第88話 味見
翌日。
朝からやっていた家事を終えた俺は……畑にはいかずに、あるミッションに挑もうとしていた。
そのミッションとはソーセージ作りの前にやっておかなければならないことで……つまりはまぁ、御衣縫さんの干し本シメジの味見だった。
どんな味がするのか、どれだけ旨味が出るのか。
それによって使う量が変わってくるし、味付けも変わってくる。
全く味を知らないままでソーセージには使えない訳で……うん、だからこれは必要なことなんだ。
と、そんな言い訳をしながら流し台側に置いたまな板の上に、干し本シメジをそっと並べていく。
「ふんふん、今日はそれ食べるのかー。
オレも昨日、お野菜と炒めたの食べたよ!」
するといつもの椅子に座ったコン君がそう言ってきて……そう言えばこれはこの辺りでは高級品ではなく、いつでも手に入る当たり前の食品なんだったなぁ。
「……うん、まぁ、食べるというか味見かな。
ソーセージとかに使うにしても味が分からないとどうにもならないし……だから、まぁ、今日は美味しい料理とかは作らなくて、本当に味を見るだけって感じだよ。」
と、そう言葉を返したなら……干し本シメジを手頃な大きさに切っていって……切り終えたら小さな鍋に水を入れてコンロに置いて、火を付ける。
そうして煮立ったなら干し本シメジを、多すぎない程度に投入し……弱火でじっくりその味が滲み出てくるまで煮込んで……まずは一切の味付けをしないまま、そのキノコ汁というか、キノコ湯をおたまで小皿にとって、冷ましてから口の中に含む。
こんなものは料理でもなんでもないし、美味しくなくて当然のはず……なのだけど、干したことにより濃縮された旨味がガツンと鼻の奥に突き抜けていく。
大袈裟かもしれないけども、その旨味の強さは思わずめまいを覚えてしまう程で……これ、門の向こうの本シメジよりも格段に旨味が強い。
向こうの本シメジだって高級品だ、食べた時は旨い! と感じたものだ。
だけれどもこれは別格……干して旨味が凝縮されたにしても、その更に上をいっている感じがする。
これもまた扶桑の木の力なんだろうか……?
……ただまぁ、旨味は凄いけども、キノコ湯が美味しいかと言われるとそうではない。
ただのお湯と旨味だけじゃぁやっぱりいまいちだ。
これじゃぁちゃんと味を見たことにはならないだろうと、醤油を手にとって適量キノコ湯の中に垂らしてみる。
これでお吸い物になる訳だけど……うん、うん、旨味が凄いから塩味が入るだけで格段に美味くなるなぁ。
そしてこの味……これならきっとアレが合うはずだと、冷蔵庫に向かって中からオクラを取り出して、小さめの輪切りにし、鍋の中に投入。
ひと煮立ちさせて、オクラと干し本シメジと汁を小皿にとって一緒に口の中に入れて……うん、うん、旬には少し早いオクラだったけど、それでも良い味で歯ごたえで悪くないなぁ。
そして醤油とオクラを足したことで、本シメジの旨味がまた際立って―――。
「……にーちゃん! それ美味しそうじゃん! 普通に料理じゃん! オレにもくれよ!!」
と、そんな風にお吸い物を堪能していると、コン君がなんとも不満そうに両頬をぷっくりと膨らませながら抗議の声を上げてくる。
そんなコン君を見て、鍋を見て、もう一度コン君を見た俺は、自分がいつのまにか料理をしていたことに気付き、驚きながらも「ごめんごめん」とそう口にして、お椀とお箸を用意し、コン君の分を盛り付けてあげる。
「形としては料理になったけど、投入するタイミングとかは適当だったし、そこまで期待しないでね」
なんてことを言いながらコン君に渡してあげると、コン君は両手でお椀を持ち上げてゆっくりと汁を吸い、箸でもって干し本シメジとオクラを口の中に流し込み……もっくもっくと歯ごたえのあるそれらを味わうようにしてゆっくり噛んでいく。
「うん、おいしー! いつもの味だー」
そしてそう言ってコン君は、なんともあっさりとした態度でお吸い物を飲み干していく。
美味しいとは思ってくれている、だが俺程の衝撃は受けてないようだ。
コン君のことだから一切の偽りのない、正直な反応で感想なのだろう。
……うぅん、この旨味を前にしてこの反応か。
当たり前の食材らしいから慣れてしまっているのか、それとも獣人的にはそこまで旨味を感じないのか……。
キノコの好みは食生活とか生活圏で結構変わるらしいからなぁ。
日本では美味しいとされている高級品の松茸も西洋の人達からするとイマイチらしいし……向こうで大人気のトリュフも、苦手とする日本人も結構いるし……。
慣れているからなのか、獣人だからなのか……どちらかは分からないけども、そういうものだと思って使うようにした方が良いかもなぁ。
……と、そんな事を考えて、色々な料理のメニューやらソーセージに何を入れるかやら悩んでいると、お吸い物を飲み干したコン君が声をかけてくる。
「ごちそうさまでした!
でもにーちゃん、これお肉使ってないよ? タヌキのおっちゃんがお肉と合うって言ってたし……お肉も試してみたら、どうですか?」
まさかの敬語。
最後の最後で内心が漏れたというか、コン君の中の邪心が顔を出したというか。
お肉が食べたいですという本心を隠すためか、コン君がなんとも似合わないことを言ってくる。
それを受けて俺が、
「ぶはっ」
と、吹き出すとコン君は、自分でも慣れないことをやってしまったと思ったのだろう、両手で顔を隠して立てていた尻尾をしょぼんと垂らして……そのまま小さく丸まってしまう。
「う、うん、ごめんごめん。
笑うつもりはなかったんだけど、ついね。
……うん、じゃぁそうだね、お詫びも兼ねて今日のお昼ごはんはキノコとお肉を使った何かにしようか。
ソーセージの味見としてはお肉との相性も試すべきだろうしね。
……んー……普通に炒めものにするか、それともミートパスタにするか。
……それとも、干し本シメジ入りミートボールにするか。
本シメジを小さく刻んでお肉の中に閉じ込めて、旨味と食感を味わうミートボール……餡たれをかけて、白鬚ネギを散らしたら良い感じになるかもしれないな」
俺がそう言葉を続けているとコン君の尻尾がだんだん持ち上がっていく。
炒めものでちょいと上がり、ミートパスタでくんと上がり……ミートボールの部分でぐいっと力強く上がり。
そうしてコン君は両手をバッと広げて……期待感でいっぱいの、キラキラと輝く目をこちらに向けてくる。
それを受けて俺は、ならミートボールにするかと決めて……まずは片付けだなと、お吸い物作りに使った道具やらを洗い始めるのだった。
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