第109話 忍者気分
お皿を居間のちゃぶ台に並べて、ついでにお茶を入れて……皆で一緒に「いただきます!」と声を上げたなら、それぞれが作った兵糧丸をちょいとつまんで口の中に放り込む。
するとゴマやきな粉などの香ばしい香りが鼻の奥へと突き抜けて……その香りを楽しみながら一噛みすると、くにゃりとしたなんとも言えない食感が伝わってくる。
くにゃりとしていてもちもちとしていて……それでいてしっかりとした歯ごたえがあって、噛めば噛む程香りが強くなり、結構な甘さが口の中いっぱいに広がって……様々な食材を混ぜているせいか、少しだけごちゃついているというか、複雑な味になってしまっているけども、それでもうん、これは……、
「うーむ、やっぱり美味いなぁ。
子供の頃に食べたのは、母さんが俺のためにレシピを無視して美味しくしてくれていたのかと思っていたけど、概ねレシピ通りに作ってもこの味かぁ」
と、そんな感想が、つい口からこぼれるくらいには美味しいものだった。
材料からして不味そうな気配はなかった訳だけど、色々な粉を混ぜたのが中々良い感じに合わさっていて、ニッキなど独特の香りも中々の良い仕事をしていて……食感もまた独特ながら嫌な感じはなく、何度でも噛んでいたいと思う程には良いものだった。
「お餅っぽい……?
んー……白玉団子……?
固くて香りの強い白玉団子……白玉ゴマ団子?
……白玉八ツ橋ゴマ団子!! うん、美味しい!!」
コン君の感想はそんな内容となっていた。
恐らくは獣人の強い嗅覚が、兵糧丸の中に混ぜ込まれたそれぞれの材料の香りを感じ取ってしまうのだろう。
口にした瞬間は混ざり合ってボヤけている味に混乱してしまっていて、混乱しながらも思わずモグモグと口を動かしたくなる食感があって……何度も噛むうちに味と香りがはっきりしてきて……それらが明確になった瞬間、美味しいという言葉が漏れ出て。
一度食べて慣れてしまえば、もう気にならないのか、コン君は次から次へと兵糧丸を口の中に送り込んでいて……そしてテチさんは、兵糧丸を少し齧ってじっと見つめ、また齧ってじっと見つめ……と、そんなことを繰り返していた。
「ふーむ、これが忍者食で有名な兵糧丸か。
不味そうなイメージがあったが思ったよりも美味いというか……これ、時代が時代ならごちそう扱いを受けるくらいに甘くて美味しくて、贅沢なものになっていないか?
忍者はこんなのを常に食べていたのか……? 忍者とはこんなのを任務の度に食べられる程儲かるものだったのか……?」
そうやって食べた上でそんな言葉を口にして……どうやらテチさんは忍者考察モードに入ってしまったらしい。
真顔でじぃっと兵糧丸のことを見つめて、あれこれと頭の中で考えて。
そんなテチさんのことをじぃっと見つめた俺は、小さく笑ってからテチさんの疑問に言葉を返していく。
「んー……任務の度に食べていたかは微妙なとこなんじゃないかな。
まるで保存携行食のように語られることのある兵糧丸だけど、実際のところは携行性には優れているけど保存性は今ひとつ……笹の葉とか抗菌作用があるって葉っぱに包んでも、そこまでは保たなさそうなんだよね。
ならなんで兵糧丸なんてものを作っていたかというと……これはあくまで俺がそう思っているってだけの仮説なんだけど、過酷な任務の達成率を上げるための、士気を向上させるためのものだったんじゃないかな」
そう言って俺は兵糧丸を一つつまみ、口の中に放り込み……よく噛んで飲み込んで、その味を堪能しながら言葉を続けていく。
「テチさんが言った通りにごちそうで、厳しい任務の時にしか食べられないもので……更に材料からしてカロリーもたっぷりで、色々な漢方薬を入れることで健康効果もバッチリで。
どうしても達成しなければならない難度の高い過酷な任務に出ていく忍者のために、用意したって感じなんだと思うよ。
レシピを見ると氷砂糖とかハチミツとか甘味をたくさん使っているようでさ……当時は貴重だった甘味をこうやって食べることで忍者達のやる気っていうか、気力っていうか、士気がうんと上がったんじゃないかな。
死ぬかもしれない任務だけど、またこの美味しい兵糧丸を食べるために絶対に任務を成功させて生きて帰ってやる! ……みたいなさ」
俺のその言葉を受けてテチさんは、兵糧丸をぱくりと食べ……その味をじっくりと堪能してから、お茶をすすり……あったかいため息を吐き出しながら言葉を返してくる。
「なるほど、そういうのもあったのかもしれないな。
しかしそうすると……忍者は普段、任務中にどんなものを食べていたんだろうな?
