第63話 ジャーキー作り開始


 準備完了となって翌日。


 今日はテチさんの許可を取った上で、ビーフジャーキーを作るために畑には行かずに朝から台所に立っていた。


 あくまで実験というか、挑戦なので美味しく出来る保証は無かったのだが、それでもテチさんは作ってくれるならそれで良いと喜んでくれて、期待もしてくれていて……ならばと気合を入れて、シャツの腕をまくる。


「たっのしみだなー、ビーフジャーキ~~!」


 するとそれを見てか、いつもの椅子にちょこんと座りながらそんな声を上げているコン君。

 どうやらコン君は今日は畑に行かずにジャーキー作りに参加するようで……少しそのことが気になって作業を開始する前に声をかける。


「コン君、畑に行かなくて良いのかい?

 昨日も買い物に付き合ってくれたし、その前は自宅待機だった訳だし……その、色々大丈夫なのかい?」


 コン君なら怠け癖ということもないのだろうけど、それでもどうしても気になってしまっての俺の言葉に、コン君は気にした様子もなく笑顔で言葉を返してくる。


「良いんだ、とーちゃんにも出来るだけ仕事を休むようにって言われてるからな!」


「え? お父さんから? なんだってまたそんなこと?」


「畑の仕事は頑張ったら頑張っただけ、テチねーちゃんがつけた出席簿とかに応じてお金が貰えるぶあいせーなんだ。

 で、オレはあの事件のおかげでたくさん貯金があって、もうそんなに稼ぐ必要がないから、他の人の邪魔しないよーにする必要があるんだって!

 オレが頑張りすぎちゃうと、その分皆が貰えるお金が減っちゃう訳で、そういうのは良くないんだってさー。

 だからオレは、勉強が始まるまでは仕事しなくてもいーんだけどー、かーちゃんは家でゴロゴロするのは駄目だっていうからさ、たまに仕事するようにして、仕事しないときはミクラにーちゃんの手伝いして、料理とかの勉強することにしたんだ!」


 そう言ってコン君はぎゅっと目をつぶり、その笑顔を輝かせる。


 その純真過ぎる笑顔に少しだけめまいを覚えた俺は……「な、なるほど」と返しながらジャーキー作りの準備をしていく。


 まぁ、料理ができれば一人暮らしの際に色々と助かることが多いだろうし、家庭を持ったら持ったで活躍出来るようになるはず。


 俺の料理はなんというか、保存食とかそっち方向に偏り過ぎている部分があるけども、それでも無駄にはならないはずだ。


 実際に包丁を使うところを見たり、煮たり焼いたり揚げたりの作業を見ているだけでも得られるものが色々とあるはずだし……うん、悪いことではないはずだ。


「じゃぁ、ジャーキーの次はそうやって見ているだけじゃなくて、何かコン君にも手伝ってもらえる何かを作るとしようか」


 まな板と包丁をしっかりと洗い、熱湯でもって消毒しながら俺がそう言うと、コン君はいつもの笑顔のまま、尻尾をぶんぶんと激しく……ちぎれてしまいそうな程に激しく振り回す。


 リスでも犬みたいになるんだなぁと、そんなことを考えながら準備を終えた俺は……冷蔵庫で寝かせていた、牛モモブロック肉を取り出し、まな板の上にドカンと置く。


「ジャーキー用の肉は乾燥しやすいように薄く切るのが基本で、もし肉が柔らかかったりして切りにくい場合は、肉を冷凍しちゃうのも手だね。

 冷凍して、半解凍にして硬さが残っている間に薄切りにしちゃう。

 まぁ、冷凍すると味が落ちるからってその手法を嫌う人も居るんだけど……個人的にはジャーキーにしちゃうとそこら辺の味の差は分からなくなると思っている派だから、やりやすい方法が一番だと思っているかな」


