第58話 婚約したなら次は……
俺が吹き出してしまったのをきっかけに、居間は一気に賑やかになって、テチさんの家族とコン君の家族、そして俺での歓談が始まった。
話題は主に自宅待機のことで……どんな日々だったかを皆で笑い合いながら穏やかに語り合う。
そうして大体どんなことがあったかを語り終えると、レイさんが
「ほとんど食ってばっかじゃねぇかよ、お前ら」
なんてことを言ってくれて、皆が一斉に声を上げて笑うことになり、ひとしきりに笑って息を整えて、なんとも言えない間があいた所でお義父さん、栗柄ひかがちさんがこちらに視線を向けてきて、ゆっくりと口を開く。
「ところで実椋君、結婚式はいつなんだい?」
その言葉に一瞬凍りついた俺は、営業スマイルを浮かべようとして……やめて、出来るだけ自然な表情をしようと努めながら言葉を返す。
「えー……正直なところ、まだ時期までは考えていません。
婚約はした訳ですし、いずれはと思っているのですが……まずはここでの生活に慣れることと、ここでの仕事でしっかりとこなして、収入を得ることが先かなと考えています。
ですのでその辺りの話は秋になって収穫を終えてからかなと、考えていました」
真剣な表情で嘘は言わず、真っ直ぐにそう答えると……お義父さんもお義母さん、とりらいさんもレイさんも、テチさんまでもがなんとも言えない表情をする。
その表情はなんというか……何かを残念がっているようにも見える。
「そんなに先のことになるのかい?
そちらのご両親も近々ご挨拶に来るとのことだし、てっきりその時に一緒に式もやってしまうものかと思っていたよ」
一家を代表する形でひかがちさんがそんなことを言ってきて……今度は俺がなんとも言えない表情をすることになる。
いくらなんでもそれは早すぎる。
うちの両親が来るのは遅くとも今月中か来月中な訳で、出会って婚約までの時間が驚く程に短かったからって、結婚までそんなに急がなくても良いのではないだろうか?
そうやって急いで結婚してお互いがまだ知らない所でぶつかって離婚、なんてことになったら大事だしなぁ。
それに……、
「急な婚約のことを受け入れてくれた上に、結婚に関しても好意的で前向きで凄くありがたいのですけど、その、現状俺はサラリーマン時代にした貯金を切り崩している生活をしていまして……そんな状態で結納や結婚式をするとなると、金銭的な不安がありまして……」
という問題もある。
サラリーマン時代はそれほど贅沢をしなかったので、一年くらいは食っていけるだけの貯蓄はある。
だけれどもそれはあくまで一人暮らしで、相応に慎ましく生きたなら、の話だ。
贅沢をしすぎたり遊びが過ぎたりすればあっという間に貯金は無くなってしまうことだろう。
ましてや結納、結婚となれば桁違いのお金がかかる訳で……最低でも秋までまって栗を収穫して売って、その収入を見た上で計画を練り、貯金をしていって、その貯金で来年以降に結婚式を……と、考えていたんだけどなぁ。
ここは色々規格外というか、何処の『県』でも『市』でもないので、今年は払う必要があっても来年になれば市民税などを払う必要がなくなる。
職員さんによると獣人さん側の方にも税金を払う必要は無いとかで……日本国民があっちに税金を払っちゃうと色々面倒なことになるので絶対に止めて欲しいと念押しまでされている有様だ。
曾祖父ちゃんもそんな風にいくつかの払うべきお金を払っていなかったそうで……年金や保険料は払う必要はあるけども、それでも来年になればかなりの余裕が出てくれるはずだ。
とまぁ、そんな感じの自分なりに考えて、頭を悩ませて練り上げて、追々テチさんと相談しようと思っていたことを思い出していると……ひかがちさんの次の発言がそれらを粉々に砕いてしまう。
「あー、知ってる知ってる、外では結納とか結婚式とかで凄いお金がかかるんだよねぇ。
うんうん、テレビとかで見たから勿論知っているよ!
……まぁ、うん、こっちではさ、親戚一同集まって皆で料理とか食材を持ち寄ってワイワイとやるだけだからさ、新郎新婦がお金の心配をする必要はないかな。
むしろご祝儀とかで当面の生活費がまかなえちゃうくらいでね、2・3ヶ月くらいは楽が出来るんじゃないかな?
それにあれだ、とかてちが向こうの人達から今回の件の迷惑料ってことで結構なお金を貰っているはずだから……うん、問題は無いだろう。
とかてちもそれなりに貯金しているはずだし……お金の心配をすることは勿論家庭を持つ上で大事なことなんだけども……そこまで深刻に考える必要はないかな」
更にテチさんが続いてくる。
「……なんだ、実椋は金の心配なんかをしていたのか?
そんなもの足りなくなったらその時は二人で内職でもバイトでもしたら良いのだし、なんとでもなるだろう。
あの男と取引をする必要がなくなった今年はこの農園の収入もうんと増えるだろうし、十分な貯金があるというなら何も心配する必要は無いだろうさ。
私の貯金は……まぁ、ここで言うことでもないが、例の金に関してはコンも貰っているものだから言ってしまうが、まぁ、うん……恐らくだが実椋の貯金くらいは貰ったんじゃないかな?」
更に更にコン君とコン君のお父さん。
「え? オレってそんな金持ちなの? ミクラにーちゃんと同じくらいなの??」
「ああ、まぁ、うん、そのくらいだろうな。ただ自由に使わせはしないからな? 多少玩具とかは買っても良いが、後は将来……自分の家や車を買う時になるまで貯めておくように」
それらの言葉を受けて、俺は何も言えなくなり、脱力してしまい……がくりと項垂れ、額をゴツンと目の前のちゃぶ台に打ち付ける。
いや、結構なお金が支払われたとは聞いていたけども、それなりの金額だということは知っていたけども、まさかそんな大金だったとは、俺が養うどころか養われてしまう程だったとは。
そうして俺が脱力したままでいるとレイさんが「ぶっはっは!」と笑ってから声をかけてくる。
「どうせお前のことだ、自分がとかてちを養うとかそんなことを考えてたんだろ?
実椋……その考えは古いぜ? 今や時代は男女平等、お互いに支え合うのが当たり前の時代だ。
……ってか基本的にオレ達はそういう考えなんだよ。
結婚するために金を貯めるんじゃなくて、結婚してから二人で将来のため、これから増える子供の為に金を貯める。
子供も大人も関係なく働くオレ達だからな、男だ女だってことにもあまりこだわらないのさ。
そんなことよりも大事なことは結婚すること、子供を増やすこと。
家族を増やし群れを大きくし、そうやって出来上がった大きな群れでお互いを守り合うこと。
門の外のことを敵だなんて風には思っちゃ無いがそれでも連中は群れの仲間じゃないからな……そういう奴らと渡り合うためにも産めよ増やせよ地に満ちよってな」
そう言ってからレイさんは大きな声を上げて笑い……ひがかちさんが「最後のは良い言葉だなぁ、どこで聞いたんだ?」なんてことを言い、レイさんは「ゲーム」なんてとんでもない言葉を返す。
そんな呑気な会話をして呑気に笑う二人のことを、顔を上げてちらりと見やった俺は……俺もこの人達の家族になるんだから、いつまでも門の外の人間気分でいないで、こちら側の人間なんだと自覚し、覚悟すべきだなと、そんなことを思うのだった。
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