第三章 イチゴジャム、ソーセージ、缶詰、そして兵糧丸
第73話 露地栽培のイチゴ
それからまた数日が経って、俺はコン君と一緒にスーパーへと買い物に来ていた。
買い物の目的は、レイさんからそろそろ並び始める頃だとの話を聞いた露地栽培のイチゴを手に入れるためで……そのレイさんに車を借りての買い出しとなる。
引っ越してきて免許証の書き換えをしていないのだけども……こちらには人間のそういう届けを受けてくれる役所が無いそうで、免許証に書かれた住所は前のままだ。
テチさん曰く、この森の中での運転免許証は「あれば良いけど無くても良い」という代物であるらしく……自治区だからってそんなことが許されるのだろうかと疑問に思いながらも全く運転しない訳にもいかないので……出来る限りの安全運転でここまできたのだった。
今日は買う量が多いので買い物かごではなくショッピングカートでの買い物となり……カートについているお子様用の席にコン君がちょこんと座っている。
「いっちごー、イチゴイチゴイチゴジャム~。
……そう言えばにーちゃん、ろじさいばいって良く言ってるけど……ろじさいばいって何?」
そのコン君からそんな問いを投げかけられて俺は、ゆっくりとカートを押しながら答えを返す。
「露地栽培……露出した地面で野菜とかを育てるって意味で、つまりはまぁ、ビニールハウスとかで覆わない状態で野菜とかを作るってことだね。
イチゴはクリスマスケーキとかの需要の関係で冬頃からスーパーとかに並ぶんだけど、あれは全部ビニールハウスのやつでさ、ビニールハウスを温めるために燃料をたくさん使っているせいで値段が高くなるんだよ。
露地栽培の方は燃料とかを使わないから比較的お安めで……ジャムにはたくさんのイチゴを使うからね、露地栽培のイチゴが出回る時期に作った方が値段的にお得なんだよ。
イチゴジャムが大好きな人はこの時期に頑張って一年分のイチゴジャムを作ったりもするね」
「へーへーへー!
そーいうことなのかー!
……ビニールハウスと露地栽培だと味とかも違うの?」
「んー……違うらしいけど、俺はそこまで気にしたことはないかな?
……栽培方法より品種での違いの方が大きいと俺は思っているかなぁ。
一応ビニールハウスのだと温度が一定だから味とか大きさが一定になるって言うね。
露地栽培だとそこら辺にばらつきがあって粒によって結構な差があるとかなんとか。
……ま、ジャムにしちゃうとね、全部混ぜちゃう訳だからね、そこら辺は全くと言って良い程に気にならないね」
「なーるほどー!
ジャム向きのイチゴってことなんだな!」
「そうだね。
道の駅とか直販所とかに行くとたまに、大きさとかを選別してない、ごちゃまぜのイチゴとかが売っているんだけど、あれはまさにジャム用だよね。
選別をしていないから値段も安いし、大きさや味の違いなんてジャムなら本当に気にならないし……この森に道の駅とかがあるのかは分からないけど、あるなら今度チェックしたい所だね」
「道の駅かー、オレはそういうのよく知らないからなー」
なんてことを言ってコン君は、お子様席から投げ出した両足をプラプラとさせ始める。
そうしながら「ふんふんふーん」と鼻歌を歌い始めて……俺はその歌に耳を傾けながら果物コーナーへと向かい……、
「あったあった、露地栽培イチゴだ」
と、そう言って積み上げられた白いダンボール箱へと手を伸ばす。
パック分けされたイチゴが4パック入った白いダンボール箱を、一つ取ってカート下部の棚に置いて、もう一つ取ってその上に重ねる。
更にもう一つ取って重ねて……これ以上は無理そうなので、今度は上部のカゴの中へとダンボール箱を置いていく。
このスーパーのカートは結構大きめで、イチゴのダンボールがしっかりと入ってくれるのがありがたい。
カゴの中ならばもうちょっと重ねられるかなと、四段まで重ねていって……そうしてから崩れ落ちないように片手でしっかりと抑えながらレジへと向かう。
