第82話 扶桑の種


 獣ヶ森にある巨木が扶桑と呼ばれる伝説の木なのかもしれない。


 そんなことに気付いてしまって……その木々が放つ清浄な空気を吸うと寿命が長くなるらしいとか、イノシシなど野生動物が妙に大きい上に狩ろうと思えばいつでも狩れる程にたくさん居ることや、珍しいキノコがたくさん採れることや……曾祖父ちゃんが結構な長生きだったことや、獣ヶ森がかなりの特別扱いを受けていることなどなど、様々な事柄がまるでパズルのピースであるかのように……まるでそれが正解であるかのようにピタリと当てはまっていく。


 毎朝若々しい太陽を生み出す程の生命力を持った木だとされ、不老不死や若返りの力があるとまでされた扶桑の木。


 そんなものが本当に存在していたなら、それはもうとんでもないことで……その場では知らない振りをしたというか、一生懸命にそのことを忘れようとしたものの、どうしても忘れることが出来ず、風呂に入っても布団に潜り込んでもあの木のことが脳裏にこびり付き続けて……そうして翌日。


 俺は買い物に行くとの名目で、コン君と一緒にスーパー……というか、あの巨木の方へと足を向けていた。


 コン君を連れてきたのは、コン君が側に居れば冷静になれるからというか……ブレーキ役を期待してのことだったりする。


「今日のお昼ごっはんは、なっにかな~」


 当人はそんな歌声を口にしながら、歩道をピョンピョンと跳ね進んでいて……そんな呑気さがなんともありがたい。


 実際あれが扶桑の木だったとして、扶桑の木の側まで行けたとして何が出来る訳でもないのだけど……それでもどうしても確認したいというか、自分を納得させたいというか、なんらかの答えを得たくて……そんな思いで足を前へと進めていく。


 そんな風にしてある程度道を進むと見えてくる……この辺りというかスーパーのある一帯というか、街そのものを包み込むようにして並ぶ巨木を見上げて……見上げながらじっくりと眺めていると、歩道脇に並ぶ民家の駐車場で、木漏れ日の日光浴でもしていたのか、道行く人々を眺めでもしていたのか、椅子を置いて腰掛けている一人の黒ジャンパーに黒白ジャージという格好の老人……男性で細面で白髪で、狐か犬かといった耳を白髪の上にちょこんと乗せた老人がしわがれた声をかけてくる。


「お前、扶桑が気になるんか」


 その声を受けて足を止めると……まずコン君が老人に元気な声を返す。


「芥菜(からしな)のじーちゃん! こんにちは!」


 すると老人はコン君に笑顔を向けて「おう」とだけ返して……そうしてから俺に鋭い目を向けてくる。


 その目は答えを早く返せと言わんばかりで……俺はまず「はじめまして」と挨拶をしてから、老人の側へと足を向けて……正直に「はい、気になります」と返す。


「そうか。気になるんか。

 ……気にしてどうしたいんだ?」

 

 すると老人はそう返してきて……俺は老人の目をじっと見つめながら言葉を返していく。


「どうしたいとかは……無いです。

 ただ気になるというかなんというか……アレは本当に扶桑なのかなって思ってしまいまして」


「仮にあれらが本当の扶桑だとしたらどうだ? 」


「……分かりません。ただまぁ……凄く驚くかもしれないですね。

 伝説の扶桑が目の前にあるなんて、驚くだけじゃなくて、なんかこう……嬉しいっていうか、興奮するじゃないですか」


「扶桑の力を欲したりはしないんか?」


「……そういうのは無いですね。

 将来、テチさんと結婚して子供が生まれて……その子供の命が尽きようとしているとなったら、もしかしたら欲することもあるかもしれません」


「はっ、正直なやつだな……。

 まー……仮にそうなったとしても止めとけ、あれは人にどうにか出来るもんではないからな。

 富保のようになんとなく縁起の良いもんなんだと、そう思っておけばいい。

 ……なんならほれ、種くらいなら分けてやるわい」


 と、そう言って老人はポケットの中に手を突っ込み……そこから取り出したらしい殻付きクルミによく似た、まんまるの結構大きめの木の実をこちらに放り投げてくる。


 驚きながらもそれを受け取り、摘むようにして持って目の前へと持ってきて、じぃっと見つめた俺は……老人に「良いんですか?」と返す。


 すると老人はニヤリと笑ってから言葉を返してくる。


「おうおう、好きにしたら良い。

 なんならあの畑に植えたって良いんだぞ? まぁ、頭の回るやつならそんな馬鹿なことはしないだろうがな」


 そう言われて俺は木の実をじっと見つめて……そうしてから遥か向こうにある、対象が遠すぎるのか大きすぎるのか、いまいちその大きさをはっきりと掴めない扶桑の木のことをじっと見やる。


 もし仮に、これがあの木の実だとして、それを畑に植えてしまったとしたら、あの大きさの木が生えてしまう訳で……それだけの養分を地面から吸い上げてしまう訳で。


 もしそうなったらその大きさで畑が潰れてしまうかもしれないし、畑の木々が養分不足で枯れてしまうかもしれないし……老人の言い様からしてもロクでもないことになってしまいそうだ。


 そもそもこれが本当にあの木の実なのかも分からないし……仮に本物だとして伝説にあるような力があるかもハッキリしないし……曾祖父ちゃんもその力を頼らなかったようだし……俺もまたこの木の実のことはお守りをもらったくらいのつもりでいたほうが良いのかもしれない。


「……これは仏壇にでも飾らせてもらいますよ、縁起の良い品なら曾祖父ちゃんも喜んでくれるでしょうし……分けて頂きありがとうございます」


 俺がそう返すと老人は、少し驚いたような顔をして……少しつまらなそうというか、がっかりしたというか、そんな表情をしてから、柔らかい笑みを浮かべてこくりと頷く。


 それを受けて俺はもらった木の実をポケットの中に押し込み……「それでは失礼します」とそう言って歩道に戻る。


「じーちゃん! またなー!」


 コン君もそう続いて歩道に戻り……スーパーへと向かって進む俺の足元をちょろちょろと駆け回りながら、笑顔で声をかけてくる。


「ミクラにーちゃん、良かったな!」


「ん? 何がだい?」


 そう返すとコン君は、笑顔を更に大きくして、元気な声を上げてくる。


「芥菜のじーちゃんは町内会長さんだからなー! じーちゃんと仲良くなれた人は町内会に入ったってことになるんだぜー!

 これでミクラにーちゃんも今度の夏祭りに参加できるな!」


「……あー、町内会長さんだったのか。

 ……そのお祭りってどんなことをするんだい?」


「えっとなー、皆で踊って美味しいもの食べて、祭壇でお祈りしてー……それと、花火もたくさん上がるんだよ!!」


「……は、花火が? この森の中で?

 し、森林火災とかは大丈夫なんだろうか……?

 生木だから燃えないってこと……なのかな?」


「んー? 火事とかにはなったことないから大丈夫なんじゃないかー?」

 

 と、そう言ってコン君は、テテテッと駆け出し……もうすぐ目の前という所までやってきていたらしいスーパーの中へと駆け込んでいく。


 その後を慌てて追いかけながら俺は、もう一度だけ扶桑の木のことを見上げて……そうして頭をすっぱりと切り替えた俺は、何にするのか全く考えていなかった……コン君が楽しみにしている昼食のメニューをどうするかで頭を悩ませるのだった。

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