第107話 缶詰を作って


 材料を揃えて、調味料を揃えて……それからの作業は本当に簡単なものだ。

 材料を切って缶の中に入れて、調味料を混ぜて調味液を作ってから缶の中に入れて。


 俺が材料を切る係で、コン君が調味液を混ぜる係で、手際よくサバ味噌缶、イワシ味噌缶、ソーセージ醤油煮缶、ベーコン醤油煮缶……それとほぼほぼ移し替えただけでしかないフルーツ缶を作っていく。


 作った缶に蓋をするのは俺の仕事で……大きな支柱の中程についた大きなハンドルがあり、その左右に細かい調整ネジがあるといった形のキットに作った缶を設置するのも俺の仕事で、調整ネジを説明書通りにセットするのも俺の仕事で……最後の最後、二重巻締を行うためのハンドル操作だけをコン君にお願いする。


 すると割烹着姿のコン君はテーブルの上の缶詰キットの前に仁王立ちになり、両手でもって大きなハンドルをがっしりと掴み……腕だけではなく全身の力を使ってグイグイとハンドルを回していく。


 そうやってハンドルを一回転させたなら、また調整ネジを俺が調整し、調整が終わったならコン君がハンドルを回し、もう一度調整ネジを……と、作業を繰り返していく。


 コン君にとってかなりの大きさとなるそのハンドルを回すのは大仕事で、それを5回分、缶詰5個分もやるとなると大変なことで……「ぬぎぎぎ!」なんて声を上げて荒く息を吐き出しながら、それでも笑顔で楽しそうにハンドルを回していく。


 自分で缶詰を作っているという実感がたまらないのか、いつもとはまた違う仕事をしているんだという達成感があるのか。

 コン君の目はキラキラと、いつになく輝いていて……その様子を見守っていた俺はふと子供の頃の懐かしい記憶を思い出していく。


 子供の頃、休日になると両親は俺を色々な所で連れていってくれた。

 遊園地や動物園や水族館。

 キャンプやハイキング、海水浴にバーベキュー。

 美術館や歴史館、科学館なんかにもいったし……時にはそれを面倒に思ったこともある。


 家でゲームをしていたい、友達と遊んでいたい、訳の分からない場所になんか行きたくないと、そんな我儘を言ってしまったこともある。


 それでも両親は俺をあちこちに連れていってくれて、様々なことを経験させてくれて……そうして大人になってから思ったのは、俺の両親はとても良い両親であり、俺のために懸命に頑張ってくれていたんだなってことだ。


 色々な場所にいったこと、色々な経験をしたこと、その全てが人生の役に立った訳ではないが、いざ大人になってみるとそういった知識や経験が役に立つこともあって……人生を楽しく明るいものにしてくれることもあって。


 そして今コン君という、育ち盛りの子供を前にして胸に抱くのは……コン君にも俺のように色々なことを経験させてあげたいなという想いだった。


 コン君はあくまで他所の子であり、そんな俺の想いは余計なお世話でしかない訳だけども……それでもそうしてあげたいという想いがあり、これが実子だったならどれだけ強い想いを抱くのだろうかと思ってしまう程であり……今更ながらに両親の気持ちを、親の想いというものを理解する。


 ……コン君達は獣人な訳で、この獣ヶ森で生きていく人々な訳で、海とかそういう所に連れていってあげることは出来ないのだけど……せめてここで経験出来ることは、こんな風に家とかで出来ることはなんでもやらせてあげたいな……なんてことを思ってしまう。


「にーちゃん! 最後の巻締、終わったよ!」


 そんなことをつらつらと考えていると、マスクをしていても分かる満面の笑みとなったコン君がそう声を上げてくる。


 それを受けて我に返った俺は「頑張ったね! ご苦労さま!」と声をかけてから、しっかりと蓋のされた缶を回収し……コンロに用意しておいた水を張った鍋の中にそれらを沈めていく。


 中身が違う缶詰全部をこうして加熱処理をするのは乱暴ではあるのだけど、しっかり温度管理が出来る訳でもなし、どうせ同じ火力で同じだけの時間加熱することになるのだからと、5つの缶を並べてから……コンロのスイッチを押してしっかりと点火し、鍋の蓋をしてからキッチンタイマーを作動させる。


「よし、後はこのまま、中に火が通るまで加熱し続けたら完成って訳だね。

 完成まではかなりの時間が必要だから……まずは缶詰作りに使った道具を片付けて、片付け終えたら一旦休憩して、そうしてから兵糧丸作りを始めようか!」


 そうしてから俺がそう言うとコン君はぎゅっと目をつむっての笑顔で頷いてくれて……それから二人で、疲れていない俺が中心になって片付けや洗い物をこなしていく。


 しっかり洗ってしっかり片付けて……片付けを終えたなら疲労回復のためのクエン酸たっぷりレモネードをささっと作ってあげて。


 これから色々食べる予定なので食べ物はなしで、たっぷりのレモネードだけを持って居間へと移動する。


 移動したならコン君の割烹着を俺も手伝いながら一旦脱がしてあげて……そうしてから座布団の上に座り、庭から吹いてくる爽やかな風を感じながら、レモネードに差したストローから甘くてすっぱくてたまらないレモネードを存分に味わう。


「すっぱーいけど美味しー!

 オレ、レモネードって初めて飲んだ!」


 するとコン君がそう声を上げてきて……俺は驚きながら言葉を返す。


「和食党なお家だからお家では飲まないんだろうけど、外出先とか缶ジュースとかでも飲んだりしなかったの?」


「しなかったー。

 っていうかジュースであるの? レモネードって?」


「え、いや、普通にあるは……ず……ってあれ? そう言えば最近は見かけないな。

 子供の頃はなんかたくさんあって、映画とかでもよく見かけるからよく飲んでいたイメージだけど……。

 あー……いや、キリンなレモンとか、レモネードって名乗ってないだけで、それっぽい味のはある……のかな?」


「キリンなレモンは飲んだことあるけど、にーちゃんが作ってこれとは全然違う感じだなー!」


 なんて会話をしながらレモネードを飲んでいって……十分に体を休めて、さてそろそろ兵糧丸作り開始かなという所で、買い物にでかけていたテチさんが買い物袋を両手いっぱいに持って縁側からの帰宅をしてくる。


「……また買いすぎてしまった……」


 初めて一緒に買い物に行った時にもそんなようなことを言っていたなーと、懐かしい思い出に浸りながら「おかえり」と声をかけて、テチさんから買い物袋を受け取り……テチさんの分のレモネードを作るべく台所へと向かう。


 俺がそうこうする間にテチさんは洗面所に向かっての手洗いうがいを済ませて、済ませるなり台所へとやってきて、買い物袋から冷蔵庫、冷凍庫に入れるべきものをしまっていって……その中で何やら黄色くて丸い、筒状の何かを取り出し、俺に見せつけてくる。


「ほら、以前実椋がカレー味の兵糧丸を作るとかいっていたからこんなのを買ってきてやったぞ。

 これを使って焼いた鶏肉を試食できるコーナーがあったんだが、びっくりする程に美味くてな、思わず買ってしまったんだ」


 黄色いそれはどうやらカレーパウダーのようで……市販で良いのを見つけてきてくれたようで、俺はテチさんに感謝の言葉を返しながら、一体どこのメーカーのものかと、それを受け取ってのチェックをしようとする。


 するとすっかりと見慣れた、カレーと言えばなあのロゴが視界に入り込んできて……俺は思わず、


「カレールーで有名なバーモンなカレーのパウダー!? こ、こんなのがあったの!?」


 と、そんな声を上げてしまうのだった。

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