第126話 大量注文


 翌日。


 昨日のうちにテチさんが、養殖をやっているという人にアイガモの注文を済ませてくれて……そうして翌日、俺は一人でアイガモ肉の到着を、家事をしながら待っていた。


 コン君は昨日の夜に帰宅して久しぶりの家族団らんを堪能している頃で、テチさんはいつものように畑に向かっていて……虫の声と風の音が響く中で久しぶりの静かな時間を過ごしていく。


 家事をして、家事が終わったなら保存食用に買い集めておいた保存瓶の準備をして、煮沸の準備をして、もちろん炊飯ジャーの準備もして。


 そうやってそろそろ昼食かな、なんてことを考えていると……タタタッと聞き慣れた足音が響いてくる。


「きーたよ」


 それもまた聞き慣れたいつもの声で、俺は縁側の方を見やりながら声を返す。


「はい、いらっしゃい。

 っていうかコン君、家族団らんは良いの? お父さんとお母さん、今日はお休みなんでしょ?」


「おやすみだよ、おやすみだからってふたりとも昼寝し始めちゃったから暇なんだよー。

 とーちゃんとかーちゃんに会わないっていうのも、前に比べたら全然短いし、もう気にならないかなー」


「大人になったねぇ」


 なんてことを俺が言うと、コン君は靴を脱いで縁側によじ登りながらいつもの笑顔を見せてきて……そうしてから駆け出し、洗面所へと向かう。


 洗面所で手洗いうがいを済ませたら、ピョンピョンと強めのスキップというか、思いっきり跳ね跳んでいるというか、まるでウサギかと思うような移動方で、台所に立つ俺の側へとやってくる。


「で、にーちゃん、お肉届いた? それともこれから?」


 やってきて、タタタッと駆け上がって流し台の椅子に座って、そう声をかけてきたコン君に言葉を返そうとした……その時、車のエンジン音が、森の奥の方から響いてくる。


 森の奥からやってきて庭の前まで移動してそこで停車。ドアの開閉音があり、小走りの足音があり……、


「ごめんくださーい!」


 と、若い男性の声が縁側の方から響いてくる。


「はーい!」


 そう返して振り返り、縁側の方に振り向きながら足を進めると……そこには青いデニム生地と思われるエプロンをした青年の姿があり……短く刈り込んだ黒髪の中にちょこんと黒い毛に覆われた耳が立っていた。


 犬……か、それとも狐か。

 いずれにしてもイヌ科の獣人なんだろうなぁと、そんな事を考えていると、表情から読み取ったのか、にこやかな笑みを浮かべた青年が元気な声を上げてくる。


「オオカミです!

 普段は鳥とかの養殖をしていて、猟期になったら猟をしています!

 自前の鼻で狩猟犬いらずなんで、注文があればガンガンとってきますよ!」


「おー、それは凄いですね。猟期になった時にはジビエ肉を注文させていただきます。

 ……それで、今日はアイガモ肉の配達ということで?」


 縁側まで行ってそう言葉を返すと、青年は少し訝しがった様子になってから、笑顔に戻って俺の言葉を訂正する形で言葉を返してくる。


「はい、アイガモ肉とホロホロ鳥肉の大量注文、ありがとうございます!

 お支払いの振り込みは今朝方確認いたしまして……ただ、あの量を今日一日でというのは少し難しいので今日明日の二日をかけて配達させていただきます。

 今、工場の方で絶賛解体中なので、明日中には注文分全てをお届けできるかと思います!」


 ああ、うん、なるほど。

 やっぱりホロホロ鳥も注文しちゃったんですね? しかも大量に?

 養殖場がフル稼働して間に合わない程の数って、一体どんな数を注文したのやら……注文も支払いも全部テチさんが自分のスマホでやっちゃったから、詳しいことは知らないんだよなぁ……。


 なんてことを考えて一瞬硬直した俺は「ではこちらにお願いします」とそう言って、縁側でサンダルを履いて倉庫へと移動し……倉庫の戸をあけて、倉庫の冷蔵庫まで青年を案内する。


「あーはいはいはい、立派な業務用冷蔵庫に冷凍庫じゃないですか。

 なるほど、大量注文はこれがあるからですか、納得です。

 ……しっかり洗浄した上で、一羽一羽真空パックしてますので、それなりに保つとは思いますが、それでもなるべく早めに召し上がってくださいね」


 倉庫に並ぶ冷蔵庫群を見るなりそういった青年は、笑顔を弾けさせてから、手に持っていたキャップを被り直し、腰ポケットに入れていた手袋をし直し、軽ワゴンといった様子の配達車へと向かい……そこから大きな、両手で抱える程の、配達用のプラスチック製荷箱を持ってくる。


「箱は後日の返却で大丈夫です。

 なんでしたら再注文の時までこちらで保管していただいても問題ありません。

 ……あ、冷凍しても良いですけど、その場合は柔らかさと味がいくらか落ちてしまうので、覚悟の上でお願いします。

 タタキなどにする場合は味などが落ちるのだとしても一旦冷凍することをおすすめしますよ。

 ……残り2箱ありますので、待っててくださいね。」


 持ってきて冷蔵庫を開けて中にドスンと置いてから、そんな爆弾発言をして……俺は足元に駆け寄ってきたコン君と一緒に恐る恐る冷蔵庫の中に鎮座する箱の中を覗き込む。


 羽根を抜かれ、首を落とされ内蔵を抜かれた鳥の肉が丸々真空パックされていて……真空パックには何の肉なのか、いつ解体したものか、推奨保存方法などの細かいデータが書かれたシールが貼り付けられている。


「……わぁ。アイガモがいっぱいだぁ」


 思わずそんな声が漏れる。

 今目の前にあるだけで十分過ぎる、この時点で既に必要量を越えている、ましてや更に2箱なんて必要無いどころではない。


 っていうか、解体してないんですね!? そこからやるんですね!?

 出来なくはないけども、手間がかかりそうだなぁ、ちくしょう!!


 そんな俺の内心に気付くことなくコン君はその目をキラキラと輝かせていて……箱の縁に手をかけて箱の中を覗き込んでは俺の方へと振り返り、期待の視線を俺に向けてきて……そうかと思ったらまた箱の中を覗き込んで、口の中でじゅるりと音を立てる。


 そうこうしているうちに次々と箱が届けられてきて……それなりの大きさだったはずの業務用冷蔵庫の中が3つの箱で埋め尽くされる。


 2つがアイガモで、1つがホロホロ鳥。


 それらの箱を入れるために外され脇によけられた網棚がなんとも哀愁を誘う。


「……コン君、閉めるよ」


 その光景を封印するために俺はそう言って……コン君が安全な場所まで移動したのを確認してから冷蔵庫のドアをしっかり閉める。


 そうしてからオオカミの配達員さんの配達書にサインをして……、


「まいどどうも! また大量注文をしていただけるなら今回みたいに増量サービスしますんで、どうぞよろしくお願いします!!」

 

 そんな元気な声を上げて配達者に乗り込んで帰っていく。


 ……それを見送り、小さくうなだれ、あの量を調理するのかとため息を吐き出していると……コン君がそんな俺のことを見上げながら声をかけてくる。


「明日も来るんだよね! 明日が楽しみだね!!」


 ……そうでしたね、解体が間に合ってなくて明日も来るんでしたね。

 ……今日いくらか調理をして、いくらかは冷凍に回しておかないとですね。


 そんなコン君にトドメを刺された俺は、今度は本格的に大きく項垂れることになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る