「多っ! 多いよ!? にーちゃん!?」
するとコン君がそんな声を上げてきて、驚愕の表情をこちらに向けてくる。
「え、いや、まだこれは一回目だから……全部じゃないよ。
本番はこれからだよ、コン君」
「これから!?」
そんな声を……悲鳴のような声をコン君が上げる中、俺はレジ前へとカートを押し込み……俺みたいな客には慣れているのか、バーコードリーダーを手に持った店員さんが、ダンボール横にあるバーコードを手際良く読み込んでいって……支払いもすんなりと終わる。
そうしたならカートを押して車の下へと向かい……配達用の車の荷物を置く部分にダンボールを丁寧に並べていく。
全てのダンボールを並べ終えたらもう一度スーパーへと向かい……後はそれを三回、繰り返す。
イチゴを車に載せ終えて……さて、もう一回挑戦すべきかと頭を悩ませた俺は……車の様子を見て、財布の中を見て……まぁ、こんなもんかなと頷く。
そうしたならショッピングカートを駐車場の、返却用の場所へと持っていって……そこで一旦カートを停めたなら、コン君を両手でしっかりと持ち上げて、ゆっくりとカートから降ろす。
「ま、まさか、あ、あんなにいっぱいのイチゴを買っちゃうなんて。
あ、あれだけあったら毎日食べても食べても無くならないんじゃ……」
地面にちょこんと降りるなり、両手をわなわなと震わせるコン君。
そんなコン君を見て俺は笑いながら……カートを他のカートが作り出している列へと押し込みながら言葉を返す。
「あはははは、イチゴはジャムにすると水分が飛んで小さくなるから、見た目程の量にはならないんだよ。
それと毎日食べるも何も、イチゴは2・3日もしたら悪くなっちゃうだろうから……もし普通に食べるつもりなら今日明日で食べきるくらいのつもりじゃないと駄目かもね。
普通にしていたらそうやって悪くなっちゃって、旬が終わったら手に入りにくくなっちゃうんだけど、ジャムにしてしっかり密閉消毒をしておけば、いつでも好きな時にイチゴのあの味と香りを楽しむことが出来る。
……これが保存食の良さって訳だね」
「あー、そっかー。
悪くなっちゃうもんなー……ぐちょぐちょになっちゃうもんなー。
お金がたまったらいっぱい買っちゃおうとか考えてたけど……そうだよなー、悪くなることも考えて買い物しなきゃいけないんだなー」
「そうだね、そして一度買ってしまったなら美味しく食べられるうちに食べちゃうか、長持ちするように料理にするか保存食にしたほうが良いだろうね。
火を通すだけでも長持ちするようになるから、密閉消毒までしないとしてもコンポートみたいにするだけでも違ってくるもんだよ」
「へーへーへー!
一人暮らし始めたらそういうの気をつけるようにしないとなー」
なんて会話をしながら俺達は車へと向かい……まずコン君を助手席に設置したチャイルドシートに座らせてあげる。
リス獣人の子供は結構な年数、小さな体のままでいるらしく、何処の家にもチャイルドシートは当たり前に常備されているらしい。
門の向こうでみたものよりもベルトがしっかりとしていて、ジェットコースターなんかにある体を抑えるバーみたいなのまでがあり……それをしっかりとセットしてあげると、コン君は慣れた様子で、その小さな両手でバーをぎゅっと掴む。
それが終わったならドアをしっかり閉めて、運転席へと回り込んでから乗り込み……エンジンをかけて周囲をしっかり確認してからゆっくりと車を発進させる。
それから俺は我が家までドライブを、
「うはー! 車の中がイチゴの香りでいっぱいだーー!
はーやくイチゴジャム食べったいなー!」
なんて声を上げるコン君と共にゆっくりとした安全第一の運転で楽しむのだった。
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