第90話 ドレス


 翌日。


 今日はあいにくの朝からの雨となって、仕事はお休み、子供達もそれぞれの家で遊んだり勉強したりして過ごしていて……コン君もお家で勉強に勤しんでいるらしい。


 勿論雨の中でもやらなければならない世話があったり、大雨なんかで対処しなければならないことがあったりすればレインコートなどを着て働くこともあるそうなのだけど……普段からしっかり世話をしている中での、普通の雨ならばわざわざそんなことをする必要もなく……そういう訳で我が家には朝からずっとテチさんがいて……テチさんと二人、なんでもない時間を過ごしていた。


 普通に会話をし、家事をし……二人がかりなので早めに終わり、終わったなら居間でお茶でも飲みながらテレビを見てのんびりとし……。


 そんな中での雑談は本当に他愛のないものばかりとなっていて……どうでも良いものとなっていて。


 そうやって五月蝿くない程度の、柔らかな雨の音が響き渡る中……テレビ番組がウェディング特集なるものを始めて……テチさんの視線が釘付けになる。


 そんなテチさんのことをちらりと見た俺は、しばらくは邪魔しないようにと口をつぐみ……CMに入ったタイミングで声をかける。


「……テチさんはどんなドレスを着たいの?」


 するとテチさんは少し驚いたような顔になってから……顔を左右に振って言葉を返してくる。


「いや、着たいも何もこっちではそういう習慣はないからな……。

 着ても神社で白無垢って感じなんだよ……テレビとかで見て綺麗だなと思うことはあるが、着る機会はないだろうな」


「んー……着たいなら着ちゃえば良いんだし、買うと流石に高いけど、レンタルとかならなんとでもなるんじゃないかなぁ。

 結婚のパーティっていうか、食事会みたいのはするんでしょ? ならその時に着て皆に見せてあげればいいよ。

 ……そしたらきっと、テチさんみたいに着たいと思っている人が続くようになって、習慣になってくんじゃないかな」


 俺がそう返すとテチさんは、遠目でも喜んでいることが分かってしまうんじゃないかってくらいの笑顔になって、その笑顔を輝かせて、かといってどうしたら良いのか分からずソワソワとし始めて……しばらくの間そうしてからハッと思いついたような顔になって言葉を返してくる。


「い、色は、何色が良いんだろうな!?」


「テチさんが着るんだから、テチさんの好きにしたら良いよ。

 何か好きな色があればそれとか、レンタル屋さんのパンフレット見てから決めるとかかな?

 ウェディングドレスを着る習慣がないとなると、ここら辺にドレスをレンタルしてくれるような所はない訳か……。

 そうすると門の向こうの山の下の……出来るだけ近場のレンタル屋さんになる訳で……。

 うん、もしかしたら多めに手数料取られるかもだけど、それでも配達とかしてくれると思うし……まぁ、何はともあれ、まずは電話してみて、問題ないようならパンフレットを送ってもらおうか」


 と、そう言ってからスマホを取り出し、検索をし……出てきた電話番号に電話をしようとして……その前にまずはと以前教えてもらった花応院さんの番号に電話をかけてみる。


 門の向こうからの配送となると当然花応院さんのお世話になる訳だし……レンタル屋さんへの許可取りとかドレスの検疫とか、そこらに関しても花応院さんなら手慣れているはずだし……花応院さんの経歴のことを思うと、何よりもまずは相談してみて、何なら細かい部分は花応院さんにお任せした方が良い結果になるはずだと、そんな考えでコール音を聞いていると……すぐに『はい、花応院です』との応答がある。


 名乗り、挨拶をし、何の要件かの本題を口にすると……花応院さんは声を弾ませながら『はい、はい』と返してくれて……そうして俺が話し終わると、なんとも力強い言葉を返してくれる。


『細かいことはこちらにお任せください。

 話がまとまりましたら、またその時に詳細をお知らせさせていただきますし、パンフレットもなるべく早くお届けさせていただきます』


 その言葉にお礼を言うと、花応院さんは更に声を弾ませながら『好きでやってることですから』とそう言ってくれて……それから二、三の言葉を交わしてから通話が終了となる。


 そしてその通話の内容は、特別耳が良いらしい獣人のテチさんには丸聞こえだったようだ。

 頬が赤らみ、嬉しいとそうなるのかぷっくりと膨らみ……照れているのか、それともCMが終わって再開となった特集が気になるのか、テレビへと視線を向けている。


「出来るだけ早く対応してくれるってさ。

 花応院さんに任せておけば問題ないはずだし……料金もまぁ、俺達に払える範囲だろうから、パンフレットが届いたらその中から好きなのを選んで、結婚式の時に着ることにしようか。

 ……流石にヘアメイクとかは、こっちでもあるよね、美容院とか」


 テレビへと視線を向けたままのテチさんにそう声をかけると、テチさんはこちらには顔を向けず、ちゃぶ台に頬杖をすることでその腕で表情を隠すようにして「うん」とだけ返してくる。


 そう返したならもう夢中で……さっきよりも何倍も真剣な目でテレビの内容に集中して、テレビの画面に新しいドレスが映り込む度に、頭の上の耳や背後の尻尾がピクリピクリと反応する。


 あんな反応をすることもあるんだなぁと、その耳や尻尾を見て……じぃっと見つめて、俺はそこでようやくあることに思い至る。


 ……そう言えば尻尾のことを考えてなかったけども……どう、なるんだろうな?


 一応下げようと思えば下げられるみたいだし? ドレスを着ている間はずっと下げてもらっておいてスカートの裾からちょんと出す感じになる、のかな?


 普段はいているズボンとかはこう、上手く下着とかお尻とかが見えないように、尻尾の根本をぴっちりと包み込むような感じになっていて、問題ないようになっているのだけど……さ、流石にレンタルのドレスにそういった加工をするのは無理がある、よなぁ。


 そうなるといっそ特注で買った方が良いのだろうか?


 特注で買って、家で継いでいくか……テチさんと同じように憧れる子に貸してあげるか。

 

 高い買い物にはなるだろうけども、それはそれで悪くないのかな? なんてことを思うが……いや、うん、高いよ、ドレスは高いよ、特にウェディングドレスはやばい値段がするはずだよ。


 ……テレビの特集が終わったらもう一度、そこら辺のことをテチさんと相談する必要があるなと、そんな結論を出した俺は……テレビの特集が終わるその時まで、嬉しそうで幸せそうで、今までに無い程に輝いているテチさんの横顔を、静かに眺め続けるのだった。

 

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