第130話 結婚式本番


 肉を敷き詰めた燻製器をコンロにかけ、オーブンでコンフィを焼き、レイさん達が庭に設置したバーベキュー用の炭火グリルでホロホロ焼き鳥をレイさんに焼いてもらって……コン君には主に俺の手伝いという形で雑用を頼み、テチさんには配膳を頼み。


 調理が終わった料理はすぐさま庭に並ぶテーブルの上に運ばれ、じわじわと集まってきたテチさん側の、リス耳リス尻尾の来賓達が自由に飲み始めて……テーブル側に並べておいたクーラーボックスからどんどんビールなどが取り出されてカシュッと聞き慣れた音があちこちから響いてくる。


 そうやって料理やビール、ジュースなどを楽しみながら、テチさん側の来賓達は、


「いやはや、おめでたいねぇ」


「いやぁ本当にねぇ、テチちゃんはどうなるものかと心配していたんだけど良かった良かった」


「旦那さんは人間だけども良い人そうで何よりだね」


「どの料理も美味しいねぇ、良い縁だ」


 なんてことを口々に言い始める。


 テチさんによると、このなんでもない雑談、親戚同士の交流こそが獣ヶ森の結婚式らしい。


 新郎新婦の親戚が集まって挨拶をして、言葉を交わして、一族の仲間となったことを祝い、喜び、これからよろしくねと、手を取り合う。


 一族と一族が繋がり、家と家が繋がり、困ったことがあったら助け合い、皆で一緒にこれからの日々を生きていく。


 新郎新婦が一緒になるだけではなく、そうやって一族が親戚が、皆が一つになることが獣ヶ森の結婚式においては重要視されるらしい。

 

 料理とお酒はそのための潤滑油で、後はこの場を祝おうという気持ちがあれば良い。


 門の向こうの結婚式とはまた違う雰囲気の、ゆるいというか気楽というか、そんな空気がこの場全体に漂っている。


 そんな中、テチさんのお母さん……いや、お義母さんが随分と立派な、蓋付きのバーベキューグリルでウナギの蒲焼きを焼き始めて……そこからたまらない良い香りが漂ってくる。


 台所の燻製器からも、オーブンからもそれぞれ良い匂いが漂っているのだが、ウナギのそれはまた特別というか負けないくらいの強い香りを放っていて、風の向きもあって庭からここまで容赦なく届いてきていて……お義母さんはそんな中、どんどんウナギを並べて、タレを塗ってと、手際よく調理を進めていく。


「……コン君、食べたくなったらいつでも向こうに行って席に付いても良いからね?

 子供用の背の高い椅子も用意されているみたいだし」


 そんな香りが周囲を支配していく中、出来上がったばかりの燻製を食べやすい薄さに切り分けていた俺がそう言うと……切り分けた燻製をトングで掴み、ホカホカご飯の上に並べていたコン君が、マスクをもごもごとさせながら言葉を返してくる。


「だいじょーぶ!

 しっかり仕事を終えてからいくから! 自分で言い出したからにはちゃんと最後まで頑張るよ!」


「コン君は偉いねぇ、俺がコン君と同じくらいの年の頃はお手伝いもしないで遊び呆けてばかりだったよ」


「へー、そうなんだ?

 ミクラにーちゃん、今はすごいけど子供の頃はダメダメだったんだなー!」


 俺が返した言葉に対し、コン君はそう言ってから得意げに胸を張って……そうしながら作業をしっかりと進めていく。


 獣人の子供達は皆が皆、何かしらの仕事をしていて、しっかりと働いていて……そんな皆と比べてしまえば、俺の子供の頃は本当にダメダメとしか言えないのだろうなぁ。


 今日の式にはテチさんの親戚の子供達、うちの畑以外の場所で働いているらしい子供達も何人か来ていて……皆が笑顔で美味しそうに、テーブルの上に並ぶ料理の数々を頬張っている。


 ……俺とテチさんの間にも子供が出来たらあんなにも可愛い子達が生まれる訳で、コン君のような元気な子がきっと生まれてきてくれる訳で……そんな光景を眺めていると、なんとも言えない温かな気分になってくる。


 子育ては可愛いばかりではいられない大変なことなんだとは分かってはいるのだけど……どうしても良い面ばかりというか、可愛い子供がいればきっと楽しい毎日になるんだろうなぁと、そんなことを考えてしまう。


 まぁ、うん……今日は結婚式、子育てを意識し始めるにはちょうど良い、節目となる日だ、今日くらいはそんな気分に浸っても悪くはないだろう。


 ……そう言えば俺とテチさんはまだそういうことは一度もっていうか、手とかもあまり握った覚えがないような……?


 なんてことを考え始めた辺りで、車の音が響いてくる。


 うちの両親や親戚が来るにはまだ早い時間で、テチさん側の来賓がまた来たのかなとも思ったけども、そうではないようで、すぐにスーパーの名前やロゴをでかでかと構えた配達車がやってくる。


 そうしてサラダやオードブルといった注文していた品々を次々にテーブルに並べていってくれて……誰かが電話で追加注文していたらしい、酒瓶が詰まったケースなんかも運ばれてくる。


 ……まぁ、うん、今日はめでたい日だから構わないんだけど、こちら側の親戚が来る前に酔いつぶれるなんてことはないように頼みますよ?


 なんてことを願いはしたものの、相手側に届くことはなく、美味しい料理が目の前にあるのだから飲まなきゃ損だとばかりに場が盛り上がっていく。


 まだまだ全員がそろってないというか、これからが本番なのだけどなぁと思いながらも、それを止める手段は無く……諦めの境地に至った俺は、お義母さんのウナギ料理を少しでも早く食べられるようにと、作業に意識を集中させ、懸命に手を動かしていく。


 そうして時間が過ぎていって……時計の針が10時を過ぎて、車の音が門の方から響いてくる。


「おお、やっと来ましたか」


「人間さんのご到着だ」


「いやー、楽しみですなー」


 なんて酔っぱらいリス耳おじさん達の声が響く中、送迎車が……温泉地でよく見るような、ミニバス的な送迎車がやってきて、家の少し前の辺りで停車し、ドアが開かれそこからゾロゾロと見慣れた面々が姿を見せてくる。


 最近来たばかりでもあり、既にテチさんとも会っている父さんと母さんは慣れた様子で堂々と。


 曾祖父ちゃんが存命の頃に、ここに来たことのあるらしい面々は周囲を見回しながら懐かしそうに目を細めながら。


 一度もここに来たことのなかった、獣人を始めて目にすることになる面々は恐る恐るといった様子で姿を見せて……そしてその獣人さん達は、なみなみと酒が注がれたコップなどを持ち上げたりして、焼鳥の串を振り回したりしてまるで飲み会に遅刻していた友人が、やっと来たみたいなテンションで声を上げ始める。


「こっちこっち、肉もお酒もいっぱいですよ!」


「さぁさぁさぁ、みなさんも食べましょう食べましょう」


「やぁ、めでたいめでたい! 人間さんと縁を結ぶことになるとはねぇ!」


「挨拶は後で良いですから、まずは駆け付け三杯と行きましょう!」


 結婚式とは思えないまさかのテンションに、一部の親戚たちはたじろぐものの、酒好き肉好きの面々は、結婚式とは思えない豪気な光景に目を輝かすことになり……そうして俺とテチさんの結婚式はいよいよ本番を迎えることになるのだった。

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