第62話 準備完了


 それからコン君と他愛の無い、昨日の夜のテレビの内容がどうだったとか、そんな雑談をしていると、畑の見回りをしていたテチさんが戻ってくる。


「お疲れ様」


 と、そう声をかけてから、色々なジャーキーを作ってみることにしたという話をして、どこかのタイミングで買い物をしてきたいと伝えると、テチさんは笑顔で、


「それなら今から行ってきたら良いじゃないか、ここは私が見ておくから買い物に行くくらいは構わないぞ」


 と、そう言ってくれる。


「そういうことなら早速行ってこようかな……テチさん、ありがとうね」


 そう返して立ち上がって……ズボンのポケットを叩いて財布があることを確認した俺が、スーパーの方へと足を向けると、コン君がテーブルからピョイッと飛び降りて、俺の足元へと駆けてきて「オレも行く!」なんて声を上げてくる。


 それを受けてテチさんの方へと視線をやると、テチさんは苦笑いをしながらも「好きにしろ」と、そう言ってくれて……俺はコン君へと「それじゃぁいこっか」と、そう声をかけてから、スーパーまでの道をゆっくりと歩いていく。


 前回ここを通った時は何もかもが初めてで、視界に入っているけども頭には入っていないというか、ただただ唖然としながら流し見ていただけだったので、改めて森の中の光景を……門の外では見られない不思議な世界の光景を眺めていく。


 俺がそうやってゆっくりと歩く中コン君は、タターッっと駆けていったかと思ったら「遅い遅い!」なんてことを言いながら右へ左へ、辺りを駆け回りながら俺が追いつくのを待って……俺が追いつくとまた物凄い勢いで前方へと駆け進んでいく。


「道路には出ないようにするんだよ、車はいつ来るか分からないからね」


「はーい」


 なんて会話をしながら道を進んでいって……スーパーの中へと入り、買い物かごを手に取る。


 今日のターゲットはまずビーフジャーキーの元となる牛モモ塊肉、それと味付けに使う調味料各種だ。


 最近はハーブと塩を混ぜたものとか、いくつかのハーブを混ぜ合わせてそれをそのまま料理に使えば味が整うなんていうセット商品も売っているから、そういうのを使うのも良いかもなーと、そんなことを考えながら足を進めていると……コン君が鮮魚コーナーを見つけるなり駆け出して、棚の上にある商品を取るためのものなのか『おこさまようのあしば』なんてシールの張られたプラスチック製の台をその途中でつかみ取り、鮮魚コーナーの展示用冷蔵庫の前にそれを置いてその上に立ち、じーっと冷蔵庫の中の品々を見つめ始める。


「今日用事があるのはお肉のコーナーだよ?

 それとも何かお魚を食べたくなったのかい?」


 そんなコン君に追いつき、そう声をかけるとコン君は鮮魚コーナーの中のイカ刺しやらが並ぶ一画を見つめながら言葉を返してくる。


「んー……スルメはイカのジャーキーなんだよね?

 じゃぁ、魚のジャーキーもあるの?」


「魚のジャーキーって言い方はしないけども、ほっけとかの干物がそうなるかな?

 ただまぁ魚の干物は肉のジャーキーとかとはまた作り方が違うけども」


「どー違うんだ?」


「肉のジャーキーは干した後に燻製にするか焼くのが基本で、干物は熱を通さないでただ干すだけのことが多い感じだね。

 俺は菌とか衛生とかにはそこまで詳しくないんだけど、多分魚は刺し身とかお寿司とか生で食べることも出来るから、ただ干すだけでも良い……とかじゃないかな。

 むかーしの干し肉とかはもしかしたら火を通さずに作っていたのかもしれないけど、今そうしているっていうのはあまり聞かないし、衛生的な理由で推奨もされてないんじゃないかな」


「ふーん?

