第128話 懐かしい夢


 ホロホロ鳥を美味しく食べた結果、やはりホロホロ鳥にコンフィは合わないだろうという結論が自分の中で出た。


 もともと脂がたっぷりで旨味がたっぷりで、わざわざ追加する必要もなく、シンプルに美味しいからこそ、調理法もシンプルに塩振って焼くのが一番。


 その塩さえもほんの少しで良いというのだから、流石は食鳥の女王と言わざるを得ない。


 この意見にはテチさんもコン君も納得してくれて……ホロホロ鳥は焼鳥として出すことが決まった。


 燻製肉丼とホロホロ焼鳥と、アイガモのコンフィと。

 いやはや全く、肉肉肉のとんでもない組み合わせで、更にそこにあちらさんが用意する料理が追加される訳で……俺達の結婚式はなんというか、カロリーと脂分との戦いを強いられることになりそうだ。


 父さんや母さんや親戚連中には申し訳なく思う所だけども……まぁ、無理に全部を食べなくても良い訳だし、そこは自分で食べる量を調整してもらうとしよう。

 

 そういう訳で今度こそ、ようやく、正式に結婚式に出す料理が決まって、メニューが決まって……そうして俺はそれからずっと、コンフィ作りやホロホロ鳥の下拵えをし続ける日々を送ることになった。


 コンフィを炊飯ジャーで煮てもらっている間に、ホロホロ鳥を解体しパックに詰めて冷蔵庫へ。

 瓶とパックに詰めて詰めて詰め込んで、翌日追加で届いたアイガモ肉達をどうにか冷蔵庫に入れられるようにするためにいくらかは冷凍庫に回して……そうしながらも料理をし続けて。


 普通の結婚式なら絶対に味わえない苦労というか、疲労感というか、これならもう普通の結婚式をやった方が楽だったのかもしれない。


 そんな風に日々が過ぎていって……そうしてそれはある日の晩のことだった。


 布団に潜り込んだ俺は、確実にこれは夢だなと分かる……今までにも何度も見てきた、すっかりと馴染みとなった夢を見ることになった。


 それはまず、実家からここまで……曾祖父ちゃんの住んでいる山の麓までを車で移動しているという内容だった。

 

 長い長い、子供には特に長く感じる車での長時間移動。

 その間俺はずっと窓の外の風景を見ていて、毎年のように目にするその光景の特徴的な部分ばかりを記憶していた。


 大きなカーブを描く道、ボロボロでいつか崩れてしまうんじゃないかと思う石橋、大きな木々が並ぶ山の中を登る道に、登った分だけ下る急な道に。


 それは成長して曾祖父ちゃんの家に行かなくなってから、定期的にというかたまにというか、よく見た訳ではないのだけど、それでも繰り返し何度も何度も何度も見てきた夢で……社会人になってからはその光景のほとんどがボヤけてはっきりしていなかったのだけど、つい最近になって改めて通ったこともあって、いくつかの光景が夢とは思えない程にはっきりと描かれている。


 そんな移動の夢の後は決まって曾祖父ちゃんの家の中の光景を夢に見ることになる。


 蚊取り線香の香り、なり続ける風鈴の音、慣れたら気にならないけども慣れるまでは五月蝿くて仕方ない蝉しぐれ、ちゃぶ台の上に置かれた菓子入れに山盛りとなった煎餅、腹巻き姿の曾祖父ちゃん。


 夢の中の曾祖父ちゃんは病床で見たあの姿とは全然違って、背筋がピンと伸びていて、筋肉の盛り上がる腕には血管が浮かんでいて……毎日のようにしていたお灸の匂いがまとわりついていて。


