第108話 兵糧丸作り


 休憩を終えてコン君の着替えやらを終えて、再び台所へと移動した俺、テチさん、コン君の三人は……それぞれ自分用のすり鉢やボウルなどの道具と、多種多様な材料をテーブルに並べての兵糧丸作りの準備を整えていた。


 兵糧丸の作り方は本当に簡単で、材料をすり潰して混ぜ合わせて、練り合わせて団子状にしてから焼くなり蒸すなりしたら完成となる訳で……美味しく作るために気をつけるべきは、作り方がどうこうというよりも材料を何にするか、何を混ぜ合わせるか、になるだろう。


「カレーパウダー兵糧丸も気になるけど、まずは基本的な兵糧丸の味を知るために、王道なのから作っていこうか」


 そんなことを言いながら俺が手にとったのは……袋入り市販品の米粉、白玉粉、きな粉、そば粉、すりゴマだった。


 どれもこれもすり鉢で作ろうと思えば作れないこともないのだけど……流石に人力では時間がかかりすぎるし、出来上がりにムラが出来てしまうのは明らかだったので、今回は楽をすることにしたというか、市販のものを使うことにしたという訳だ。


「レシピをざっと調べた感じ、米粉だけの兵糧丸とかそば粉だけの兵糧丸とかもあったみたいなんだけど、出来るだけ多くの種類を混ぜて多くの栄養を採った方が良いとされているみたいだから、まずはこれらを大体同じ量ずつ混ぜていくとしようか」


 そんなことを言いながら俺は軽量カップを手に取り……用意した粉の袋から同量をすくいとっていって……ボウルの中にそっと流し込んでいく。


「本当の兵糧丸ではここで漢方薬を色々と入れた訳だけど……漢方は素人が扱うと副作用とかで良くないことが起こることが多いので、今回は使いません。

 使いませんが……調べた感じ、普通の食材とそう変わらない材料がいくつか漢方薬扱いされていたので、それらを使ってみたいと思います!」


 流し終えるなり俺がそう言っていくつかの材料を取り出してテーブルの上に並べていくと……コン君から「おー!」という声があがり、テチさんからは半笑いの「おー」という声が上がる。


 俺が取り出した材料というのは、本当にそこら辺で当たり前に使われている食材というか、氷砂糖とニッキ、山芋粉ともち米粉というなんでもない代物であり……兵糧丸が作られていた当時は、これらが体に良い漢方薬扱いを受けていたというんだからなんとも面白い話だよなぁ。


「じゃぁこれらのうち粉になっていないのを一つずつ、すり鉢で砕いていって……綺麗に砕けたならボウルに流し込んでいこう」


 テーブルの上に材料を並べ終えるなり俺がそう言うと、コン君とテチさんから「はーい」との返事が返ってきて……三人仲良くすりこぎ棒を手にとって、まずは氷砂糖を粉にし、次にニッキを……ほんの少量だけを可能な限り粉にし、ボウルの中へと流し込んでいく。


 それが終わったなら山芋粉ともち米粉を流し込み……これで一応の基本材料が全て揃ったので、最後に水を流し込んで、手でもってしっかりと混ぜ合わせていく。


 本当のことを言うとこれに更にお酒を入れて混ぜるのだけど、料理酒とは言えコン君にお酒を扱わせるのはまずかろうと、今回は使わないことにした。


 直接飲む訳じゃないけども、間近で匂いを嗅いだりしていると酔っちゃうこともあるし……安全第一、それで多少味が落ちたとしても、これらの材料の数々を見る限り全く問題は無いだろう。


 本物の兵糧丸には更に高麗人参、甘草、ハトムギ種、蓮の種なんかが入っていたらしい。

 どれもこれも手に入れようと思えば手に入れられるものではあったのだけど、高麗人蔘とか甘草とかは使い方によっては内臓にダメージを与えてしまうこともあるらしいので、これも安全第一ということで手を出すつもりはない。


 後は地域によっては干し魚とか煮魚とかも入っていたようだけど、そこら辺はレシピがしっかり残っていないのと、味がどうなるのか不安な部分があったので今回は保留だ。


「水が足りなければ水を足して、じっくり丁寧に練っていって……良い感じに混ざりあったらお団子状に丸めていこう。

 丸めたなら今回は蒸してみようと思っているから、このお皿の上に広げた蒸し巾の上に並べてもらって……全員分が出来上がったら、そのままコンロに用意した蒸し鍋に持っていってさっと蒸していくよー」


「はーい!」


「はーい」


 俺の言葉に対し、コン君とテチさんがそう返してきて……そうして作業を始めた俺達はそれぞれの性格が出た兵糧丸を完成させていく。


 俺のは平均的で、コン君のはまだまだ料理自体に不慣れなのかいびつで、テチさんのは力を入れすぎているのか潰れ気味というか、圧縮されてカチカチで……。


 ……まぁ、食べられないことはないし? 個性が出ていてそれはそれで良いし? 今回は蒸すことにしたのもあって、その程度の差はきっと……うん、問題ない……はずだ。


 焼くよりも蒸す方が柔らかく、ほくほくになってくれるはずで……テチさんの兵糧丸に少し不安が残るけども、良い仕上がりになってくれるはずだと信じて練り合わせた粉、全てを丸めていって、丸めたなら落とさないように蒸し鍋の中へと移動させて……移動が終わったなら、コンロの火を点ける。


「にーちゃん、兵糧丸も時間かかっちゃうの? 何十分も待つ感じ?」


 火を点けるなりテーブルの上にちょこんと座ったコン君がそう声をかけてきて……俺は首を左右に振りながら言葉を返す。


「いや、そんなには待たなくて良いはずだよ。

 蒸すために水を沸騰させなきゃいけない訳で、そのためにどうしても数分はかかっちゃうけど……今回使った材料はどれもこれも、火を通さなくても問題ない材料ばかりだからね。

 十分に水蒸気が上がって熱が通ってホクホクになったらそれで食べられるはずさ。

 少なくとも缶詰よりうんと早く出来るはずだけど……出来たては中に熱がこもってアチアチだろうから、ヤケドをしないように冷ます必要はあるかもね」


 するとコン君はいつもの笑顔を返してきて……だけれども少しだけ笑顔に力がなくて。


 どうやらすり鉢での作業で思ったよりも疲れてしまったらしい、そんなコン君の様子を見て俺は……テチさんに無言のアイコンタクトを送る。


 するとテチさんはコン君に優しく語りかけて、コン君のことを抱きかけて居間へと移動してくれて……俺は蒸し鍋が沸騰するまでの時間で、新しいレモネードを作り……それらを居間へと持っていく。


 そうして皆で一緒にレモネードを飲んで……飲みながらも台所の蒸し鍋の方へと視線をやって、蒸気の上がり具合などを細かくチェックしておく。


 そうやって良い頃合いになったなら火を止めて、蓋をあけて蒸し布を広げると……その瞬間、たまらなく良い香りが台所中に立ち込める。


 炊きたてご飯の香りを甘く香ばしくした感じといいうか、蒸したてのもち米の香りというか……なんというか。


 独特ではありながらも、どこか懐かしさを感じるその匂いをたっぷりと堪能しながら……ふかふかに蒸された兵糧丸を取皿に拾い上げていく。


 そうして全ての兵糧丸を取皿に拾い上げた俺は……尚も良い香りを放つ兵糧丸が乗ったお皿を……疲れていても待ちきれない思いが強いのか、今にもこちらに駆け出してきそうなコン君と、コン君程ではないにしろ、忍者食である兵糧丸を早く食べてみたいと目を輝かせているテチさんの下へと持っていくのだった。

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