第59話 とりあえずの一段落


 レイさんに獣人……というか、門のこちら側の結婚感の話をされて、なるほどと頷き、そういうものなのだなと理解を示して……覚悟も決めたものの、それはそれとして言っておかなければならないだろう、大事なことを言葉にする。


「分かりました。

 そういうことなら結婚式に関してはなるべく急ぎたいとは思うのですが……うちの両親とか親戚とか、最低限連絡しておかなければならない人達もいますし、実際に来てくれるかどうかは分かりませんが、招待をしなければならない人達もいますし……いくらか時間を頂ければと思います。

 こちらの流儀だからと強行してしまうと、今後テチさんとこちらの両親の関係がぎくしゃくしかねませんので」


 俺のその言葉にお義父さんとお義母さん、レイさんとテチさんは俺がそうしたように頷いてくれて、理解を示してくれて……結婚式の日程に関しては『追々、なるべく急ぎで』ということでとりあえずの決着をした。


 両親が挨拶に来て、その時に今日耳にした話を伝えて、式を急ぐとの旨を伝えて……両親が再度こちらに来られるタイミング、来月か再来月か……まぁ遅くとも夏までのことになるだろう。


 それともう一つ結婚に際して決めておかなければならないことがあり……、


「それともう一つ、籍に関してなんですが……どうしますか?

 私が婿入りするのか、テチさんがお嫁に来てくださるのか」


 と、俺がそう言葉にすると、テチさん達はなんとも言えない表情をする。


 その表情はなんと返したら良いものか戸惑っているといった、そんな様子で……目線で語り合い、無言での会話が数秒行われてから、テチさんが代表する形で言葉を返してくる。


「……どちらでも良いんじゃないか?

 戸籍はもちろんこちらにもあるし、名字という制度も一応あるにはあるんだが……こちらではそれ程こだわりがないからな。

 性とは家族と分かればそれで良し、みたいな……そんなものなんだ。

 夫婦でも別姓だったり親子でも別姓だったり、役所に申請したら好きな名字を名乗れたりもするからなぁ。

 ……一応私達の栗柄という名字は昔からのものらしいが……兄さんもいるし、私は本当にどちらでも良いと思っているな。

 森谷とかてちでも、栗柄とかてちでも大した差はないだろう」


「な、なるほど……。

 こちらではそこまでこだわりがないんだねぇ。

 なら……そうだな、森谷性を残した方が両親も納得しやすいかもしれないな。

 栗柄実椋というのも……うん、悪くないんだろうけど、少し言いにくいし」


 と、テチさんの言葉に俺がそう返すと……テチさん一家は、本当にどうでも良いのだろう、適当な態度で頷いてきて……結婚がスムーズに進むのならばとそれで良いかと、そんな態度を示してくる。


 ひとまずこれで最低限話し合うべきことは終わったというか、結婚式の話が前に進んだことになって、これからのこともまだあやふやな部分はあるが形になりつつあり……急な話だけに疑う気持ちもあったのだろう、テチさんの結婚話がしっかり形になってきてよかったと、そんな言葉と安堵のため息があちらから漏れ始める。


 人間と獣人の結婚どうこうよりも『テチさんの結婚』という方がご両親には大事というか、重要な案件だったようで、肩の荷が降りたとかそんな言葉まで漏れ聞こえてくる。


 なんか……なんだろう。

 俺からするとテチさんは美人に思えるし、芯もしっかりしているし、家のことも一緒になってやってくれるし、凄く良い縁だと思っているのだけど……なんか、こう、向こうのご両親は、まるでテチさんが結婚に向いていないというか、良い縁に恵まれることが無いというか、これからも無さそうだったというか……。


 ……なんだかそんな風に考えてしまっているようだ。


 もしかしたら獣人特有の価値観か何かで、引っかかるものがあるのかもしれないが……流石にこの場でそのことについて突っ込むのは、テチさんに失礼かもしれないし止めとこう。

 

 どこかのタイミングで二人きりになることがあったら、うん、そういう価値観について知っておくことも大事なことだろうし、聞いておくとしよう。


 と、そんな事を考えていると、静かに俺達の会話の様子を見守っていたコン君が、話が一段落して緩んだ空気を感じ取ってか声を上げてくる。


「クリカラミクラも結構良いと思うけどなー!

 なんか、必殺技みたいで!」


「うん、必殺技としては良いのかもしれないけど、今回は名前のことだから勘弁してくれないかな。

 栗柄の性が嫌な訳じゃないけども、必殺技みたいな姓名は色々と大変そうだしさ」


 そう俺が返すと、コン君のお父さんはなんとも申し訳なさそうな顔をしてくるが、テチさん一家的には面白かったようで、賑やかな笑い声が上がる。


 笑い声があがって、雑談が増えてきて……重要な話はここまでだという空気が出来上がり、俺は台所へと向かって、全員分のお茶を淹れ直そうと準備を始める。


 色々と話したし、喉も乾いたし、淹れたての熱いお茶を出すには良い頃合いだろう。

 しゃれた茶菓子はないけども、煎餅とかおかきはあったなと棚を探っていると……テチさんがやってきて、無言で手伝い始めてくれる。


 ならばとお菓子のことはテチさんに任せて、俺はお茶の方に専念して、湯を沸かしてから、居間に向かい、湯呑みを回収して新しい湯呑みを用意して……ついでにスペアリブの骨やお皿も片付ける。


 量が多かったからかお湯が沸くまでに時間がかかりそうで……ならばとさっと洗い物も済ませて、その間にテチさんは皆にお菓子を出してくれて……コン君の嬉しそうな声が居間から響いてくる。


 思えばコン君とお父さんは結婚には全く無関係だったのにも関わらず、話に巻き込んでしまっている。


 これは後でお詫びをする必要があるかなと、そんなことを考えながらコンロの前に立っていると……テチさんが戻ってくるなり俺の横顔を覗き込んできて、そうしてから声をかけてくる。


「気にする必要はない、こっちではどんな話をする時も大体こんなもんだからな。

 離婚話をそこらの食堂でするようなのもいれば、契約などの金の話を道端でする者もいる。

 ……テレビドラマとかを見る限り、門の向こうはそうでもないようだが、こちらでは大体いつでもこんな感じなんだ。

 特にコン達は同族だからな、同族なら家族じゃなくても親戚みたいなもので……これだけ仲が良ければ家族として暮らしても全く問題無い程だ。

 実椋が意見を聞かなかったからコンの父親は何も言わなかったが、なにか質問をしたり意見を聞いたりしていたら、私の両親であるかのように話に参加したことだろうな」


 俺の考えを読んだらしいテチさんのその言葉に俺が驚いていると、テチさんは更に言葉を続けてくる。


「実椋はこちらのことを知らないかもしれないが、私はそちらのことをテレビなどで知っているからな、話の流れから考えれば大体は予想がつくさ。

 ま、今後も良い関係をってことで、何かを贈ること自体は反対しないがな、そう気に病む必要は無いということだ」


 その言葉に俺は力強く頷いて……そうしてから満面の笑みを浮かべてテチさんに「ありがとう」と、心からのお礼を言うのだった。

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