第85話 料理開始


 家事を終えて手洗いうがいを済ませたなら、台所で道具や材料の準備をし……事前に用意しておいた、丁度良い大きさのダンボールを……中に重しとして缶詰や新聞紙なんかを詰め込んでおいたものをテーブルの上に置く。


 俺がそうやって準備する間にコン君は、椿油を顔を覆う毛に塗って、ゴム紐入りの帽子を被ってマスクをして、割烹着を着込んで……ズボンの中に尻尾を押し込んで、靴下をしっかりと履いていて。


 手袋もどうやらお母さんが用意してくれたようで、ビニール製のミニサイズのを……コン君にとっては少しだけブカブカのをつけていて……準備万端といった様子で俺の到着を大人しく待ってくれていた。


「よし、やろうか」


 俺がそう言うとコン君は、マスクなどではっきりとは分からないけども、目をぎゅっとつむっての笑顔になって……タタタッと駆けて台所へと移動する。


 そうしていつものように流し台に登ろうとする所に待ったをかけて、コン君の両脇をしっかりと両手で挟むようにして持って、抱き上げて……テーブルの上に置いたダンボールの前に立たせる。


「今日はここで料理することにしようか。

 今道具を用意するから、ちょっと待ってね」


 と、そう言ってからダンボールの上にクッキングマットを敷いて、その上にまな板を置いて……コンの背丈に合わせた簡単な調理台を作り上げる。


 そうしたならまな板の上に、小さめの玉ねぎをおいてペティナイフを置いて、調理台の側にボウルとチラシを折って作ったくずかごを置いて……ひとまずはこれでOKだろう。


「じゃぁまずは玉ねぎからだね。

 茶色くなっている皮を剥いて、くずかごに捨てる。

 次にヘタとひげ根を切ってから……切りやすい形で切っていって、細かくしたら最後に包丁でとんとんとんとん叩いてみじん切りにしていこう。

 みじん切りのやり方としては邪道かもしれないけど、コン君は初めてだからね、安全で簡単な方法でやっていこう」


 と、俺が説明するとコン君は、分かったような分かっていないような微妙な顔をして……俺は「やりながら教えるよ」と、そう言ってコン君の背後に回り込んで立って、後ろから両手を伸ばして玉ねぎと持ち上げて……コン君に手渡してあげる。

 

 玉ねぎの薄皮を剥く場合ヘタとかを切ってからやる方法もあるのだけど、とりあえず今回はまず薄皮からで良いだろう……最初の作業は簡単で安全で、楽しくやれる作業の方が良いはずだ。


 するとコン君はちょこちょこと振り返り、俺の顔を見て不安そうにしながらも……恐る恐る手を動かして、ペタペタと玉ねぎに触り、軽く押してみたり薄皮をつかもうとしてみたりしてから……もう一度俺の方を見てくる。


「ヘタの方を掴んでみてごらん、ちょっと尖っている感じの先端のとこだね。

 いきなり綺麗に出来るものじゃないし、失敗しても全然問題ない作業だから、そこを掴んだら、思いっきりえいやって下に引っ張ってみると良いよ」


 するとコン君は言われた通りにえいやと、ヘタから薄皮を引っ張り……乾燥しきった薄皮がぱりっと裂ける。


「剥いたのはそっちのくずかごに捨てて、そうしたらもう一度やって、茶色の部分がなくなるまでやってみようか」


 するとコン君は言う通りに作業を進めていって……多少の皮の破片を周囲に撒き散らしながらも、薄皮剥きを綺麗に終える。


「なら次はヘタ落としだね。

 ペティナイフを握って……そうしたら俺がコン君の手を握ってナイフを動かすから、どう動かしたら良いのか、どういう感触が伝わってくるのか、よく覚えておいてね」


 続いて俺がそう言うとコン君は恐る恐るペティナイフを……特別小さいものにしたのだけども、コン君にとっては十分過ぎる程に大きいそれを握り、コン君の小さな手を潰してしまわないように気をつけながら、コン君の手ごとナイフを握った俺は、必要以上にゆっくりと丁寧にナイフを動かしていって、玉ねぎのヘタとひげ根を切っていく。


 そうしたなら同じようにして玉ねぎを半分に切り、半分に切った玉ねぎを更に細かく切っていって……そうやって玉ねぎを切っていくと、コン君がくいと顔を上げて、思いっきりに体を反らせることで俺のことを見上げながらなんとも嬉しそうに目を……嬉しさと玉ねぎを切ったことによる涙で輝かせる。


「こらこら、ナイフを使う時はナイフから目を離しちゃ駄目だよ。

 もう少し細かくしていったら……後はコン君一人でやってもらうから、しっかり集中しようね」


 そう言うとコン君は慌てたように視線を戻し……何も言わずにじっとナイフの動きを見つめ続ける。


 そうやって玉ねぎを……かなり不格好な形で細かくしていったなら、まな板の上に広がった玉ねぎをナイフでもってかき集め、長方形の形に整えて……そうしてから手を離し、コン君に「ナイフを両手でしっかり持ってごらん」と伝える。


 するとコン君は両手でしっかりとナイフを持って……そんなコン君を焦らせてしまわないようにゆっくりと声をかける。


「じゃあそのままナイフを振り下ろしてごらん。

 うん、そう、じゃぁもう一回、うん、更にもう一回……よし、じゃぁ今度は連続で振り下ろしていいよ。

 全体をそうやってみじん切りにしていこう、右から左へトントントン、上から下へトントントン。

 粗い部分がなくなるように、何度も何度もやっていいよ」


 自由にやって良い、そう許可を得たことでコン君は「うん!」となんとも嬉しそうな声を上げてナイフを動かし始めるが……決してはしゃいだりはせずに、先程俺がやったようにしてゆっくりと丁寧にナイフを動かし玉ねぎを切っていく。


 何度も何度も切って切って……普段仕事で棒を振るっているおかげもあってか、その手付きは危なげなく、ナイフがブレたりすることもなく、切れば切る程に慣れていっているようで……トントントンとリズム良く動いていく。


 ここで結構な時間がかかってしまうことを覚悟していたのだけども、予想以上にテンポ良く、思っていた以上にしっかりと玉ねぎが刻まれていって……コン君のことを侮ってしまっていたかな? なんてことを思ってしまう。


 みじん切りが終わったならまな板にボウルを近づけ、ナイフでもってボウルの中にみじん切りにした玉ねぎを流し込んでもらって……そこにひき肉を加えたら、コン君に頼んで塩コショウを軽く振ってもらう。


 いちいち手袋を変えるのは面倒なので、手袋の上からビニール袋を被せてあげて……コン君のその手でもってボウルの中のものを揉むようにしてよく混ぜ合わせてもらい……よく混ぜたなら、ボウルにラップをかけて、レンジの中までの移動は俺がやって……レンジのオート調理機能は使わずに、温度と時間の指定を、抱きかかえてレンジの前まで移動させたコン君にやってもらって、スタートボタンもコン君に押してもらう。


「良し、これでとりあえずの一段落だね。

 次はいよいよ、卵を混ぜて焼いてのオムレツ作り本番だよ」

 

 唸り声を上げながら回転するレンジ皿をじぃっと見つめるコン君に俺がそう声をかけると……コン君はまたも体を反らせることで俺の方へと視線を向けてきて、そして、


「料理、楽しい!!」


 と、今までで一番元気で大きな声を上げてくる。


 その声に対して笑顔で頷いた俺は……コン君を一旦テーブルの上に下ろしてから、さてさて、ここからが本番だぞと気合を入れ直しながら、カセットコンロの準備を始めるのだった。

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