第84話 初めての料理は

 

 明けて月曜日。


 いつものように荷物が届けられ、注文していた缶詰キットやソーセージキットも当然のように届き……俺はそれらを倉庫の中へとしまい込む。


 コン君と料理の練習をすると約束したからにはそれまで待ってあげたいというか、どうせなら缶詰作りやソーセージ作りの初挑戦をコン君と一緒にやりたいという気持ちがあり……その時が来るまでは封印しておこうと考えたからだ。


 それでもまぁ、2・3回料理の練習をして問題点を洗い出して改善して……あれこれ準備をしたとしても今週中には挑戦出来るはずだ。


 そんな感じで荷物が届いた以外には何事もなく、いつも通りの月曜日として過ぎていって……そうして翌日。


 早朝、目覚めて身支度をして、これからテレビを見ながら朝食……という所でダダダダダッと、静かな朝に相応しくない足音が響いてくる。


「コン君かな?」


「コンだな」


 俺の一言に対し、テチさんがそう返してきて……それからすぐにコン君が物凄い勢いで縁側に突っ込んでくる。


 まるで砂浜に乗り上げたトドか何かのように縁側に飛び込み、ドテンとうつ伏せになって両足をジタバタとさせて、履いていた靴をそうやって脱いだなら勢いのままにポンポンとそこらに放って……顔を上げて輝かんばかりの笑顔をこちらに見せて、そうしてから手に持っていた大きな袋……給食用の割烹着を入れていたような袋を自慢するようにというか、見せつけているかのように持ち上げる。


「にーちゃん! 割烹着できたよ!!」


 そうして開口一番にそんな事を言ってくるコン君に、俺とテチさんは苦笑しながら『おはよう』と返す。


「あ、うん、おはよう!

 ……あっ!? 朝ごはん食べるの忘れてた!?」


 余程に割烹着が嬉しかったのか、料理がしたかったのか、そんなことを言うコン君に苦笑した俺達は、同時に立ち上がって俺は台所に向かってコン君の分の朝食の準備をし、テチさんはコン君を連れて洗面台へと向かい、一生懸命に走ったせいで汚れてしまった服を脱がせ……こういう時のためにとご両親から預かっていた着替えを着せてあげて、手洗いうがいなどをさせてから、居間に戻ってくる。


 そうして三人揃ったなら改めて、


『いただきます!』

 

 と、声を上げて朝食に箸を伸ばし……そうしながら他愛のない雑談を交わしていく。


「コンが料理か……上手くできれば良いがな」


 テチさんがそう声を上げて、俺がそれに続く。


「きっと上手くいくよ、コン君は食べることが大好きだからね。

 食べることが大好きで、美味しいものをたくさん食べているっていうのは一種の才能なんだよ。

 コン君は曾祖父ちゃんが料理をする時も見学をしていたそうだし……そうやって料理の仕方とかをなんとなくでも知っていれば、より美味しい料理が作れるようになるはずさ。

 それに獣人って人よりも嗅覚が凄いんでしょ? ということは食材の良し悪しとかも鼻で分かっちゃうんだろうし、味覚にも良い影響があるんだろうし……俺よりも上手く出来るようになるんじゃないかな」


 そしてコン君が声を上げる。


「オレ、がんばるよ!

 とーちゃんとかーちゃんとにーちゃんとねーちゃんに美味しいもの食べさせてあげるために、超がんばるよ!!」


 そう言ってコン君は、ぎゅっと目をつむっての笑顔を見せてきて……俺達は微笑みながら朝食を進めていく。


 朝食が終わったなら身支度を整えてテチさんは出勤、俺とコン君は歯磨きなどを終わらせたら、まずは掃除や洗濯などを済ませていって……やるべきことをしっかりとやっていく。


 そもそも今さっき朝食を食べたばかりなので、何かを作ったとしても食べる事ができないし……まずはしっかりと家事を終わらせて、お腹を空かせないといけない。


 コン君が家事の間、俺の側でずっとソワソワとしているけども我慢我慢……せめて11時くらいまでは家事をしておかなきゃならない。


 だがしかしコン君はずっとソワソワしていて、期待に満ちている目をこちらに向けてきていて……その目と想いに根負けした俺は、ウェットシートを使うクイックなアレで廊下掃除をしながらコン君に声をかける。


「お昼ご飯、何をつくろっか?

 コン君は何か作ってみたいご飯はあるかい?」


「え!?

 えーとえーとえーと……えーーっと??」


 突然声をかけられたせいか、ただ料理をしてみたいという思いだけで詳しいことは何も考えていなかったのか、そんなことを言ってコン君はしばらくの間、悩みに悩み……そうしてから、言葉を返してくる。


「えっと……オムレツ!!」


「オムレツ……オムレツかぁ。

 チキンライスがない、オムライスじゃない、普通のオムレツだよね?」


「うん、オムレツ!

 昨日テレビで見て、すげー美味しそうだった!」


「オムレツなら……うん、そんな準備もいらないし、材料もあるし、良いんだけど……テレビのように美味しそうに出来るかは分かんないよ? それでも良い?」


「うん! ちゃんとした料理が出来るのは大人になってからだって、かーちゃんも言ってたから!」


 どうやらコン君のお母さんが、事前にあれこれと言い含めておいてくれたようだ。


 そういうことなら、と俺は……頭の中でレシピを組み立てていく。

 プレーンオムレツなら簡単なのだけど、美味しいかと言われるとそうでもない。

 塩コショウを下味にして、ケチャップをかければそれなりに食べられるけども、結局はそれなりだ。


 美味しく、コン君が喜んでくれるような味にするとなると……ひき肉と玉ねぎくらいは入れたい所だ。


 下味は牛乳と塩と胡椒で、バターを使ってちょっと贅沢に。

 そこに具としてひき肉と玉ねぎが入れば……うん、食べごたえもあるし、美味しくなるだろうし、ケチャップに合う良い味となってくれるはずだ。


 ひき肉と玉ねぎは事前にしっかりと炒めた方が美味しいんだけども……コン君が作ることを考慮してレンチンで良いかな。


「よし、じゃぁオムレツにしようか。

 お肉と玉ねぎも使って、食べごたえのある美味しいオムレツにしよう。

 ひき肉は買ってあるのをそのまま使うとして……玉ねぎはどうする? 自分で刻んでみる?

 流石に俺が手を添えながらって感じになると思うけど」


 レシピを考えた上で俺がそう言うと……コン君の目がこれでもかという輝きを見せる。


「玉ねぎ!! 涙が出るんでしょ! 泣いちゃうんでしょ!

 うわー、早くやってみてぇー!!」


 実際あれは結構辛いのだけど、経験したことのないコン君には、それすらも面白そうに思えてしまうらしく、そんなことを言ってきて……そうしてコン君は駆け出して、ちょこまかと家の中を駆け回る。


 そうしながら何処からか雑巾を持ってきて、少しでも早く俺の家事が終わるようにと、一生懸命に拭き掃除をし始めて……その様子を見ながら俺は、手早く家事を終わらせるかと、掃除道具を握る手にぐっと力を込めるのだった。

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