せて……俺はただ明日の準備だけに集中することが出来た。


 俺が用意する料理と、テチさんのお母さんが用意してくれるウナギ料理と、テチさんのお父さんが用意してくれる牛の丸焼きと……流石にそれだけでは問題だろうと、とはいえ自分で作るには手が足りないだろうと、急遽スーパーに注文したオードブルとサラダと。


 それらを並べての食事会というか宴会が明日行われる結婚式の内容となる。


 明日の式にはテチさんのご友人も何人か来てくれるそうで……彼女達はテチさんの祝福以外にも、テチさんのウェディングドレスを見ることを目的にしているようだ。。


 直接その目で見てみて、ドレスが素敵なようなら……出来が良いのなら、自分達もそれを着てみたいという感じで……残り二つのパンフレットを狙っての、無料レンタル権を狙ってもいるそうで……まぁ、あれだ、門の向こうの結婚式のブーケトスを狙ったりするアレのようなものなんだろう。



 ともあれそんな感じで忙しく賑やかに結婚式前日は過ぎていって……翌日、早朝。


 まだまだ日が昇らないうちからスマホの目覚ましアラームが鳴り響き、俺とテチさんの結婚式のための一日が始まりを告げた。


 まだまだ霞がかっている早朝のうちから動き出すというのは、イベントがある日特有のことで……旅行とかレジャーとかをする日に限ってのことで、そういった経験が影響しているのか、それとも自分の結婚式に緊張してしまっているのか、目覚めた瞬間から胸が高鳴りドキドキが止まらない。


 ドキドキしたまま顔を洗って身支度を整えて……それでも落ち着かずコーヒーを飲んでみるが、やっぱり落ち着かない。


 そうこうしているうちにテチさんと、一緒に寝ていたコン君が起きてきて、顔を洗ったり着替えをしたりとし始めて……昨日のうちに用意しておいた簡単な朝食、バナナとフルーツヨーグルトという簡単な食事を三人で摂る。


 今日は一日忙しいのだからがっつり食べてしまっても良かったのだろうけど、何しろ今日の食卓に上がるのは肉肉肉、肉と肉と肉とウナギという超ヘビーメニューなので、朝は軽くしておこうと考えた訳だ。


 バナナ1本食べればある程度のエネルギーは補給出来るだろうし……後は庭に並ぶテーブルの上に並ぶだろう肉に手を出してなんとかしていくしかないだろう。


 朝食を終えたなら歯を磨いて、歯を磨いたならエプロンをつけた上で台所に立つ。


 礼服やドレスを着るのは全ての準備が終わってから、両親達がやってくる10時の前の、だいたい9時くらいで構わないだろう。


 そして今の時間は5時な訳で……9時までの残り4時間はエプロン姿で頑張ることになる。


 エプロン姿になったらオーブンを温めたり、燻製器の準備をしたりして、そうこうしているうちに車の音が聞こえてきて、慌ただしくテチさんのご両親やレイさんや彌栄さんがやってくる。


「やぁやぁ、おめでとう!」

「おめでとう、今日はごちそうを作ってきたからいっぱい食べてちょうだいね」


「よ、結婚式だってのに台所に立つなんて物好きだよなぁ、お前も」

「おめでとうございます、今日はよろしくお願いします」


 テチさんのお父さんとお母さんと、レイさんと彌栄さんがそう挨拶をしてくれて、挨拶を返して、言葉を交わして……そうこうしているうちにコン君のご両親までが手伝いに来てくれて、挨拶や雑談や、今日の段取りなんかの話が始まって、声が溢れて家の中が賑やかになっていって……それと同時に日が昇って周囲が明るくなっていく。


 そうして俺とテチさんの恐らく人生の中で一番大事で、一番長い一日が始まったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る