第60話 初めての……


 自宅待機期間も終わり、ご両親への挨拶も終えて、今後のことに関する話し合いも一応の決着となり……そうして翌日からは、また畑に向かい、子供達の働く様を眺める生活が始まった。


 それと同時に改めてというか、本格的にテチさんとの同棲生活も開始となって……翌日はテチさんの引っ越し作業、翌々日は必要な物の買い出し、更に買った家具やらを設置したり、二人で暮らしていく上のルールを話し合ったりと、忙しい日々を送ることになった。


 それでもまぁテチさんがご機嫌というか笑顔が絶えないというか、同棲というよりも新婚気分なのだろう、家具選びなどを凄く楽しそうに、幸せそうにやってくれて……その笑顔のおかげで疲れなどは感じることはなく、毎日を過ごすことが出来た。


 そうして月曜日。


 いつにない笑顔の配達の人、花応院さんがやってきて、注文していた荷物と一緒に門の職員から預かったという、両親の来訪に関する許可書類を持ってきてくれた。


 両親の検査やら予防接種やらのこちらに来る準備はどうやら順調に進んでいるようで……後はこの書類に俺がサインをしたらそれで良いんだそうだ。


 以前は電話での確認で良かったのだが、まぁ、あの事件があったばかりだからなぁ……。

 ちゃんと許可を貰ったという言い訳というかなんというか、しっかり対策していますよというアピールのために、こういう書類が必要になってくるらしい。


 であればとサラサラとサインをして、花応院さんはにこにことした顔のままそれを受け取ってくれて……そして最後に、俺と一緒に対応したテチさんに言葉をかけてくる。


「実は私、子供の頃からずっとこの胸に抱いていた夢がありまして……。

 それは獣人と人が当たり前に一緒に居て、一緒に暮らしていて、あんな無粋な門も無くなって、お互いの手と手を取り合い、笑顔で暮らしていくという、子供の頃に抱いた夢に相応しいなんとも子供じみた内容でして……。

 そのために勉強をしたり、外務省に入ったり、その上に立ったりしたのですが、中々上手くいかず……今ではしがない配達員となって、夢は夢として諦めてしまっていたのですが……お二人の幸せそうな姿を見ていると、夢が夢ではなくなるのではないか? と、年甲斐もなくそんなことを思ってしまうんですよ。

 ……お二人からしたら勝手な言い分に思えてしまうのでしょうが、どうか末永く、その幸せが続くことをお祈りしております」


 そう言って花応院さんは丁寧な礼をして……「また来週」とそう言って去っていく。


「週に一回だけの仕事を休まず続けて、随分と風変わりな老人だなと思っていたが……なるほど。

 門の向こうにもあんな人間がいるんだな」


 花応院さんの背中を見送ってからそう言ったテチさんは届いた荷物の開封を始めて……そして俺は、突然のことに驚き戸惑っていた。


 花応院さんが俺達に好意的なのは曾祖父ちゃんと仲が良かったからと勝手に思い込んでいた訳だけど、どうやら別の理由……花応院さんの夢もその態度に関係していたようだ。


 夢……獣人と人が仲良く、一緒に暮らして居る光景、か。


 門の向こうの人達がそういった夢を本気で抱いて、そのために努力するなんてのはかなりのレアケースだろう。

 

 冗談で獣人と会ってみたいとか、仲良くなりたいとか、そういうことを言うやつは居るけども、本気でとなると少なくとも俺は人生の中で一度も会ったことはなく、話に聞いたことも無かった。


 それをまさか外務省に入りまでしてとは……。

 っていうかこの辺りの担当って外務省になるんだなぁ、何度か公的な書類にサインをしたけども、何処の省庁のものかまではチェックしてなかったなぁ。


 そしてその上に立った……か。


 ……うん? 上? 外務省の上って、なんだ? 外務省の中のトップとは、また違ったニュアンスだったような?


 そもそも外務省のトップって……?


 そんなことを考えた俺は、ズボンのポケットからスマホを取り出し、操作し……外務省、花応院と入力しての検索を行う。


 するとすぐに結果が出てきて……歴代外務大臣なんていうページがトップに表示されて、そこを開けば何が出てくるのか、大体察した俺はあえてそのページを開かずに、スマホをスリープ状態にする。


 そうだよなぁ、外務省の上って言ったらそうなるよなぁ!


 なんでそんな人がこんな所で働いているんだろうなぁ! まだ諦めていないらしい夢とかの関係なのかなぁ!!


 びっくりするっていうか怖いっていうか、なんていうかなぁ!!


 ま、まぁ、曾祖父ちゃんの友人だった訳だし、俺にも俺達の関係にも好意的のようだし……うん、深く考えるのはやめておくとしよう。


 少なくともあの人は俺達の敵ではないはずだ。

 ……俺がここに移住する件とか、あの事件の時とかにも、気を回してくれていたっていうか、色々と裏から手を回してくれていたんじゃないかってそんなことを思ってしまうけども……うん、それは邪推ってもんだ、何も証拠はないんだからな、うん。


 ……とりあえずこれから花応院さんが来る時間になったらお茶を淹れてお茶菓子を用意して歓迎するようにしよう。


 そして曾祖父ちゃんがそうしていたように友人……というのは少しおこがましいから、良い知人……顔見知りとして、仲良くしてもらうことにしよう。


 そんな打算的な想いで関係を築こうとするのは失礼かもしれないけども、花応院さんはある意味でその道のプロだからなぁ、きっと許してくれるはずだ。


 あるいは……そのくらいの打算が出来なくてどうすると、そんなことを言われるかもしれないな。


 ……と、そんなことを考えながら俺も荷物を片付けようと、既に開封作業を始めていたテチさんと合流する。


 するとテチさんはダンボールの中からある袋を……ビーフジャーキーが入った袋を見つけて、それを手にとってじぃっと見つめ始める。


「ビーフジャーキー、好きなの?」


 その様子を見て俺がそう声をかけると……テチさんは「ああ」と短い声を返してくる。


「ジャーキーも保存食の一種だから、曾祖父ちゃんが作ってたりしたのかな?

 手作りのジャーキーは美味しいからねぇ、夢中になるのも分かるよ」


「いや……富保は作ってなかったな。

 ……そうか、手作りは美味しいのか……実椋の手作りジャーキーか……」


 俺のそう返すとテチさんは潤った声とでも言うべきか、口の中で唾液を貯めているらしい声でそんなことを言ってくる。


「あー……食べたいなら今度作ってみる?

 ただあれだよ? 保存食は保存性を優先するからどうしても味は落ちるっていうか、牛肉ならやっぱりステーキとか、そっちの方が美味しいから……期待通りに美味しくできるかは分からないよ?」


 テチさんがそんなにも食べてみたいのなら、多少の手間はなんでもないと思って俺がそう言うと……テチさんは物凄く生気に満ちた表情で、輝く瞳で俺のことをじっと見つめてくる。


「ありがとう、実椋。愛しているぞ!」


 そうしてテチさんはそんなことを言ってきて……初めての愛の言葉がビーフジャーキー食べたさかぁと、そんなことを思った俺は……それもまぁテチさんらしさかと苦笑するのだった。

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