第69話 両親の来訪 対面編
それから色々とあって……本当に色々とあって、翌日、早朝。
門の職員さんからの連絡を受けて玄関で待っていると……門の職員さんが運転してくれているのか、送迎用と思われる白いバンがやってくる。
そのバンが玄関の前で止まると、そこから両親が……程々に薄くなったオールバック頭と膨らんだ腹と小さな鞄を抱えたそこらにいる中年といった感じの紺色のスーツ姿の父親と、少し艶がなくなったかなという長い黒髪を頭の上でまとめたベージュのスーツ姿の母親が降りてきて……そうして玄関の前に立つ俺のことを見てから、母親……母さんがテチさんとコン君のことを凝視する。
以前写真を送っていた訳だけども、やはり実際にその目で見ると印象は変わるようで、かなり驚いているようで……そんな中、父さんはまるで初孫を前にした時のように表情を綻ばせる。
「いやー、懐かしいなぁ、獣人さんだよ、獣人さん。
こうして目にすると……うん、子供の頃や青春時代を思い出しちゃうよなぁ。
いや、大人になってからも爺さんの家に行く度に見かけてはいたんだが……うんうん、やっぱり思い出すのは昔の、夏休みの想い出だよなぁ。
あー、懐かしい懐かしい」
そんなことを言いながら父さんはこちらへと近づいてきて「どうも実椋の父親の美稲(みしね)です」なんてことを言いながら挨拶を返すテチさんと握手を交わし……すぐさまにしゃがみ込んで「よーしよしよしよし」なんてことを言いながらコン君の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「……こ、この方達が獣人さんですか、私はこちらに足を運んだことがなかったのでお目にかかるのは初めてですが……そうですか、そうですか……。
……生まれる子供はこんな感じに……あ、私は月乃(つきの)と言います」
母さんはそんなことを言いながら、少し遠慮がちにテチさんと握手を交わし……そうしてから父親に頭を撫でられて目をぎゅっとつぶっての笑顔を見せているコン君のことを見やる。
その顔は目を見開き驚きを顕にしていたが……俺は知っている、うちの母さんは嫌なものから目を逸らすクセがあることを。
現状目をそらさずにじっと見つめているということは、悪感情を抱いていないという訳で……驚きの方が勝っているようだが、そこは俺の母親だ、恐らくはコン君の可愛さにやられてしまったのだろう……コン君のことをじっと見つめ続ける。
「まぁ、とりあえず居間の方で話そうよ」
と、俺がそう言うと、父親は腰に手をやりながら「よっこらしょ」っと言いながら立ち上がり、母親は居間へとちょこちょこと駆けていくコン君のことを見つめながら足を進める。
居間のいつものちゃぶ台は片付けて、来客が来た時用の大きな長テーブルを代わりに設置して、その上には昨日決めたメニュー、パリパリサラダと豚しゃぶ、ベーコンエッグとサンドイッチ、それとフルーツヨーグルトがちょっと豪華な食器に盛り付けられて並んでいる。
それをちらりと見た母さんは……用意した来客用の豪華な柄の座布団には座らずに、すっと台所へと足を進めて、無断での冷蔵庫のチェックをし始める。
……まぁ、これは覚悟していたことだ。
俺が一人暮らしを始めてすぐにやってきた時にも、その後にやってきた時にも、とにかく俺のアパートにきたなら必ずやっていたことなので、特に気にせず、相手にせず、用意した自分の席に座る。
コン君を挟む形で俺とテチさんの席は台所の方で、両親の席は縁側の方で……父さんは素直に用意した席に座り「ここもなつかしーなー」なんてことを言いながらキョロキョロと周囲を見回す。
「ちょっと実椋、何よこの……何なのよ、このお肉まみれの冷蔵庫は。
いくらなんでもお肉が多すぎないかしら?」
冷蔵庫のチェックを終えたらしい背後から母さんがそう言ってきて……俺は仕方無しに振り返り言葉を返す。
「テチさんが今日のためにってわざわざイノシシを狩ってきてくれたんだよ。
そういう訳で今日の豚しゃぶはちょっとクセのある味になっているから、そのつもりでいてよね。
冷蔵庫にあるのは余りのお肉で……まぁ、食べるなり加工するなりするつもりだよ」
俺のそんな言葉に母さんは驚くやら呆れるやらといった表情をし……そして父さんは、
「おー、ジビエだよジビエ。
爺さんもよく食わしてくれたなぁ……鹿とか熊とか。
特に鹿は美味くて好きだったな」
なんてことばを口にし……何の遠慮もなく用意しておいた箸に手を伸ばして、豚しゃぶ……というかイノシシしゃぶを食べ始める。
「ちょっと、父さん!