毎回毎回兵糧丸って訳では無いのならば、兵糧丸に保存性が無いならば、一週間とか二週間とか、一ヶ月も続く任務の場合は一体どうしていたんだ?」
「それに関しては……この前話した干し飯とかの乾燥食材を用意しておくか、それか現地調達をしていたんじゃないかな?」
「現地調達……?」
「うん、日本って大体どこでも、山でも海でも川でも、知識さえあれば食料を手に入れることが出来るからね。
当たり前に見かけているなんでもない雑草とか、石の裏とかにいる生き物とか……昔の人達が食べないようにしていた色々な動物のお肉とか。
飢饉だーって時でも他の人が食べないようなものを、忍者はその知識と技術でもって食料にしていたんじゃないかな。
言うならば忍者にとっての一番の携行保存食は、その知識と技術と、それと経験ってことになるのかもね」
もちろん敵から奪うだとか、商人やそこら辺の村人から買うだとか、そういう方法もあったのだろう。
他にも色々アレな方法とか、現代人には思いつけない方法とか、あれやこれやもあったはずで……現地調達が出来るのならば、わざわざ持っていく必要はないはずだ。
干し飯だって量が多ければかさ張るし、兵糧丸だって多すぎれば重くなるしコストがかさむし……長期任務や長旅に必要な大量の食料を抱えていたりしたら怪しいなんてもんじゃないからねぇ。
後はまぁ、旅人が各地の集落や町で食料を求めるのはごく自然なことで、あちらこちらで食料を得ながら遠方まで出かけるなんてことは、忍者の時代にはごくごく当たり前のことで……変に怪しまれないためにもそういった普通の手段も使っていたのかもしれない。
「……まぁ、うん、とりあえずこれを食べ終わったら今度はカレー味のも作ってみようか。
カレーに馴染むように甘さは控えて……カレー餅みたいな感じになるのかな?
蒸したてのもちもちカレー餅……うん、これも中々美味しくなってくれそうだね。
……本当は他にもレシピを試したいんだけど、何しろカロリーが凄いし、お腹にたまるものだからね、一日に何度も食べるのは厳しいだろうねぇ」
最後の兵糧丸を口の中に放り込んで、じっくりと味を堪能して……そうしてから俺がそう言うと、テチさんとコン君はこくりと頷き……そして何故か立ち上がって庭の方へと二人揃って歩いていく。
「え? あれ? どうしたの?」
と、俺が声をかけると、二人は何故だかシニカルな笑みをこちらに向けてきて……そうして庭へと出て棒を用意し、二人で鍛錬を始めてしまう。
軽やかに、素早く、鋭く棒を振るっての鍛錬はいつものそれとは少し様子が違っていて……。
その光景を見た俺は、
「あぁ……忍者気分で鍛錬をしたくなっちゃったのか」
なんてことを言いながらお茶をすすり……兵糧丸パワーで暴れまわる二人のことをぼんやりと眺め続けるのだった。
――――以下あとがきです。
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多くの方に楽しんでいただけているようで、本当に嬉しいです!
これからも楽しんでいただけるよう、頑張っていきますので、引き続きの応援を頂ければ幸いです!
本当にありがとうございました!
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