第91話 レイさんとの雑談


 翌日。


 花応院さんからの電話があってテチさんは、朝から森の奥の洋服屋さんへと出かけていった。


 ドレスを着るからには背丈肩幅、その他諸々の採寸が必要で、かといって採寸のためだけにお店の人を門の向こうから呼びつける訳にはいかないし、テチさんを向こうにも行かせる訳にもいかないしで……こちらの洋服屋さんに採寸してもらい、そのデータだけをあちらに送る、ということになったからだ。


 尻尾の件についてもその時に話したのだけど、花応院さんは俺に言われるまでもなくそのことについてを考えていてくれていたらしい。


 具体的にどうするのか、その詳細はまだ分からないものの、とにかく花応院さんがどうにかしてくれるんだそうで……詳細については『目処』が立ってからこちらに連絡してくれるらしい。


 テチさんがそうやって外出するのであれば、誰かが代わりに子供達のことを見てあげる必要があり……そういう訳で今日は、畑に出ていつもの休憩所で……未来の義兄であるレイさんとの時間を過ごすことになった。


「いつも手伝ってもらっていますけど……その、大丈夫なんですか? お店の方は」


 点呼を終えて子供達が木々の方へと駆け出して……それから少し経った頃に、そう声をかけると、レイさんは笑いながら言葉を返してくる。


「はっはっはー、大丈夫大丈夫、全く問題ないねぇ。

 今日販売するためのお菓子はとっくのとうに……昨日の晩に仕込んでおいて早朝から朝の間に作ってあるからな!

 店が開店した今、パティシエのオレが店にいなくても何の支障もねぇんだよ。

 もし菓子が売れすぎて追加でなんか作るとなったら連絡が来ることになってるが……ま、休日でもない限り、そんなことは起きないしな。

 配達とか仕入れとか、そういった仕事は雇ってる人達に任せることも出来るし……そういう訳でやろうと思えば毎日だってここに来られるって訳よ」


「えーっと……深夜とか早朝に働いているとなると今とかはお昼寝の時間っていうか、体を休めなきゃいけない時間だと思うんですけど、本当に大丈夫ですか……?」


「肉体労働しろとか、走り回れってんじゃないなら平気平気、なんとでもなるってもんよ。

 実家住まいで家事やら身の回りのことは全部お袋がやってくれてるしな……一人暮らしで頑張ってる連中よりかは、随分と楽させてもらってるよ。

 んなことよりもだ、とかてちにウェディングドレス着させてやるとはなぁ……中々粋なことするじゃないか」


「ああ、うん、はい。

 ……正直なことを言うと、着させてあげたいって気持ちも勿論あるんですけど、何より俺自身が見てみたいんですよね、テチさんのウェディングドレス姿。

 なのでまぁ、テチさんのためってのも本音ではあるんですけど、半分は俺のためなんですよね」


 俺のそんな言葉を受けてレイさんは、目を丸くしてからカラカラと明るい笑い声を弾けさせる。


「ははははは! なるほどなぁ!

 確かに……惚れた女のウェディングドレス姿を見れるんなら多少の苦労や多少の出費も訳ないか。

 うんうん、分かるよ、その気持ち……オレもいつかあの人のドレス姿見てみたいもんだねぇ」


「ああ、レイさんにも良い人がいるんですねぇ。

 テチさんのドレスをきっかけにこちらで流行ってくれるかもですし……そうなったら近い内に見られるかもしれませんね」


 それは特に深い考えなしに、なんとなしに口にした言葉だった。

 レイさんにも良い人がいて、上手くいっていて……結婚する日も近いものと、そう思い込んだ上で。


 だが実際には違ったようで、そんな言葉をかけられたレイさんは分かりやすい形で肩を落として落ち込む。


「うん……まぁ、そうだったなら良かったんだけどな。

 中々どうして上手くいかないんだよなぁ……」


 そんなことを言って遠い目をするレイさんに対し、俺は別の話を振って話を変えようかとも思ったのだけど……なんとなくレイさんが話を聞いて欲しそうにしていたので、あえて突っ込んだ質問を投げかける。


「……えっと、その惚れた女性って何処のどなたなんですか?」


「お、聞いてくれるか!

 いやまぁ、それがなー、何処の誰っていうかなー……今さっき話した雇っている人、今店番をやってくれている人なんだよ。

 可愛らしい人でなぁ、仕事もできる人でなぁ、素敵な人なんだけどなぁ……その、なんだ、雇い主としてはな、こうな……セクハラっていうかパワハラっていうか、雇っている人に声かけたりするのはな、躊躇っちまうんだよな」


「ああ、なるほど……」


 と、俺がそう返すレイさんは、何か吹っ切れるものでもあったのか、その人についてを物凄い勢いで口にし始める。


 今日やいつもみたいに家族のため、テチさんのために店を空けることを許してくれて、文句一つ言わないで働いてくれて、お菓子作りにも興味があって、自分でも作ったりしていて。


 話がよく合い、話が合うものだから何処までも話す事ができて、一緒にいることが苦にならない素敵な人。


 話がただ合うだけじゃなくて、性格もよくて、勿論外見も好みで……知り合ってから結構な時間が経ったのもあって、レイさんの中ではもうすっかりと同僚以上の友人以上の、家族のような存在になっているとかで……恋人になりたいし、一緒に暮らしたいし、もう結婚したくて仕方ないと、そんなことまで勢いのままに口にしてしまう。


 ……と、その時、がさりと大きな、レイさんの声が響き渡る中でも聴き逃がせない大きな音がする。


 音の発生源は森のほうで、森から何かが出てきたような音で……俺とレイさんは、イノシシか何かでもやってきたかと、驚きながら体を緊張させながらそちらへと視線を移す。


 するとそこには……何の獣人なのだろうか、可愛らしい犬系かな? と思うような耳を頭の上にちょこんと乗せたエプロン姿の女性が立っていた。


 そしてそのエプロンには『洋菓子 栗柄』との文字があり、俺は思わず洋菓子栗柄の店長、栗柄あるれいさんの方に視線を向ける。


 するとレイさんは、顔を真っ青にしながら……漫画みたいに見て分かる程の冷や汗をかきながら震わせた声を返す。


「あ、あの……お店の方はどうなって……」


 そんなレイさんの声に対し、女性は頬を赤らめながら可愛らしい声を返す。


「パートの南さんが来てくださったので、お店は南さんに任せて私はその……この前作ったお菓子を店長に食べてもらいたくて、それでその……こちらにお邪魔しようと思って……」


 その結果俺達の会話を盗み聞きすることになってしまって……そんな会話の最中に勇気を出して踏み込んできた女性の、あからさまな声と態度を受けて俺は何も言わずに席を立つ。


 お邪魔虫はとっとと退散、後はお若い二人にお任せします、なんてありきたりのセリフを胸中で呟きながら子供達の方へと静かに、気配を殺しながら向かっていって……そうしてレイさん達の会話が落ち着くまでの間、俺は子供達から栗の木の世話の仕方を教わるのだった。

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