「へー、なるほどなー……。

 あれ!? にーちゃん、今日の包丁はなんか変な模様なんだな?」


 俺の説明に対し、コン君がそう返してきて……俺はいつもとは違う、ずっしりと重みのある包丁をくいと持ち上げて見やすくしてあげる。


「うん、ちょっとお高めのダマスカス牛刀ってやつだね。

 ウネウネとした独特の模様が特徴で……正直ダマスカスがどんなものなのか、この模様が何なのか、よく分かってないんだけど、とにかく切れ味が良いからって愛用しているんだ。

 特にお高いお肉を切る時はこれを使うようにしているね……出来るだけ綺麗に切ってあげたいからね」


 そんなことを言いなが切った後のお肉を置くための大皿を用意して……大きなブロック肉に、そっとその刃を当てて、お肉を出来るだけ薄く、薄くしながらも途中で切れたり崩れたりしないように、丁寧に切っていく。


 一枚、二枚、三枚、四枚。

 うん、切っても切ってもブロック肉が全然小さくならないな。


 これ全部を薄切りにするまで何分くらいかかるんだろうかとか、あんまり時間かかると味が落ちちゃいそうだなとか、そんなことを考えながらも焦らず丁寧にお肉を切っていく。


「このお肉、切ったらどうするんだ? 乾燥っていってたからすぐに干しちゃうのか?」


 するとコン君がそう声をかけてきて……俺は包丁の刃から目を離さないようにしながら言葉を返す。


「ううん、すぐに干したりはしないよ。

 まずは味付けだね、塩コショウとか醤油とか味噌とか、あるいは麺つゆとか。

 そういった味をしっかりつけて、タレ漬け込んだりする形で保存袋にいれて2・3時間寝かすんだ。

 そうやって味が染み込んだら網付きトレーの上に並べて、冷蔵庫に入れて乾燥させる。

 乾燥時間は冷蔵庫の機能とか、冷蔵庫の中が詰まっているかどうかで変わるからなんとも言えないけど、見た目的に明らかに乾燥しているなって状態になるまでしっかりとやる感じだね」


「ふんふん、乾燥したらどうするんだ?」


「燻製するか、オーブンで焼くかして完全に水分を飛ばしたら完成だね。

 で、今日の所はオーブンで焼くつもりだよ。

 燻製は燻製で美味しくなるんだけど……今回はフルーツの香りとかくるみの香りとか、味付けの段階から香りつけをするつもりだから、燻製じゃない方が良いかなって思ってね。

 ハーブくらい香りが強ければ燻製の香りにも負けないんだけど、ほのかな香り付けとかだと燻製の香りに負けちゃって、何にも感じなくなっちゃったりするんだよね」


「なるほどなー!

 そうすると完成は……夕方くらい?」

 

 そう言ってこくりと首を傾げてくるコン君。

 その顔は好奇心半分、早くビーフジャーキーを食べたいという気持ち半分といった感じで……本音のところでは今すぐにでも食べたいという感じだが、俺はそんなコン君に残酷な言葉を返すことになる。


「乾燥するかどうか次第だけど……完成は明日かな。

 味付けがお昼までかかるとして、それから夕方までに乾燥してくれたら良いんだけど……流石に乾燥となるとね、一晩は欲しくなるかな」


 するとコン君は大口を開けて愕然とした表情となる。


 そうしてから椅子から崩れ落ち、頭を抱えてうずくまり……「今日食べたかったのにーーー」と、その状態のまま声を上げる。


 その姿はなんというか、可愛いと言うか可哀想と言うか、複雑な感情を抱かせるもので……それをじぃっと見つめた俺は……「うーん」と声を上げながら悩み「んーーー」と声を上げながら悩み、悩みに悩んで……妥協策を口にする。


「一応、オーブンの熱でさっと乾燥させるって方法もあるから、そっちも試すだけ試してみる?

 ただ全部をそうする訳にはいかないから、ほんの少し、数枚分だけになっちゃうんだけど」


 その言葉を受けてコン君は、顔をバッと上げて、まるで俺のことを命の恩人だとでも言いたげな喜びと希望に満ちた表情で見つめてきて……そうしてから「うん!」と元気な声を返してくるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る