第125話 迂闊な実椋
オリーブ油でじっくり煮て、フライパンでもってこんがりと焼いて……輪切りのレモンを添えて、砕いたパセリを軽く散らして、とそうして出来上がった骨付き鳥モモ肉はさてさて、どんなお味か。
フランス料理っぽくナイフとフォークを用意して、それでも「いただきます」と日本式の挨拶をして、そうしてから三人同時にモモ肉にナイフとフォークを刺す。
一口サイズに切り取って、そっと口の中に運んで……もぐっと咀嚼しての感想は、柔らかいというものだった。
柔らかくて旨味がしみ出ていて、下味もしっかりついていて。
それでいて油がじゅんわりと染み込んでいるものだから、鶏肉が鶏肉とは思えない程にジューシーで美味しい。
それほど噛まなくてもあっさりと崩れてくれて、風味と味は鶏肉なんだけども高級牛肉を思わせる柔らかさがあって。
ごくりとそれを飲み込んでから口を開き感想を口にする。
「思っていたよりも美味しくなってくれたねぇ。
カモ肉とかじゃないからどうなることかと思ったけど鶏肉でも十分美味しいなぁ」
続いてテチさんとコン君も感想を口にしてくれる。
「これは中々だな、油の感じが特に気に入った」
「うんまいよー! レモンがよく合うよー!」
そんな感想を受けて、俺もレモンとの相性を試すかとレモンの輪切りを手にとって絞ってみて……そうしてからもう一口食べてみると、うん、これも中々どうして悪くない。
脂分の少ない鶏肉だからこそというか、唐揚げやフライドチキンに似た魅力があるというか、衣とかがない分だけ味が直接的で、肉の味を堪能することが出来て……もっと良い鶏肉を使ったならうんと化ける料理かもしれないなぁ。
「……これで保存食だって言うだから参るよなぁ。
まだ熟成させてはいないから、時間が経ってからの味は未知数だけど……時間が経った方が美味しくなるなんて情報もあったし、うぅむ、流石フランス料理」
続けて俺がそんな感想を言う中……テチさんとコン君はもう無言で、夢中になってコンフィを食べ続ける。
そんな二人を見て驚くやら嬉しく思うやら、顔を少し綻ばせた俺は、コンフィへとフォークとナイフを伸ばしながら、結婚式にどれだけの量のコンフィを出せるかなと、そんなことを考えていく。
炊飯ジャーの大きさの関係で一度に多くの数を作ることは出来ないし、時間もかかってしまうのだけども、作っては瓶詰めにするのを繰り返していけば、来週までにはそれなりの数が作れるだろう。
調理時間を考慮すると、調理回数は一日2・3回が限度というところで……煮る時間をいくらか短くしたら、それだけペースを早めることが出来るから……それで来賓の分をどうにか揃えることができそうだ。
問題があるとすれば……何の肉を使うかってことだろうか。
市販の今食べているような鶏肉にすべきか、それとも少しでも良い肉にするべきか。
良い鶏肉か、それともカモ肉か……。
ただカモ肉の場合はまた味付けとかハーブとかを変える必要がありそうだしなぁ……カモ肉をそれだけの数揃えるというのも、可能なのかどうか、怪しい所だろう。
中々売っているものでもないし、注文したからってすぐに届くものでもないし……そうこうしているうちに来週が来てしまう。
そうなるとやっぱり鶏肉で手を打つことにして……それなりの品質のもので妥協するのが一番かと、そんなことを考えていると……あっという間にコンフィを食べ尽くしてしまったらしいテチさんが、考え事をしすぎて手の止まっている俺のことをじぃっと見つめてくる。
「……何か考え事か?」
「ああ、うん、結婚式に出すコンフィのお肉をどうしようかと思ってね。
スーパーの鶏肉でできるだけ良いものにしようと決めたとこだよ。
カモ肉も美味しいんだろうけど、流石に来週までとなると手に入らないだろうしねぇ」
そう俺が返すとテチさんは「ふう」と小さくため息を吐き出してから言葉を返してくる。
「そういうことは悩みすぎる前にまず相談しろ。
アイガモで良いなら手に入るはずだぞ、近くで養殖している所があるからな。
アイガモだけじゃなくて、色々な鳥をそこで飼っていたはずだ、確か……ホロホロ鳥と言ったか? そんなのもいたはずだ」
「え、あ、そうなの?
近所で? へぇ、養殖……そう言えばレストランとかで出るカモも野生のじゃなくてアイガモのだって話を聞いたことがあったな。
野生のカモの肉は猟期しか獲れない訳だしねぇ。
そういうことならそこに注文してお肉を用意してもらうことにしようか。
多少値が張るのかもだけどお祝い事だしね、アイガモの骨付きモモ肉を人数分……えっと、連絡先とかは分かる?」
「そこの業者は知り合いだから後で私の方から連絡しておくよ。
アイガモだけでいいのか? ニワトリやホロホロ鳥だって用意してくれると思うぞ?」
「ホロホロ鳥は……なんていうか、コンフィにするまでもなく美味しいっていうか、以前食べたことあるけど、あれはニワトリとかカモとかとは別種のお肉だからねぇ。
旨味の暴力っていうか、お肉の中のお肉っていうか……。
ホロホロ鳥にはホロホロ鳥の美味しい食べ方があるから、また今度の機会になるかな」
と、俺はそんな言葉を口にしてしまって……そうして迂闊な自分を呪うことになる。
俺の言葉を耳にした目の前の肉食獣二名の目の色が変わってしまっていた。
近所で飼っているというのに、食べたことがないのか「そんなに美味しいものなのか……」とか「あんなに怖い見た目なのに……」とかそんなことを言いながら、口の中でジュルリと音を立ててしまっている。
「い、いやいやいや、待って待って待って、流石に手が回らないよ。
燻製肉丼にコンフィに、それで手一杯、ホロホロ鳥まではどうにもできないよ!
第一調理したことないし、調理法も知らないし、食べたことがあると言っても1・2回程度だし……明らかに他の料理より難易度高いから!? 厳しいから!?」
そんな二人に対し、俺がそんな悲鳴を上げると……二人は分かっているとばかりの、したり顔でうんうんと頷く。
いやいや、一体何を分かってしまっているのか、そんな顔をして一体どんな悪巧みをしてしまっているのか。
俺が慌てふためく中二人は、食器を持って立ち上がり、台所に向かって片付けを済ませて……洗面所に向かい、歯磨きをすると思いきや、そこでヒソヒソとなにかを話し合い始める。
どうやら二人の腹は決まってしまっているようで、事は動き始めてしまったようで……諦めのため息を吐き出した俺は、残ったコンフィを静かに食べていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます