第72話 まだまだこれからの二人


 それから二時間程して、両親は門の向こうへと帰っていった。

 泊まるとなると更にいくつかの面倒な許可申請が必要で検査も必要で、それらを避けるためには日帰りにする必要があり……新幹線の時間の都合もあっての短い滞在だったが、とりあえずの顔合わせとしては上々の結果となった。


 まだまだ顔合わせが終わっただけで、結婚式本番やリフォームのことなど、色々と課題は残っているのだが……それでもまぁ、俺とテチさんは一段落がついてくれたと、肩の荷を下ろしたような気分となり……そうしてそれから俺達は暇を見つけては多くのことを語り合うようになった。


 あの頃のことは例のキノコのせいもあってかどうやっても思い出せないが、お互いのことを……覚えている範囲での、お互いのこれまでの人生のことを話すことは出来て、子供の頃どんな漫画やテレビアニメが好きだったとか、どんな遊びをしていたとか、どんな勉強が好きだったとか、これまでにどんな経験をしてきたとか、そんなことを明け透けに語り合い……そうやって俺達はお互いへの理解を深めていった。


 色々と順番が逆のような気もするし、ようやくそんなことをしているのかと言われてしまいそうだが……まぁ、うん、結婚前にしっかりと、そういう心持ちになれたというか、本当の意味でテチさんのことを好きになれたのだから、結果オーライというやつだ。


 過去に俺が結構なことをやらかしてしまっていたこととか、曾祖父ちゃんにあれこれと難癖をつけていた連中とか、いくつかの不安要素があるにはあるのだけれども……テチさんとなら一緒にやっていけるだろう。


 そして父さんのリフォームや家族のことに関する言葉も良い刺激になったというか、覚悟を決めるきっかけになってくれたというか……うん、良い意味で結婚に対する考えを改めさせてくれた。


 これに関してはテチさんも同じであるようで……結婚に関しても俺達は色々と話し合うようになり……それから数日が過ぎて、春が終わって気温が上がってきて……ジメジメとする季節が近づいてきた。


 梅雨になれば旬となった梅の収穫が始まり……スーパーなどでも見かけるようになってくる。

 完熟梅となると、もう少しの時間が必要になるが……それでも色々な梅仕事が出来る季節だ。


 それとコン君と約束していた露地栽培のイチゴも出回るようになるし、杏や桃といった果物も旬を迎える。


 そうなるとまたジャムやら何やらと色々な保存食が作れる訳で……結婚絡み以外の、趣味の部分でも忙しくなることだろう。


 仕事だとかで忙しくなると考えると憂鬱になるのだけども、こういった私生活の部分で忙しくなると考えるととても充実した気分となることが出来て……そう思うと俺は、こう……なんと言ったら良いのか、今俺は最高に充実したスローライフを送れていると、そんな気分になることが出来る。


 充実していて、忙しくとも心の余裕はしっかりとあって……テチさんが隣にいてくれるからか、心の底から幸せで。


 ……これからもこの幸せを、テチさんと二人の生活を守っていこうと、居間の座布団にゆったりと腰を下ろしながら、そんなことを思っていると……居間の時計が朝8時30分、仕事開始の時間を指し示し……庭にテテテッとコン君が駆けてくる。


「ミクラにーちゃん! テチねーちゃん! 仕事の時間だよ!

 もう皆集まってるよー!」


 すると洗面台の方で身支度を整えていたテチさんがやってきて……俺もまた立ち上がって縁側へと向かう。


 テチさん曰く、畑の世話はこれからが本番らしい。

 他の果樹に比べて手間がかからないとはいえ、夏が近づけば害虫がこれでもかとやってくるし、木の様子を見ての追肥などやることも増えていくそうだ。


 樹木医さんに来て貰っての定期診断などもする必要があるだろうし……収穫の秋までは油断することは出来ないだろう。


「おはよう、コン君、今日も頑張ろうか!」


「おはよう、コン、皆に変わった様子はないか?」


 俺とテチさんはコン君に向かっていつもの、毎朝のように繰り返している挨拶をし……コン君が「おはよう! いつも通り問題無いよ!」と返してくるのを笑顔で受け止めてから靴を履き縁側から庭へ、庭から畑の方へと足を進める。


 するとコン君は元気に俺達の周囲をグルグルと駆け回り……俺とテチさんは今からそんなんじゃまたすぐに疲れちゃってぐっすりお昼寝コースだよと、そんなことを言いながらからからと笑う。


 そうこうしているうちに枝垂れ桜のような形の、枝垂れ桜程には大きくはない、わさっとした感じの花を咲かせた栗の木々が並ぶ畑が見えてきて……そこで俺達を待ってくれていた子供達がわぁっと、笑顔でこちらに駆けてきてくれて、コン君がそこに合流し、気をつけの体勢で横一列にピシリと並ぶ。


 そうしたならテチさんによるいつもの点呼が始まり、怪我をしないようにとのいつもの注意が始まり……それらが終わったなら子供達は今日も元気に働くぞと、満面の笑みになってから、それぞれに賑やかな声を上げながら栗の木の方へと駆けていく。


 その姿を見送った俺達はいつもの休憩所へと向かい……腰を下ろし、子供達といつ雨が降ってもおかしく無さそうな、雲の多い空模様に注意しながらあれこれと言葉を交わしていく。


 畑のこと、子供達のこと、お互いのこと、昔のこと、これからのこと。


 話題は尽きるどころか山の用に積み上がっていて……子供達の一挙一投足に驚いたり、お互いのことを見やったり。


 それからの時間はあっという間だ。

 あっという間にお昼になって、昼食の時間になって、暇なのかレイさんがやってきたりしているうちに夕方になってしまって、まるで時間が消し飛んでしまったかのようだ。


「皆、また明日、真っ直ぐにお家に帰るんだよ」


「今日もよく働いてくれたな、ありがとう。

 ……夏が近づいて日が高くなっているからって、遊び回るんじゃないぞ!」


 終業の挨拶となる、俺とテチさんのそんな言葉を背中で受け止めて子供達は、元気いっぱいに森の中へと駆けていく。


 暖かくなってきて、虫や動物やらが這い出てきて、木の実や山菜がそこらで採れるようになって……畑の世話だけでなく、子供達にとってもこれからが遊びの本番なのだろう。


 日が高くなったからこそ、仕事が終わっても一日が終わらないからこそ、俺達の言葉なんてもう頭の中には残っていないのだろう……子供達は元気いっぱいに、明らかに家では無い方向へと駆けていってしまう。


 だが大人達も……彼らの親達もそんなことは予測済みだ。

 事前に待ち構えていたのか、木々の間から姿を見せて、散り散りに逃げようとする子供達を次々に手際よく捕獲していく。


 そんな微笑ましい光景を見て、満開の微笑みを浮かべた俺とテチさんは……いつか俺達もああいうことをする側に回るのだろうかと、そんなことを話し合いながら道具などの片付けを済ませて、我が家へと足を向けるのだった。

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