第83話 まさかの出会い


 木造のスーパーに入って、食材を選んでいって……そんな買い物の途中、お肉コーナーが近づいてきた所で、コン君が声を上げてくる。


「ソーセージ! 早くオレもソーセージ作りしたいなー!」


 お肉コーナーの一画、袋詰された大小様々、多種多様なメーカーのソーセージが並ぶ冷蔵棚の中を、いつもの足場を使って覗き込みながらそんなことを言うコン君。


 その『早く』というのは恐らく、ソーセージキットが届く次の月曜日のことではなく、その全身を覆っている体毛が抜けて大人に……テチさんのような姿になってからのことを指しているのだろう。


 全身を体毛が覆っていて、だからコン君は料理などの際、ただ見学をしているだけで……早く大人になって、自由に体毛のことを気にすることなく、料理やソーセージ作りをしてみたいという意味の『早く』。


 その言葉を受けて俺は少し悩み……そういうことなら、と口を開く。


「じゃぁコン君、今のうちに料理の勉強と練習をしておこうか」


 するとコン君は物凄い勢いで振り返り、目を見開きながら俺のことをじぃっと見つめてきて……「勉強と練習?」と首を傾げる。


「うん、ソーセージに限ったことではないんだけど、料理っていうのは清潔とか、しっかり熱を通すとか、賞味期限を守るとか、食べる人のために気をつけなきゃいけないことがたくさんあるんだよ。

 だからもし将来料理やソーセージ作りを本当にしたいなら、その勉強を今からしておいた方が良いかなと思ってね。

 今までも色々な話をしてあげていたけども、実践が何よりの勉強とも言うから……そうだな、以前も言った通り体毛のこともあるから……給食配膳の時に使う割烹着みたいのとかマスクとか、手袋とか帽子とか、そういうのを用意してしっかり対策をしてから、まずは何か簡単な料理を一緒に作ってみようか」


 そんな俺の言葉を受けてコン君は、目を見開き口を大きく開けて……その顔を期待感というか喜びというか、そんな感情を混ぜこぜにした表情をこれでもかと輝かせて……そうしてから、台からピョンッと飛び降りて俺の足に抱きついてくる。


 何かを言おうとしたのだけども嬉しさのあまり言葉が出ず、それで行動に出たという感じのコン君は、ぎゅうっと俺のズボンを抱きしめてから……恐る恐るといった様子で顔を上げてくる。


「でも良いの? オレ、毛が……」


 今度は喜び半分、戸惑い半分といった様子になったコン君がそう言ってきて、俺は不安にさせないように出来る限り微笑みながら言葉を返す。


「うん、良いよ。

 十分に気をつけて、そこまで体毛が混ざらないような料理にして……混ざっていたとしても練習だから仕方ないと思うことにしよう。

 俺達だって体毛が全く無い訳じゃなくて少ないってだけで、どれだけ気をつけても紛れ込んじゃうことがあるし……それも含めての練習、かな。

 まぁ、まずは割烹着とかそういうのを用意するとこからになるかな……。

 コン君の体の大きさだと買うって訳にもいかないだろうから……ミシンを引っ張り出して縫うとして袖とかはゴム紐を入れてきっちり閉じるようにして……全部で何日くらいで作れるかなぁ―――」


 と、そこまで言った所で俺の背後から柔らかいというか温かいというか、優しい感じの女性の声が響いてくる。


「そういうことならその割烹着とかは私が作りましょう」


 明らかに俺のすぐ背後で俺に向けてのその言葉に、驚きながら振り返ると、そこにはスラックスにシャツにエプロンという格好の女性……目が大きくてまん丸で、全体的に丸顔で、どこかコン君に似ているリス耳を乗せた女性が立っていた。


 その茶色の髪は腰に届くかというような長さで、一切縛らずまとめず、スーパーの空調を受けてかサラサラと揺れていて……そんな女性を見てコン君は「かーちゃん!」と、声を上げて駆け寄り、ズボンの裾を掴んで引っ張って、木をそうするかのように駆け登り……慣れた様子の女性の片腕の中にすっぽりと埋(うず)まる。


「うちの子の姿が見えたもんだから思わず立ち聞きしちゃいました。

 ……はじめまして、三昧耶(さんまや) よたまと言います。コンちゃんがいつもお世話になっているみたいで……いつも本当にありがとうございます」


 腕の中で丸くなるコン君のことを、揺らしてあげて揺さぶってあげて、本当に慣れた様子であやしながらそう言う女性……三昧耶さんは、柔らかな笑顔をこちらに向けてくる。


「はじめまして、森谷実椋です。

 こちらこそコン君にはいつもお世話になっていまして……先日はとんだご迷惑を―――」


「その件に関してはやまさ……じゃないや、うちの夫が謝罪を受けたそうですから、それ以上の謝罪は必要ありませんよ。

 むしろコンちゃんの貯金を大きく増やしてくれちゃって……大きな声じゃ言えませんけど、あの事件の時にアナタのとこにお邪魔していてラッキーだったなんて思っちゃってるくらいなんですから。

 その上、あれこれとお世話をしてくれて、更には料理なども教えてくれるようですし? こちらがお礼を言わなきゃいけないくらいですよ」


 俺の言葉の途中でそう言って、コン君のお母さんはコン君を抱いていた手を口に当てて、口に手を当てたのが無意味な程に口を大きく開けて元気に「あははは」と笑う。


 そのせいで居心地が悪くなってしまったらしいコン君は、お母さんのエプロンに張り付くのをやめて、なんとも器用にするすると降りていって、床に着地して……そうしてからお母さんのことを見上げながら「本当に作ってくれるの?」と、そう声をかける。


「もちろん、母ちゃんがお裁縫得意なのはコンちゃんも知ってるでしょ?

 しっかりした服ならまだしも、割烹着とかお帽子とかなら……一日か二日もあれば出来るんじゃないかしら。

 布は適当なので、ゴム紐はズボン用のを使えば良いし、マスクもなんとかなるし……あ、でも手袋は難しいかなぁ」


 そんなお母さんの言葉を受けて、コン君は俺の方へと視線をやってきて……救いを求められたらしい俺は、少し悩んでから声を上げる。


「手袋は作れなくても、市販のビニール手袋を使うか、ビニール袋で手を覆って輪ゴムで縛るとかするんで、問題ないですよ。

 問題があるとしたら……そうですね、大きな尻尾をどうするかってことくらいで……」


「ああ、大丈夫大丈夫、尻尾なんて適当に上着かズボンの中にでも押し込んじゃえば良いから。

 ズボンは……うん、裾にゴムを使ってるのを履いて、靴下を履いておけばOKかな?

 問題は顔よねぇ、マスクだけじゃ覆いきれないし……ま、なんか適当に椿油でも塗っておけばいっか?

 毛が混じって駄目だったら駄目だったで、持って帰ってくればかーちゃんが全部食べてあげるから……コンちゃん、楽しんできなさいな」


 またも俺の言葉を遮ってそう言うコン君のお母さん。

 するとコン君は恐らくあの笑顔を、目をつむっての笑顔になっているのだろう、お母さんの方を見上げたまましばらく動きを止めて……そうしてから、俺の方へと振り返り、


「にーちゃん! 楽しみだね!!」


 と、そんな大きな声をかけてくるのだった。

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