第61話 ジャーキー
ジャーキーとは簡単に言ってしまうと乾燥肉のことだ。
乾燥させたらそれで良し、味付けも自由で乾燥させる方法も自由。
燻製で乾燥させればスモーク・ジャーキーだし、オーブンで焼いて乾燥させるなんて方法もある。
スルメが海外ではイカのジャーキーとして売られている辺りにも、ジャーキーという言葉の範囲の広さが伺える。
それだけ幅が広いものだから作り方も味付けも千差万別様々な方法があって……これが正しい! こうすれば美味しくなる! って方法は無いに等しい。
そのまま食べるのか、お酒のあてにするのか、それとも携帯保存食として保存性とカロリーを重視するのかでそもそもの目指すゴールが違ってくるのだから、それも当然の話だろう。
そんな中でビーフジャーキーは一番の人気と味を誇る王道のジャーキーと言って良いだろう。
美味しくて保存性もあって栄養もある。
色々な味付けが出来て、甘くするのか辛くするのかしょっぱくするのか、ハーブに胡椒、各種フルーツに醤油、味噌味ビーフジャーキーなんかもあるのだから凄い話だ。
日本メーカーが日本人向けに醤油や味噌を使ったビーフジャーキーを作ったら海外で人気になった、なんて話があるくらいで、その話からもジャーキーの自由度の高さが伺える。
そんなジャーキーをテチさんが期待してくれているという状況下で作ることになった訳で……作ってみると気軽に言ってしまったものの、どんなジャーキーを作ったら良いのか、どうにも迷ってしまう。
何年か前に適当に作ったことがあり、それはまぁまぁ美味しく出来て自分で食べる分には満足の行く出来だったのだけど……テチさんに喜んでもらえるかというと、あそこまでの期待に応えられるかというとなんとも言えない。
そういう訳で迷って迷って悩んで悩んで。
中々答えが出せずに……翌日。
畑側のいつもの場所で、畑の様子を見回ってくるとテチさんが席を外した隙に、元気に働く子供達の様子をちらちらと見ながら、監督しながらネットのレシピを読み漁っていく。
「うーん、ネットに答えを求めたのは間違いだったかな?
選択肢が無駄に多すぎる……ネットで情報を探すばかりじゃなくて、評判が良さそうなレシピ本を買うかな?」
思わずそんな独り言を言ってしまいながらスマホを操作していると……タタタッと軽快な足音と共にコン君が駆けてきて、ピョンッと目の前のテーブルに飛び上がってきて、俺のすぐ前にちょこんと座り、首を傾げながら声をかけてくる。
「へんな顔してどーかしたのかー?
なんかブツブツ言ってたみたいだし、今日のミクラにーちゃんちょっと変だぞ?」
「ああ、うん……テチさんに美味しいビーフジャーキーを作って食べさせてあげることになってさ。
どんな味付けにしたものかなーって。
燻製にするかオーブン焼きにするかだけでも悩ましいのに……味付けとなるともう無数に選択肢があるからねー」
「ふーん?
ジャーキーって見たことはあるけど、食べたことはないなー。
父ちゃんが辛くてしょっぱいから子供の食べるもんじゃないってさ、食べさせてくれねーから」
「ああ、お酒のお供のジャーキーならそうだろうねえ。
味が濃くて胡椒や唐辛子がいっぱいで……噛みごたえがある硬さで。
それはそれで癖になる味で悪くないんだよねぇ」
「オレはお肉は柔らかい方がいいなー! にーちゃんちで食べたスペアリブ! ほろほろで美味しかったー!」
そう言ってコン君は我が家の方を見やり……口の中でじゅるりと音を立てる。
その様子を見て小さく笑った俺は、一旦ジャーキーのことを考えるのをやめて、コン君の話題の方に乗っかろうと言葉を返す。
「そんなに美味しかったかい?
なら今度お母さんに作ってもらえばいいさ、マーマレードは俺が作ったのがたくさんある訳だし、マーマレードさえあればそこまで手間な料理じゃないからね」
「うーーん……。
かーちゃんに頼んではみたんだけどなー、いまいち反応悪くてなー。
あ! にーちゃんが作ったスペアリブは美味しい美味しいって食べてたんだけどな! 凄く美味しかったから、ミクラにーちゃんにお礼言っておいてくれって言われたの忘れてた!
ありがとうな! ミクラにーちゃん!」
「はい、どういたしまして、喜んでもらえて何よりです。
……しかし食べて美味しいと言って喜んでくれるのに、作ってくれないっていうのも変な話だね?」
「んー、なんかこー、上手に出来るイメージが沸かないんだってー。
かーちゃんの料理は全部自分で勉強したやつで、いつもカンでなんとなくで作ってるから、そのなんとなくが上手くいかないと駄目なんだってさー」
聞けばコン君のお母さんも中々の料理上手なんだそうで、和食に限って言えば普通よりも美味しいご飯を作ってくれるらしい。
ただそれはあくまで和食に限ったもので、洋食他になるとどうしても上手くいくイメージが沸かず、実際に上手くいかず、微妙な味になってしまうんだとか。
独身料理の定番で、雑に作っても美味しい料理の代表格『カレー』ですら最初は苦戦していたそうで……コン君が好きだからと何度も作っているうちに、どうにか安定した味のものを作れるようになったんだそうだ。
「カンとなんとなくが上手くいかない、か。
うぅん、今ちょうど俺もそんな感じだからなぁ……人のことは言えないかもなぁ。
……でも、うん、他人の視点で見てみると、意外とあっさり答えが見つかるもんなんだねぇ」
あれこれ考えた後にそんなことを言うと、コン君が首を傾げながら「どーいうことだ?」と返してくる。
「いや、うん、上手くいかないかもしれないとしても、やらないよりやってしまえばいい。
やっているうちに上手く出来るんだからって、そんなことをコン君のお母さんに対して思ってしまってさ。
でもそれって、さっきまでうじうじ悩んでしまっていた自分にこそ言うべき言葉だなーって、そんなことを思ったんだよ」
「ふぅん? つまりどういうこと?」
俺の言わんとしている所が理解できなかったのだろう。首を傾げて傾げて、傾げ過ぎて横に転げそうになっているコン君に俺は笑いながら言葉を返す。
「つまりね、ジャーキーをどんな風に作ったら美味しくなるのか分からない分からないって悩むくらいなら、美味しいものが作れるように実践してしまえば良い、やってしまえば良い。
美味しいジャーキーが作れるまで頑張れば良いんだてことに気づけたのさ。
あれこれ思いついたことを試して、ジャーキーをじゃんじゃか作って、美味しいジャーキーにたどり着いて見せる! って感じかな」
「ふーん? なんだかよく分からないけど……またミクラにーちゃんが美味しいものを作ってくれるってのは分かった!
たくさん作るならたくさん食べられるよな! 味見係はオレに任せて!!」
俺の言葉にそんなことを返してきて、両目をぎゅっとつぶっての満面の笑みになるコン君。
コン君に美味しいと思ってもらうためには……甘めのフルーツ風味やくるみ風味のジャーキーを作ってみるのも良いかもしれない。
正解が無いからこそ好きに出来る訳で……色々試してみるかと、そんな決意をした俺は、どこかのタイミングで時間を作って、スーパーまで買い物にいかないとなと、そんなことを思うのだった。
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