 干物かー、干物はよく食べるなー、アジとかホッケの干物好きー」


「ああ、コン君の家はそうかもねぇ。

 干物は確か、日光に当てることで旨味成分が増す……とかなんとかだったかな。

 そうじゃなくても水分が抜けただけ味が凝縮されるから、それで美味しくなるんだろうね。

 俺もホッケの干物は大好きだよ、大根おろしにおろし生姜をちょっと乗せて、一緒に食べるのが好きかな。

 干物の塩気が薄いやつだったら大根おろしだけじゃなくてポン酢をかけたりとかも良いね」


「へーへーへー!

 おひさまにあてると美味しくなるのかー!

 じゃあお肉もそうなるの?」


「んー……かもしれないけど、基本的にお肉を乾かす際は干したりせず、冷蔵庫を使うかな。

 日本は湿気が多いからね、お肉とかが腐りやすいってのもあるし、虫とかが寄ってくるっていうのもあるからね。

 その点冷蔵庫の中なら腐る心配はうんと減ってくれるし、虫は寄ってこないし、梅雨でも夏でも乾燥している場所だからね。

 ……お肉でも旨味が増してうんと美味しくなる……かもしれないけど、それでお腹を壊しちゃったら元も子もないから、うん、少なくとも俺はそういう冒険はしないかな」


「ふーーん。冷蔵庫の中なら安全なんだなー。

 ならかーちゃんもお芋や柿を冷蔵庫で干したら良いのになー」


 そう言ってからコン君はもう一度鮮魚コーナーの中を見やって、存分なまでに見やって……それで満足したのか台から降りて、台を抱えてテテテッとお肉コーナーの方へと歩いていく。


 その後を追いかけながら俺は、少し気になることがあって話の続きを口にする。


「コン君のお母さんは干し芋や干し柿を作っているの?」


「んー? 作ってるよー。

 毎年作っててー……で、雨が続くと干し柿がカビちゃったりして元気なくなっちゃうんだー。

 かーちゃんもとーちゃんもオレも干し柿大好きだから、たくさん作るんだけどねー」


 するとコン君はそう返してくれて……俺は干し柿が軒先に並ぶ、茅葺屋根の光景を想像しながら言葉を返す。


「干し柿はなんていうか……コン君のお家に似合いそうだね。

 しかしそうすると、コン君のお母さんも保存食仲間なんだね、干し柿や干し芋も保存食の一種だからね。

 まー、干し柿に関しては保存性よりもその甘味を増させるとか、渋柿を美味しく食べる工夫でもあるんだけど」


 俺のその言葉にコン君は、頭の上の耳をピクリと反応させてから足を止める。


 そうしてからクルリとこちらに振り返り……恐らくは保存食仲間という言葉が嬉しかったのだろう、いつもの目をつぶっての笑顔を見せてくれる。


 それからご機嫌となって尻尾を振り回しながらの随分と身軽なスキップをするようになったコン君と一緒にお肉コーナーへと向かい、良さそうな牛モモ肉を……たくさん作れるようにかなり大きなものを見繕ったなら、調味料や果物などの足りないものを買い物かごの中へと入れていく。


 そうしたならレジへと向かい精算を済ませて……未だにスキップを続けているコン君と共に真っ直ぐに家へと向かう。


 家についたなら冷蔵庫に肉などをしまい、調味料などを棚にしまい……変わらずご機嫌のままのコン君もそれを手伝ってくれる。


「おっいしいー、おっいしいー、ビーフ・ジャーキー!」


 なんて歌まで歌いだして……そんなコン君の様子を見ていると、そこまで楽しみにしてくれているコン君のため、そしてテチさんのために美味しく作るぞ! と気合が入る。


 必要なものは揃った、覚悟も決めた、気合も入った。

 ならもう後は作るだけだと、そんなことを胸中で呟いた俺は……趣味の保存食作りも大事だけれども、生活の糧である畑のことも大事だからと、コン君に声をかけてテチさんが待つ畑へと足を向けるのだった。

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