第99話 備蓄
ソーセージをコン君と堪能して、少し休憩してから後片付けをしていると、それを手伝ってくれていたコン君が声を上げてくる。
「にーちゃんにーちゃん、棚が缶詰でいっぱいになってるけど、いつのまに買ったの?」
台所の隅にある棚の扉を開けて、その中をじぃっと見やってそんなことを言ってくるコン君に俺は片付けを続けながら言葉を返す。
「ん? スーパーに行った時とか通販の時とかにちょいちょい買い足している感じだね」
「えぇ……どんどん買い足してるの?
もう十分だし……いや、十分っていうか多いよ? すごく多いよ? 棚一段を埋め尽くしちゃってるじゃん」
「あー……まぁ、うん、色々な種類を買っているからね、そうなっちゃうかもね」
「え、なんでそんなに買っちゃってるの? 今度缶詰を作るからその勉強のため?」
棚の扉をパタンとしめて、訝しがっているというか驚いているというか、その両方の感情を込めたというような表情をしたコン君が、こちらに視線を向けながらそう言ってきて、俺は笑いながらその疑問に答えていく。
「もちろんそれもあるけども、備蓄目的がメインだよ。
それだけあってもテチさんと二人で食べたらあっという間だからね……色々な種類があるのは飽きないようにしているからだし、栄養のことも考えるとやっぱりそのくらいの種類は必要になるよね」
「……んんー? 備蓄? ミクラにーちゃんはそんなに缶詰ばっかり食べてるのか?
あんなに料理が上手なのにこんなにたくさんの缶詰が必要になるの??」
「ああ、いや、うん……普段食べる用の備蓄じゃなくて災害の時のための備蓄なんだよ。
災害で買い物ができなくなって、復旧までの一週間か二週間かを缶詰で過ごしても大丈夫なようにって感じでね。
これは何も缶詰だけって訳じゃなくて、長持ちする水とかも買って倉庫に置いてあるし、トイレットペーパーにティッシュ……水と洗剤を入れれば洗濯が出来る袋とか、トイレの水が流せない時でも出したものを固めて匂いを消してくれる粉とか、そういったのも買ってそこかしこにしまってあるんだよ」
「へぇー……!
そう言えばテレビでいざという時のために備蓄しましょーって言ってたかも!」
「うんうん、たまにそういうのも見かけるね。
こうやって皆が食料や日用品を備蓄しておけば、いざ災害が起きた時に困らなくて済むし……こうやっておけば皆の家が備蓄倉庫になるんだよね。
皆の家が備蓄倉庫で、皆の家に十分な食料や物資があれば……外からそれらを運ぶ必要がなくなるんだよ。
食料とかを運ばなくて良い分、医薬品を運んだり災害復旧に必要な物資を運んだりする余裕が生まれて、その結果、災害からの復興が早くなる……かもしれない訳だね」
「はー……なるほどなー……。
でもこうやって買い込んで、災害とか起きなかったらどうするの? 賞味期限きちゃうよ?」
「その時は賞味期限が切れちゃう前に食べちゃえば良いんだよ。
それにまぁ……災害への備えとかは無駄に終わるならそれに越したことのないことだからね……。
備蓄とかをしたけども無駄だった、何の意味もなかった、そう思えるっていうのはとっても幸せなことなんだよ」
と、俺がそう言うとコン君は大きく首を傾げる。
首を傾げてうんうんと考え込んで……だけれども俺の言葉を完全に理解はできなくて、だからこそ懸命に理解しようと頑張っているようだ。
「災害は本当に大変だからね……それまでの生活ができなくなって当たり前だったことが当たり前じゃなくなって……。
俺が災害と呼べるものに遭ったのは子供の頃に一度だけで、それも曾祖父ちゃんのおかげで何の苦労もなく、大変な思いをすることなく終わった感じで……本当の意味での被災っていうのはしていないんだけど、それでも大変な光景を目にしたからね……備蓄とかはしっかりしておこうと思っているんだ」
そんなコン君に俺がそう言葉をかけると……その意味のいくらかを受け取ってくれたらしいコン君は真面目な顔で大きく頷いて、着ている服のお腹の辺りにある大きなポケットからまさかの子ども用スマートフォンを取り出す。
最近になってコン君は、オーバーオールとかパーカーとか、大きなポケットのついた服を着ていることが多かったのだけど……どうやら最近買ったばかりといった様子のスマホを入れておくためにそういった服を選んでいたようだ。
スマホを取り出したなら少し自慢げな様子でそれを俺に見せつけてきて、俺にも見える形で操作し始めて……自分はスマホを操作出来るんだぞと、ちゃんと使い方を分かっているんだぞと、そんな自慢をしているかのような態度で電話帳を開き、通話ボタンをしっかりと強めに押す。
するとすぐに通話が繋がり応答があって……コン君は緊張した様子でスマホの向こうの相手との会話をし始める。
「かーちゃん! え? あ? 誰って? あ、そっか、電話はまず名乗るんだっけ。
オレだよ、オレ……違う!? 詐欺じゃないよ!? えっとえっと三昧耶こんしろぬし、です。
え? どんな用? あ、えっと……そうだ! うちはちゃんと災害用の備蓄とかしてるのかなって! 備蓄はいざという時のためにしなきゃいけないんだって!
え? してる? ……でもオレ知らない……え? カンパン? あ、うん、前に食べた。
ジャム塗ったら美味しかった……あ、あれが備蓄なの!?」
三昧耶こんしろぬし。
コン君の本名。
どういった意味が込められた名前なのかは知らないけども、随分と立派そうというか、たいそうな意味が込められてそうなその名前は普段使いするには少しばかり大変というか、舌を噛みそうなものであり……そういう訳でテチさんや一緒に働いている子供達や、ご両親でさえ普段はコンと、あるいはコン君と呼んでいる。
そんなコン君の初めての電話は、お母さんに備蓄をしているのかと問い合わせるものであり……どうやらコン君のお家もしっかりと備蓄をしているようだ。
しっかりと備蓄をしていて、ローリングストックもしているようで……コン君はついこの間、その備蓄の一部、賞味期限が近づいてきたものをおやつとして食べたようだ。
ローリングストック……多めに備えて、備えたものを古い順に日常の中で使っていって、使った分を補充するという備蓄方。
食料だけでなくウエットタオル、カセットボンベ、乾電池、使い捨てカイロなんかもそうしておくといざという時に頼りになってくれる。
それがコン君のお家では当たり前に行われていて……当たり前過ぎてコン君にとっては日常の、なんでもない当たり前の風景となってしまっていたようで……。
カンパンという定番の備蓄食品でさえも『なんでもない普通のおやつ』と思ってしまっていたらしいコン君は、混乱しながらもスマホの向こうのお母さんの説明に「うん……うん……」と相槌を打ちながら聞き入る。
そうして数分程度の会話を終えたコン君は、もう一度しっかりと強めにスマホを操作してから……満面の笑みをこちらに向けて、なんとも嬉しそうな声を上げてくる。
「にーちゃん! うちもしっかり備蓄してるんだってさ!
災害持ち出し袋とかも人数分あって、食べ物もいっぱいあって、何があっても大丈夫なようにしてるんだって!
オレ達リスの獣人は備蓄とかが得意で大好きだから、そういうのはしっかりしてるんだってさ!
へへーん、どうだー、凄いだろ!!」
そう言って胸をぐいと張ってくるコン君に対して俺は、本心から一言「すごいじゃないか!」とそう言って……コン君の側へと足を進めて、コン君の頭をこれでもかと撫でてあげるのだった。
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