第87話 オムレツの出来は


 ちゃぶ台の上を台拭きで綺麗に拭いたら、オムレツとスプーンを並べて、飲み物として毎日配達で届く牛乳を並べて、ついでに以前作っておいたキャベツとニンジンとコーンのコールスローサラダも三人分、小皿で用意して……そうこうしているうちに、テチさんが洗面所から移動してきて、着替えを終えたコン君と同時に席につく。


 配膳が終わったなら俺も席につき……三人同時に『いただきます』と声を上げて、出来たてのオムレツをスプーンでもってすくい取って口に運ぶ。


 柔らかな卵の食感にバターの風味に、丁度良い塩梅の塩味にアクセントの胡椒に。

 そんな卵を食べ進めていくうちに甘くなった玉ねぎと旨味たっぷりのひき肉が顔を出してきて……うん、噛めば噛む程に美味しくなってくれる。


「……にーちゃん、美味いよ! オムレツ美味いよ!」


 そんなオムレツを食べていく中で、大体半分程を食べ上げたコン君がそう声を上げてきて……俺とテチさんは同時に笑顔を浮かべる。


 味付けは俺がしっかり見ていたし、そこまで難しくない普通にやれば普通に美味しく出来る料理だし……何より自分で作ったものだし。

 そうなったらもう美味しいのは当然のことで……コン君は夢中で自分で作ったオムレツを食べていく。


「コンの作ったオムレツはそんなに美味しいのか、どれ、私にも少し食べさせてくれないか?」

 

 するとテチさんがそう言ってきて……コン君は笑顔で自分のお皿を差し出す。


 そこから少しだけ……ほんの少しだけオムレツをすくい取ったテチさんは、口に運ぶなり笑顔になって「凄く美味しいよ」と、言葉を返す。


 そんなことを言われてしまったコン君はもうなんともご満悦で、これまでに見たことのない表情で鼻息を荒くしていて……そうして俺の方にもお皿を差し出してくる。


 そういうことならと俺もスプーンですくい取り、口に運んで「美味しいよ!」と笑顔を見せ……今度はテチさんが「実椋が作ったのも食べてみろ」とコン君に自分のお皿を勧める。


 それを受けてコン君はテチさんのオムレツを大きくすくって口の中に運んで……そうしてから首を傾げる。


 普通に美味しい、もしかしたら自分のと変わらないくらいに美味しい。

 そんなことを思っているのか、首を傾げながらもぐもぐと口を動かすコン君に、テチさんは更に笑顔を強くしながら声をかける。


「料理上手の実椋のオムレツと、負けず劣らずのオムレツを初めてで作ってしまうなんてコンは凄いな」

 

 味付けと材料が同じなのだから当然のことではあるのだけど、それでもその言葉はコン君にとって相当嬉しかったようで「むっふー」と大きく鼻息を吹き出してから満面の笑みとなったコン君は、物凄い勢いでオムレツを食べ、コールスローサラダも食べて、牛乳もゴッキュゴッキュと飲んでいく。


 そんな光景を見やりながら俺は……テチさんの子供の扱いの上手さに、今のやり取りの手慣れた様子に思わず感心してしまう。


 テチさんは保育士さんなのだから当然と言えば当然のことなのだけど……うん、それにしても見事だ。

 コン君は物凄く喜んでいるし、自信もつけたようだし……きっとこれからも進んで料理に挑戦していくに違いない。


 と、俺がそんなことを考えているとコン君は、オムレツもサラダも綺麗に全部食べあげて……自分のお腹を撫でながら満足そうなため息を吐き出す。


 その様子を見て同時に微笑んだ俺もテチさんも負けじとスプーンを動かし、食べていって……そうして昼食が終了となった所で、コン君はハッとした表情になる。


「そう言えば毛、全然入ってなかった!

 問題なかった! これならソーセージとか缶詰作りもやっても良い?」


 俺を見てテチさんを見て、その目を大きく見開き輝かせながらそう言ってくるコン君に、俺は牛乳をゆっくりと飲みながら言葉を返す。


「うん、そうだね、この様子なら問題無いだろうね。

 毛が入ってなかったことは勿論だけど、料理中のコン君は、ちゃんと俺の言うことを守って、危ないことをしたりふざけたりしないで、真面目に料理に集中していたからね。

 これからもあんな風に真面目に、しっかりと料理に取り組むならソーセージ作りも問題なく出来ると思うよ」


「ほんと!?

 じゃぁじゃぁ、いつやる? いつソーセージ作る?」


「んー……そうだなぁ、必要なものは大体揃っているから……今度の日曜日かな」


「えー……まだまだずっと先じゃん、なんで日曜日? 明日じゃダメなの?」


「保存の効くソーセージを作る訳じゃないからね、作ってすぐ、その日のうちに食べちゃうつもりだから、皆が集まれて時間の余裕がある日曜日が良いんだよ。

 どうせなら皆でワイワイ楽しみながら食べたいでしょ?

 ソーセージだけってのも味気ないから色々用意してバーベキューみたいにしたいし……うん、日曜日なら色々な準備も間に合うはずさ」


 との俺の言葉に真っ先に反応したのは、コン君ではなくテチさんだった。


「そうか、バーベキューか……うん、それならビールを飲みたいし、日曜日がいいな。

 流石にな……仕事がある日にビールは飲めないからな……うん」


 その言葉を受けて日曜日という日程を納得しきれていなかったコン君は、途端に表情をガラリと変えて、プヒュンと頬に溜め込んでいた空気を吐き出し「なら仕方ないかー」とそんな言葉を口にする。


 テチさんが言うから仕方ないと思ったのか、それともビールが絡んでいるから仕方ないと思ったのか。


 ……コン君のお父さんも結構飲む人っぽかったし、うん、恐らくはその両者があってのことなのだろう。


「まぁ、うん、他にもお肉とか野菜とか、魚介なんかも用意して子供でも楽しめるバーベキューにするから、コン君も期待していてよ」


 と、俺がそう声をかけるとコン君は、一瞬喜んだような顔をするけども、すぐにその顔を左右にぶんぶんと振る。


「バーベキューも楽しみだけど! オレはソーセージ作りの方が楽しみなの!

 美味しいのいっぱい作って、にーちゃんやねーちゃんだけじゃなくて、とーちゃんやかーちゃんにも食べてもらうの!

 だから今回はオレも準備する側だから! 楽しみにする側じゃないから!

 にーちゃんと一緒に頑張るから!」


 顔を振りながらコン君はそんな声を……力強く、思いのこもった声を上げて、そうしてからちゃぶ台の上のお皿を集めて重ねていく。


「だからオレ、今日だって洗い物も片付けもするから! かーちゃんやにーちゃんみたいに頑張るから!」


 重ねたお皿を持ち上げて、えっちらおっちら台所へと歩いていって、そんな声を上げてきて……そんなコン君の背中を見て、なんとも言えない温かい気分に包まれた俺は……ゆっくりと立ち上がり、コン君を驚かせないようにそっとコン君の下へと移動し……コン君を手伝う形で片付けをし始めるのだった。

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