話もまだなのに食べ始める人がありますか!! テチさんに呆れられたらどうするんですか!」
なんてことを言いながら母さんは、慌てて父さんの隣へと駆けより、その横腹を突くが、父さんはお構いなしに「美味いぞ、これ」なんてことを言いながら食べ続けて……それに刺激されたのだろう、コン君も「いただきます!」とそう言って箸に手を伸ばし、楽しみにしていたパリパリサラダを食べ始める。
大根の細切りと刻み水菜と、揚げたワンタンの皮に鰹節をかけて、フレンチドレッシングを軽くふりまく程度にかけてあり……コン君はそのサラダを口いっぱいに送り込み……パリパリと小気味良い音をさせて食べて……ごくりと飲み込むなり、いつもの笑顔をこちらに向けてくる。
「にーちゃん! このサラダすげー美味しい!!」
笑顔でそう言ってもくれて……そうしてコン君は父さんに負けじとイノシシしゃぶに手を伸ばす。
そんな中テチさんは静かにサンドイッチを食べているのかいないのか分からないくらいに小さく噛んでいて……緊張しているのだろうなと、察した俺は改めて父さんと母さんにテチさんの紹介をする。
「父さん、母さん、こちらが結婚したいと考えている……というか、婚約したことになっている、栗柄とかてちさん。
今はこの家で同棲していて……あ、その前に勿論ご両親には挨拶をしていて、あちらのご両親は勿論、お義兄さんにも良くしてもらっているよ。
あちらの習慣で結婚式はなるべく早く挙げたいってことだから、なるべく早めに……夏前には挙げたいと考えている所……です」
すると父さんは嬉しそうなニコニコ顔をこちらに向けてきて……その顔のまま口の中のものを一生懸命に咀嚼し、ごくりと飲み込んでから言葉を返してくる。
「よしよし、孫の顔を早く見られるならそれに越したことはないからな、式でもなんでもさっさとやっちまえ。
ああ、でも、横浜のおじさんとかおばさんとか、静岡のマチさん達も呼ばないといけないだろうから……そうだな、出来るだけ早めに日程を決めてその連絡をしておいてくれよ?
皆にはとりあえず式があるって伝えて、こっちに入る手続きの方を進めておいてもらうからさ。
……当然式はこっちでやるんだろ? テチさんをあっちに連れていく訳にはいかないもんなぁ」
その言葉に母さんは思う所があったのか「ちょっと、そんな簡単に!」なんて言葉を返すが父さんは、
「良いから良いから、俺達がどうこう言ったってしょうがねぇよ、もう決まったことだしな」
と、そんなことを言って取り合わない。
基本的に母さんの立場の方が上で、父さんは母さんの言うことに素直に従う人なのだが……時たま「良いから良いから」との決め文句を口にしてのこの件に関しては絶対に譲らないぞという、頑なな態度を見せることがある。
酒はたまに舐める程度、タバコは吸わず趣味は散歩で、競馬やパチンコもしないし、浮気なんて大それたことをしたこともない。
毎日定時で帰ってきて、土日は子供の相手をするか母さんの相手をするかのどちらかで……そんな父さんがたまに見せる我儘……というか、我を通す態度に対しての母さんの基本方針は全面降伏だ。
それは父さんが常に自分のことよりも家族のことを優先している人で……そういった態度を取る時はいつも家族のことを想ってのことだから、なのだろう。
そうして母さんは小さなため息を吐き出し……何も言わず視線を逸らしての降伏の態度を示す。
それを受けてにっこりと微笑んだ父さんは、フルーツヨーグルトへと手を伸ばし……みかんやパイン、桃といった缶詰フルーツがたっぷりと入ったそれを笑顔で口の中に送り込んでいく。
「うんうん、めでたいめでたい。
めでたい日はお腹がすくからなぁ、今日は腹いっぱいになるまで食べるからなぁ!」
そんなことを言いながら箸やらスプーンやらを一生懸命に動かした親父は……あまり食が進んでいないテチさんをちらりと見やり、満面の笑みで声をかける。
「……テチさん、こんな息子と両親ですが、どうぞよろしくしてやってくださいね。
そしてこういう時はとにかく食べましょう、満腹になるまで食べましょう。
めでたい時にお腹いっぱいになれる程、幸せなことはないですからねぇ。
我が家は代々ウカノミタマをお祀りしていましてね……知っていますか? 食べ物の神様で、別の名前で御倉神(みくらのかみ)なんて呼び方もしまして……そうそう、そうです、実はですね、実椋の名前の由来の神様なんですよ」
それは全くの初耳で、母さんまでもが初めて聞いたというような、そんな表情をしていて……そうして俺と母さんが唖然とする中……緊張がほぐれたのか笑顔になったテチさんは、改めて「いただきます」とそう口にして……ハーブ入りの卵サンドをはむりと頬張るのだった。
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