 この光景も少し前まではボヤけてばかりだったのだけど、この家に住み始めたおかげか、細部までをはっきりと思い出すことが出来る。


 そう言えば棚の上にはコケシが並んでいたな、とか、木彫りの熊があったな、とか。

 大きな将棋のコマが置いてあったな、とか、お菓子の缶が小物入れにされて、いくつもいくつも積み上がっていたな、とか。


 トイレもお風呂も今とは全然違う和式の古いもので、家電も古くてボロボロになったものばかりで、電波が悪いのかテレビにはいつも横線が走っていて……。


 ああ、涙が出てくる、悲しいことがあった場所でもないのに、なんでか涙が出てくる。


 いつのまにか小学生の頃の視点に戻って、いつもの席に腰掛けて、そうやって懐かしい俺が家の中を眺めていると……テテテッという、聞き慣れた足音が響いてくる。


『きたよー!』


 元気な声、コン君の声に似ているけど、はっきりと別人だと分かる高い声。


 そこにはコン君や畑で働く子供達そっくりの、オーバーオール姿の女の子の姿があり、その姿を見るなり俺は、まるでそうするのが当たり前かのように立ち上がって『いってきます』とそう曾祖父ちゃんに声をかけて女の子の下に駆けていって、そのまま一緒に遊びに出かけていく。


 虫取りをして、女の子に木の実を取ってもらって一緒に食べて、川で釣りをして魚を焼いて一緒に食べて、その流れで川遊びをしようとして大人に怒られて……仕方なく湖に行って。


 そうやって夏休みいっぱい一緒に遊んで、遊びながら夏休みの宿題として日記を書いていって……遊んでばかりの日記に何か一つ面白いことを書きたくて、あそこに……立ち入ってはいけない場所に言ってみたいな、なんてことを言い出してしまう。


 いつのまにか視線はそんな二人の、年齢相応に無謀で馬鹿な子供を見守る大人の視点となっていて……そんな二人を止めるべきか止めないべきかと、そんなことで悩んでしまう。


 ここで誰かが止めていれば俺は女の子のことを忘れず、ずっと仲良しの友達でいられたはずだ。

 だがここで止めてしまっていたら……果たしてテチさんと俺は今のような関係になれたのだろうか? もしかしたら友達のままだったんじゃないか……?


 それかあるいは、どこかのタイミングで喧嘩したり、色々なことで気まずくなったりして疎遠になってしまっていたんじゃないか……?


 そう思うと止めたい思いと止めたくない思いがせめぎ合って答えを出すことが出来ない。


 俺がそうして答えを出せないままでいると、子供達は禁域と呼ばれるあの場所へ入っていってしまう。

 入っていって、そこの光景に目を輝かせて、何かを成し遂げたような気分になって、お互いの手と手を握って奥へ奥へと……。


 そしてそこで誰かに怒られて、何かがあって禁域の外へと追い出されて……そこからは何もない真っ暗闇で。


 そうしてふと気付けば俺は東京の会社で、書類の山とメモ用紙を何枚も貼り付けられたパソコンを前にして仕事をしていて……。


 休憩時間になって、父親からの着信があって、曾祖父ちゃんが危篤だという話を聞かされて、仕事を早退して病院に駆けつけて……。


 そこで目を覚ました俺は……窓から降り注ぐ朝日を見ながら、全くなんて夢だよと大きなため息を吐き出す。


 何故か汗だくで、全身ベトベトで……そこで俺は気温がいつになく高いことに気付いて、潜り込んでいた布団を蹴飛ばして、汗だくの体を外に解放する。


 その気温の高さはまるで夏のようで……まだまだ夏は遠いだろうになぁとそんなことを思いながら起き上がり、シャワーを浴びるために風呂場へと向かう。


 いよいよ結婚式は明日……今日中に料理の準備を仕上げて、着替えの準備もしておかなければ。


 そんなことを考えながら俺は温水用のハンドルをシャワーの方へとひねり……そして思っていた以上に冷たい冷水が出て来たのに驚いて震え上がりながら……そこでようやくしっかりと目を覚まし、給湯器の電源を入れていないことに気が付くのだった。

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