第127話 ホロホロ焼き鳥
アイガモとホロホロ鳥が予想以上にたくさん届いてしまったことは、困ったものだけども、ホロホロ鳥が大量に手に入ったこと、好きに料理していいことはとても嬉しいことだった。
ホロホロ鳥の肉はニワトリの肉に比べて臭みがなくクセがなく、味をつけずに焼いてもはっきりと味が分かる程に濃厚で旨味もあって、脂も乗っていてジューシーという欠点らしい欠点がないすっごく美味しいお肉だ。
食鳥の女王なんて呼ばれ方をすることもあるくらいで、以前お店で食べた時はそのあまりの美味しさに感動してしまった程だった。
そんなホロホロ鳥の美味しい食べ方は、シンプルに焼き鳥にしてしまうのが一番だろう。
タタキももちろん美味しいのだけど、そちらは一度冷凍した方が良いとのことだったのですぐには出来ない。
となるとやっぱり焼き鳥が一番で、塩を軽く振って出来れば炭火でじっくりと焼くのが最高だ。
柚子胡椒でも悪くはないし……脂の量が多いのでさっぱりおろしポン酢や、大根おろしだけというのも悪くないし、レモン汁たっぷりおろしという変化球も中々どうして悪くない。
あるいはその旨味を堪能するためにスープにするのも良いし、寒い日ならばシチューという手もあるし……ニワトリの卵を使っての他人丼も悪くない。
そのままでも美味しいホロホロ鳥の肉に濃いめの味付けとなる丼ものは中々暴力的なのだけども、その旨味がガツンと主張してくれるおかげで、卵との相性も良いしご飯との相性もいいし、箸が止まらなくなる。
……なんてことを考えながら一羽のホロホロ鳥を、流し台の奥に立て掛けたスマホの動画を見ながら解体していく。
流石に鳥一羽丸々の解体は経験がないので動画を参考にしながらで……スマホの側にはいつになく真剣な表情のコン君が待機してくれていて、見逃した所やもう一度見たい所を再確認するための、シークバー操作を担当してくれている。
「もうちょっと戻して……うん、そこ。
ありがとう……よし、こんな感じか」
なんてことを言いながら解体していって……コン君は俺の要望にしっかりと応える形でスマホを操作してくれて、昼食になんとか間に合わせるために懸命に作業を進めていく。
お店で見かけるような各部位に切り分けて、使わない部位は後で冷蔵庫しまうことにして……これから食べる部位は一口サイズに切っていって、切ったら焼き鳥用の鉄櫛で刺していく。
刺し終えたらお皿に乗っけておいて……一旦手を洗ってからチャック付きパックを用意し、トングなどで使わない部位を掴んでしまい……一応二重パックにした上で冷蔵庫へ。
生の鶏肉はなんだかんだと菌の宝庫だから、扱いに気をつけることにこしたことはないだろう。
ホロホロ鳥もそうなのかは知らないのだけども……まぁ、それでも気をつけることは悪いことではないはずだ。
しまい終えたらもう一度手を洗って、包丁やトングも念入りに洗って……そうしたなら櫛に刺したホロホロ鳥肉に軽く塩を振って……今日はコショウも行こうかなとオマケで振って、そうしてからコンロのグリルに綺麗に並べて……スイッチを押し込んで火を点ける。
出来ることなら……出来ることなら炭火で行きたいのだけど、それはまぁ、今度で良いだろう。
何しろあれだけの量のお肉があるのだから、機会はいくらでもあるはずだ……と、そんな感じに作業が一段落した所で、今までずっと静かにお手伝いをしてくれていた、コン君が声を上げてくる。
「オレ、串の焼き鳥って初めてかも! かーちゃんが鳥を焼く時はフライパンでてりやきって感じだから!」
「あー……てりやきか、てりやきもいいねぇ。
ホロホロ鳥のてりやきか……うん、今度そうしてみるのも良いかもしれないな」
そう俺が言葉を返すとコン君は笑顔で元気に声を返してくる。
「てりやきにしてー、ご飯に乗せてー、海苔とネギをぱらぱらしたら食べて良いんだよ!」
「おー……おおー……その食べ方も美味しそうだなぁ。
海苔とネギと来たか……良い組み合わせだねぇ」
「かーちゃん、海苔大好きだから!
