第71話 両親の来訪 思い出話編
父さんも母さんも曾祖父ちゃんから話を聞いただけなんだそうで、詳しいことは知らないらしい。
曾祖父ちゃんの下に預けた俺が獣人の森の奥にある禁域という場所に入り込んでしまった。
そこで何があったかは分からないが、それ以来俺はぼーっとすることが多くなってしまった。
その原因を探るために大きな病院で精密検査なんかを受けることになった……とかなんとか。
……父さん達の言う『あれだけの騒ぎ』というのはその検査のことを言っていたようだ。
検査の結果は全くの異常無し。
あれこれと検査をしているうちに俺がぼーっとすることもすっかりと無くなっていて……結論としてはただの杞憂だった、ということになったそうだ。
翌年には曾祖父ちゃんの家に俺を預けるのはやめようなんて話もあったそうだが、俺がどうしても行きたいと騒ぎ、泣き叫び……普段は我儘を言わない子だし、そんな子供がそこまで言うのならばと、両親は渋々ながら翌年も曾祖父ちゃんの家に俺を預けることにして……以降は特にこれといった問題も騒ぎも起こらかったそうだ。
そうしてこのことに関しては、父さんも母さんもなんでも無い日々の一幕として頭の片隅に追いやるようになり……特に思い出すこともなく話題にすることもなく今日までの日々を過ごしていた、とのことだ。
以前テチさんの両親が『あの実椋君』なんて言葉を使って、俺のことを知っている風なことを言っていたが……なるほど、その騒ぎのことを……そんな騒ぎをやらかした俺のことを知っていたという訳か。
あれから電話などでそれとなく『俺のことを以前から知っていたのですか?』 と、そんな質問を投げかけていたのだけど、明確な答えを貰えないままはぐらかされてしまっていて……だがそれも納得だ。
禁域とやらがどんな場所かは分からないが、そんな大層な名前のついた場所に入り込むなんてやらかした訳だからなぁ。
……そんなことが周囲に知れ渡ったら俺の恥になるというか、この森に来たばかりの俺の立場が悪くならないようにと気を使ってくれていたのだろう。
テチさんのご両親には後で感謝の言葉を伝えておかないとなと、そんなことを考えて……いや、しかしあの時は確か『あの実椋君なら安心だ』とかそんなことを言っていたような? なんてことに思い至る。
一体全体、そんな危険な場所に入ってしまった俺の何がどう安心なのだろうか? と首を傾げていると、父さんと母さんの話を黙って聞いていたコン君が声を上げる。
「み、ミクラにーちゃん、禁域に入っちゃったのか……。
あそこに入った人がいるなんてびっくりだよ……」
その声は強張っていて、その顔は驚愕の色に染まっていて……そんなコン君に俺は更に首を傾げながら言葉を返す。
「コン君、禁域がどんな場所か知っているのかい?
……どんな場所か聞いても大丈夫かな?」
「知ってるし、誰かに教えちゃ駄目とかは言われてないよ!
禁域は神様が住んでる場所で、勝手に入っちゃいけない場所でー……それで、えっと、変なきのこの胞子が、ぶわーっと飛んで霧みたいになってる場所で、それを吸い込んじゃうと物忘れしちゃうんだって!
とーちゃんが神様が住んでるっていうのは昔の人が考えたウソで、そこにいると物忘れし続けちゃって、自分が誰とかお家が何処とかも全部忘れちゃって、遭難してるのに遭難してることも忘れちゃって最後は死んじゃうから、誰も入っちゃいけない特別な場所ってことにしたんだって言ってた!」
「そ、それはまた……随分と危険な場所なんだなぁ。
物忘れする胞子を飛ばすキノコ、か……とんでもない毒キノコもあったもんだなぁ」
と、そんな会話を俺とコン君がしていると、何かを思い出したような表情になった父さんがポンと手を叩いてから声を上げる。
「そうだそうだ、思い出した。
騒ぎが起きた翌年、実椋は誰かに会うために爺さんとこに行くんだって騒いでたんだよ。
顔も名前も覚えてないけど、一緒に冒険した友達が待ってるとかなんとか……。
そこまで会いたい相手の顔も名前も覚えてないってそんなことあるか? って首を傾げてたんだけど……そうかぁ、そのキノコのせいで忘れちゃってたんだなぁ。
……あれって結局誰のことだったんだ? その後その友達とは会えたのか?」
父さんのそんな言葉を受けて俺は何も言えなくなって黙り込む。
全く覚えがない、何も思い当たらない。
そんな風に我儘を言ってまで曾祖父ちゃんの家に行って俺は……その友達のことを探したのだろうか? 見つけられたのだろうか?
と、言うかそもそも曾祖父ちゃんの家に行って探す友達ってのはどういうことだ?
ここには曾祖父ちゃん以外には獣人しか住んでいない訳で……もし友達になるような子がいるとしたらそれは、獣人ということになる訳で……。
そう言えば子供の頃、何度も同じような内容の悪夢を見ていたっけな。
大切にしていたぬいぐるみの友達を探す悪夢、探しても探しても見つけられず、どんなに泣きながら探しても、どんなに森の中を駆け回っても絶対に見つけることの出来ない悪夢……。
それは確かリスのぬいぐるみで……。
……もしかしてあれはぬいぐるみのような友達、だったのか?
俺は勝手に曾祖父ちゃんがテチさん達を雇い始めたのは最近のことなんだろうと決めつけていたけども……もしかして俺が子供の頃から曾祖父ちゃんはテチさん達を雇っていたのか?
そうなら当然俺もその子達と会う訳で……会えば当然友達になる訳で、友達になった子と一緒に禁域に冒険に出かけた……?
そしてそれがそんな大騒動になってしまい、問題になってしまい……それ以降の夏休みに、俺が獣人と会わなかったのは……会えなかったのは、似たような事件を起こさないようにと警戒した曾祖父ちゃんが手を回していたから……か?
うぅぅむ、あの優しかった曾祖父ちゃんがそんなことをする、かなぁ?
曾祖父ちゃんが存命なら曾祖父ちゃんに聞けばそれで分かる話なんだけども……今となってはなぁ……。
あるいは最近まで曾祖父ちゃんの側に居たテチさんなら何か知っているかも? と、そんなことを考えて俺が隣に座るテチさんの方を見やると……テチさんは何故か頬を真っ赤に染めて、目を潤ませて俺のことをじぃっと見つめてくる。
見つめて見つめて……はらりと涙を流して、そうしてから満面の笑みで声をかけてくる。
「私も昔、禁域に入ったことがあるらしいんだ。
そっちではあまり問題にならなかったようだが、こっちでは結構な問題になってな、両親に何度かそのことを蒸し返されたからな……詳しいことは覚えていないが、そのおかげで大体のことは知っている。
口やかましい連中が富保にあれこれと難癖をつけて、安全のためにとか言って私達が働けない期間なんてものまで作られていたしな……。
……そして禁域に入った時に私は、もう一人の子供と一緒だったらしい。
仲が良かったらしい、よく遊んでいた友達……知っているはずなのに両親が何処の誰か教えてくれない、絶対に無理だからって会わせてくれないあの子……」
そう言われて俺は思わず言葉を返す。
「ああ、そうか……探しても探しても見つけられないぬいぐるみのような友達はテチさんだったのか……。
なんですぐに思い出せなかったのかなぁ」
するとテチさんは黙って俺のことを見つめてきて、俺もまたテチさんのことを見つめ返して……そうして俺達は父さんがこほんと咳払いをするまでお互いのことを見つめ続けるのだった。
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