第92話 ソーセージ作り開始


 レイさん達はその後、お付き合いをしていくことにしたようだ。

 結婚とかはまだ考えずにゆっくりと、二人の中を深めていくという感じになったらしい。


 以前テチさんは、獣人は大体働いているうちに結婚相手を決めるなんてことを話していて、レイさんや相手の女性……彌栄(やさか)さんにそういう相手はいなかったのか? なんてことをついつい思ってしまった訳だけど……その答えは居るには居たが別れてしまった、ということらしい。


 子供の頃から仲良くしていて、そのまま上手く行く例もあれば、家族のような感覚になり、恋愛相手と思えなくなり、恋愛や結婚やらを意識する年頃になった辺りで疎遠になってしまうんだそうで……これもまたよくある話、なんだそうだ。


 特にレイさんはパティシエになるために修行していたというか、仕事もせずにお菓子作りに励んでいた時期があり……そういったこともあって、以前お付き合いしていた人とは別れてしまったんだそうだ。

 

 彌栄さんもそれなりの事情があって相手と別れていて……そんな二人が今回出会えて、相思相愛になれたのはとても幸運で幸せなことだと言えるだろう。


 そんな幸せな出来事の裏側で、テチさんの採寸は無事に終わり、そのデータも花応院さんの下に送られて……後は花応院さんの方で進めているらしい準備が整えば、いつでもドレスを借りられる状態になる、という訳だ。


 結婚式については日程がしっかりと決まっていなかったけども……ドレスの準備が整ってこっちに届き次第でも良いのかもしれないな、なんてことをテチさんと話し合ったりして……それから数日が経っての日曜日。


 いよいよ、テチさんやコン君がずっと楽しみにしていたバーベキュー兼、手作りソーセージ会の日がやってきた。


 バーベキューの具材は前日に買い揃えてある。 

 バーベキューグリルに関してはレイさんと御衣縫さんが持っているということだったので、その両方を既に借りてある。


 それらは既に庭に設置されていて……後は火を入れさえすれば使える状態にしてある。


 ついでにキャンプ用の椅子やらテーブルなんかも借りてあるし、休憩用のキャンプシートなんかもあるし……レイさんが勝手に設置したパラソルとアウトドアチェアなんかの姿もある。


 お肉をソースに漬け込んだり、柔らかくするために果汁を吹き付けたり叩いたり、そういった下処理も昨日のうちに済ませてある。


 どうせならと作ってみたバーベキューソースも準備万端、ソーセージ用の具材もしっかりと買い込んでおいたし、ソーセージキットの試運転なども既に終わっている。


 ビールもしっかり買い揃えてあって、クーラーボックスの中で待機している。


 となればもう、いつでもソーセージ作りとバーベキューを開始しても良いって状態なんだけども……参加するはずの面々が、どういう訳か姿を見せない。


 テチさんは朝から何処へいったのかいないし、一応声をかけたご両親も来ていないし、レイさんも彌栄さんも来ていない。


 コン君は朝早くから来ているけど、ご両親は来ていないし……御衣縫さん夫婦もまだ顔を見せてくれていない。


「……もうそろそろ予定していた9時になるんだけどなぁ……。

 うーん、いつまでも待ってられないし俺達だけで始めちゃおうか?」


 エプロン姿で縁側に経って隣に立つ、以前料理した時と同様の割烹着姿のコン君にそう声をかけると、コン君はなんともわざとらしい態度でやれやれと首を左右に振ってから、俺のことを見上げてきてコクリと頷く。