海にいけなくても海の香りを味わえるから好きなんだって、あと健康にも良いから食べなさいって!
干したのより、焼いたやつのほうが消化に良いんだよー」
「へぇ……海の香りかぁ。
……今は無理でも、いずれはコン君達も海に行けるようになると良いね。
……何処かの孤島とかプライベートビーチとか、そういう所で……皆で泳げたら楽しいかもね」
「んー……オレは湖でも全然楽しいよ!
夏になると、おっきな湖と川で泳いで良いってことになって、川は大人しか駄目だから、オレ達子供は湖に行くんだ」
「へぇ? なんで川は大人しか駄目なの?」
グリルの中の様子を、ちょこちょこと確認しながらそう返すと、コン君もまた俺を真似して、グリルの正面にある窓を覗き込みながら……窓の辺りに器用に張り付きながら言葉を返してくる。
「川は流れてるから、子供は危ないんだ。
おっきな滝もあるし、流されない大人だけが泳いで良いんだよ。
湖は奥までいかなきゃ深くないから、子供はそっちで泳いだり釣りしたりして楽しむんだー」
「へぇー……湖で泳ぐのも楽しそうだねぇ。
夏になったら皆で遊びにいこっか?」
「うん!」
俺の言葉にそう返してコン君は、窓に張り付いたままいつもの笑顔をこちらに向けてきて……そんなコン君の脇の辺りから窓の中を覗き込んだ俺は、、そろそろかなと盛り付けようの新しいお皿を用意する。
俺が皿を用意し始めたのを見て、察してくれたコン君はコンロから離れてくれて……そうして俺はグリル網を引っ張り出し、ホロホロ鳥肉の焼け具合を確認する。
しっかりと火が通っていて、染み出した脂が唸っていて、香りがこれでもかと鼻の奥をついてきて……うん、問題なさそうだ。
十分に火が通っているようなので火を止めて、お皿に盛り付けて……台所の床に降り立ち、両手を大きく振り上げながら待ち構えてくれているコン君にそのお皿を託す。
するとコン君はそれをちゃぶ台へと持っていってくれて……俺はそれを見送りながら、ご飯と野菜のおひたしと味噌汁という、朝食の残りを三人分、用意していく。
用意したなら配膳して、そうこうしているうちに帰ってきていたらしいテチさんが待っているちゃぶ台の前のいつもの位置に腰を下ろして……手を合わせたなら「いただきます!」といつもの挨拶をする。
本当はテチさんに確認したいことというか、色々と言いたいことがあったのだけど、焼きたてホカホカの美味しいご飯を前にしてそんなことをするのは無粋だろう。
まずは用意した食事を美味しく食べて話はそれから。
そういう訳で俺達が手を伸ばしたのは当然の如く、ホロホロ鳥の焼き鳥串だった。
櫛を掴んで持ち上げて、脂がしたたるお肉を見つめて……ごくりと喉を鳴らしてから噛み付いて、串から肉を引き抜き食べる。
まず口に入れた時点で脂と風味がガツンと来て、一度噛んだら旨味が広がってきて、肉の中から味が飛び出してきて、そうなったらもう噛むのが止まらない。
もっともっとと串を持つ手と口が動き、ご飯や味噌汁、おひたしのことを完全に無視して、ただただホロホロ鳥の味だけに意識を集中させる。
美味い、この森の中で育てたものだからか、普通のホロホロ鳥よりも明らかに美味くて、ただ塩を振っただけの味付けとは思えない程の味が口の中に広がり続ける。
その味は本当に圧倒的で……俺達はそれから夢中になって、お皿の上に積み上がった串へと手を伸ばし続けるのだった。
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