「じゃぁまずは何よりもソーセージ作りからだね。

 キットの使い方、ソーセージの作り方は昨日説明したけど、改めて確認しながらやっていこうか」


 そんなコン君に俺がそう言葉を返すと、コン君は「うん!」と声を上げていつもの目をつぶっての笑顔になってくれて……俺達は台所に移動し、ソーセージ作りを開始する。


 まずはソーセージ……腸詰めの基本である、腸の準備。

 市販されているものの多くが塩漬けにされているので、使う分だけを取り出して水に漬け込んでの塩抜きをしておく。


 腸の塩抜きをしっかりやったなら、今度はタネ作りだ。


 ひき肉、調味料、氷を入れて手で混ぜ合わせるというのが基本。

 ソーセージキットの中にはひき肉を作るミンサーまで入っていたのだけど、今回はそこら辺は簡略、お店でひき肉を買ってくるという楽な手を使っている。


 そして何故氷を入れるのかというと……お肉を温めてしまわないためだ。

 お肉を温めてしまうと脂肪分が溶け出て浮き出て、食感が悪くなってしまう、らしい。

 なのでネタの中に氷を入れるだけでなく、手そのものも氷につけて冷やす必要があるそうで……冷やした手でしっかりと、5分程かけて練る必要がある。


 練り終えたら氷は回収し、練ったネタを腸に詰めたなら後は火を通せば完成という訳だ


「まずはチーズ入りソーセージから作っていこうか。

 チーズは出来るだけ小さく、サイコロみたいな風に切って、切ったらひき肉と一緒にボウルの中に入れる。

 調味料は……まぁ、好みによるんだけど、塩、胡椒、砂糖、ナツメグが基本で、更にハーブを入れることもあるね。

 保存食にするつもりならここで更に保存料を入れることになるけど、今回はすぐに食べきるからそれは無し。

 中央アジアの方では保存のために硝石を入れたりしていたって言うんだから驚くよねぇ」


 なんてことを言いながらまずはチーズをまな板の上に用意して、コン君と一緒にゆっくりと丁寧に切り分けていく。


 切り分けたなら調味料各種を用意し、前もって小皿に盛っておいて……最後の最後にボウルとひき肉と氷を用意し……手早くお肉を投入、続いてチーズ、調味料各種を投入して、お肉を温めてしまわないように二人がかりで練り合わせていく。


 別のボウルに入れた氷の中に手を突っ込み、余計な水をネタの中に入れてしまわないようにしっかりと水を切りながら練っていって……きっちり5分練ったなら、ソーセージキットの主役、ソーセージガンを用意する。


 腸詰めの道具としては『絞り袋』なんてものがあったりする。

 ケーキのクリームを絞る道具によく似ていて、その中にタネを詰め込んで、袋を絞ったり手で押したりすることで、先端にはめこまれた腸の中にタネが送り込まれていくって感じだ。


 だがこの道具には慣れないと上手く肉を送り込めない、腸の中で肉が均一にならない、腸を破ってしまうなんていう欠点があり……素人が手を出すというのは、正直な所おすすめできない。


 本格的っぽいからという理由でそれを買って、実際にやってみて……腸が破けて大惨事になって、結局ひき肉は全部フライパンで炒めることになったという、なんとも馬鹿なことをやってしまったことのある俺が言うんだから間違いない。


 それとは逆に大きなプラ製の筒に銃口とグリップとトリガーをつけたといった形のソーセージガンは素人にもおすすめな、誰が使っても大体上手くいくナイスなアイテムとなっている。


 ソーセージガンの中にタネを詰め込んだなら、銃口に腸をしっかりとはめこみ、手で抑えるなりしながら、ソーセージガンのトリガーを引く。


 すると引くたびに肉がスルスル通しこまれていって……一定の力で押されるためか、均一に綺麗なソーセージが出来上がるという訳だ。


 という訳で早速そのソーセージガンの中に、チーズ入りのタネを詰め込み、銃口に塩抜きの終わった腸をしっかりとはめ込み、俺がソーセージガン本体と腸のことをしっかりと持って……トリガーはずっとこれをやりたがっていたコン君に任せる。


「焦らずゆっくりと、一定の速度でやっていけば良いから……うん、早速やっていこうか」


 トリガーを任せてそう声をかけて、俺が大きく頷くと、神妙な面持ちになったコン君が、大きく深呼吸をしてから……カシュンカシュンとソーセージガンのトリガーを引いていく。


 すると銃口からニュルニュルとタネが腸へと送り込まれていって……、


「おおおー! おおおおー! ソーセージになってくーー!」


 なんてコン君の歓声が上がる中、その声の通りに腸とタネが一つになって、ソーセージになっていくのだった。

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