第55話 贈り物


 燻製を存分なまでに楽しんでぐっすりと眠って……翌日、自宅待機解除まで後1日。


 特に病気などになった様子もなく、向こうで行われていた検査にも問題はなく、明日からは自由にして良いとの電話が来て……我が家はいつもよりも賑やかな朝を迎えていた。


 コン君は久しぶりに家に帰れる訳で、家族に会える訳でそわそわとしていて……朝食を終えての、居間での休憩時間にここでの生活が少しだけ名残惜しいのか、嬉しそうな寂しそうな複雑な表情を浮かべている。


 テチさんはこれからも同棲するつもりのようなのだけど、一度は帰らなければいけないし、それよりもご両親への挨拶が先だしで、自宅待機が解除になることよりも、同棲生活が始まることよりも、挨拶の方が気になっているのか、座ってみたり立ってみたりと繰り返しながら、俺の周囲をうろうろとしては、大丈夫か? 問題ないか? 無理しなくても良いんだぞ? なんて言葉をかけてくれる。


 まぁ、うん、今更怖気づくのもなんだか情けないし、同棲に関してももう既にやってしまっているような状態である訳だし……覚悟はとっくに決まっていて、俺はテチさんに「大丈夫だよ」とそう言って笑顔を見せる。


 するとテチさんは、なんとも言えない不安そうな表情を浮かべて……自分の座布団に腰を下ろしてから、首を傾げて言葉を返してくる。


「実椋の笑顔はたまに嘘くさいからなぁ、素直に信じて良いのか微妙なんだよなぁ……。

 無理をする必要はないんだからな? 時期が来るまで待っても良いんだからな?」


 その言葉にがっくりと項垂れた俺は……テチさんには営業スマイルを使わないようにしようと決心しながら、どうにか顔を上げて口を開く。


「ああ、うん、本当に大丈夫だから、心配しないでよ。

 今心配していることがあるとしたら、それは明日テチさんのご両親にどんな手土産を持っていこうかなって、それだけだよ。

 コン君のご両親にもご迷惑をかけたお詫びに何か持っていきたい所だし……うーん、何が良いだろうねぇ」


「ふむ……手土産か。今から注文するというのも手だが、実椋なら何かを作ってしまうのも手なんじゃないか?

 保存食じゃなくても良いから何かこう……喜ばれそうなものを作ってみると良い」


 テチさんがそう言葉を返してきて俺は……どうしたものかなと、頭を悩ませる。

 

 何か……何か今の状況で俺に作れるもので、贈り物になるようなもの。

 ぱっと思いつくのは先日作った甘夏マーマレードで、元々テチさんの家やコン君の家にあげるつもりだったから、その分は確保してあるけども……うぅん、それだけというのも、なぁ。


 そうすると……何が良いだろうか、マーマレードに合う何か?

 パンかクラッカーみたいのを焼くか……それか、マーマレードと言えばなアレを作るか。


 でもあれはなぁ、美味しい料理だけども贈り物としては微妙というかなんというか……今から作るにしても材料がないと話にならないしなぁ。


「……なんだ? 何か思いついたのか? 思いついたのなら言ってみると良い」


「ああ、うん、マーマレードの使いみちの一つに肉料理があるんだよ。

 醤油とか味噌とかを混ぜて肉に塗って焼くとか、何も混ぜないでそのまま塗って焼くとかすると、お肉が柔らかくなって臭みが消えて、驚く程に美味しくなるんだよね。

 骨付き肉とかをマーマーレードスペアリブなんかにすると……うん、これがまた美味しいんだ」


「ほう……そうか、そうなのか……そんな料理があるのか」


 テチさんの質問に俺がそう返すと、テチさんはそんなことを言って……物凄い目で俺のことを見てくる。


 更にコン君までが、


 「ミクラにーちゃんのお肉料理!!」

 

 なんて声を上げてギラつかせた目をこちらに向けてきて……俺は二人の視線に気圧されながら言葉を返す。


「い、いや、うん、二人がそんなに食いついてくれるなら、今日仕込んでおいて、明日の早朝に焼き上げて手土産として両方の家に持っていくけども……まず、お肉がなければどうしようもないんだよ?

 豚肉でもイノシシ肉でも良いんだけど、骨付き肉があればまぁ……うん、悪くないかな」


 そんな俺の言葉を受けて二人はすっくと立ち上がる。

 目をギラつかせて殺気立って……まるで今から肉を一狩り行ってくるぞと言わんばかりのオーラを身にまとってあの棒のある縁側の方へと……。


「い、いやいや、一頭丸々はいらないからね!?

 骨付き肉がテチさんの家族の分と、コン君の家族の分あればそれで良いんだからね!?

 職員さんに買ってきてもらうとか、タケさん達の肉が余っていたらそれを貰うとか……。

 あ、でも、もう一週間近く前のことだからなぁ、新鮮さもそうだけどとっくに食べきってしまっているかも……。

 そうすると今から貰いにいくのは……アレかなぁ、やっぱり買ってきて貰うほうが……」


 そんな二人の背中にそう声をかけるが、聞こえているのかいないのか、二人は縁側の下から棒を取り出し始めてしまう。


 その姿を見て俺にはいくつか選択肢があったというか、出来ることがあった訳だが……その中で俺は最善と思われる選択肢をどうにかこうにか選び取る。


「じ、自宅待機ってこと忘れていませんか!? タケさん達もここまで移動してきていたから門からここまでは移動しても良いんだろうけど、誰かに会う可能性のある場所にはいかないようにね!?

 それと二人だけでイノシシ狩りってのは流石に危ないし、解体も大変だろうからせめてタケさん達と一緒に行ってください!?

 解体も狩りも手伝ってもらって、骨付きバラ肉以外は向こうに譲るとかして、危険なことは無しでお願いします!?」


 すると最初からそのつもりだったのか棒を肩に担ぎながら門の方へと足を進めていたテチさんとコン君は、無言で頷き……そのままざっざと地面を踏みしめながら去っていってしまう。


 そのたくましいんだか、食欲にまみれてしまっているんだか、判断にこまる背中を、そんなことを言いながら見送った俺は……ため息を吐き出しながら、スペアリブの仕込みの手順を改めて頭の中で確認する。


 ……と言ってもスペアリブの作り方はそう難しいものじゃない。

 まず骨付き肉を軽くゆがいたら、フライパンで焼いて、焼き色がついたら水を入れて似て、煮立ったら灰汁を取ってお酒を入れる。


 それから落し蓋をして煮込んで、灰汁と脂をこまめにすくい上げて……マーマレードと醤油か味噌、それと胡椒なんかを入れて、落し蓋をしてしっかり煮る。

 煮込みが終わったら完成と……まぁ、肉料理にしては楽な方で、仕込みをする場合も切り分けたり、熟成させたり、あらかじめマーマレード入り調味液に漬け込んでおいたりする程度のことで良い。


 燻製みたいに何日も漬け込む必要は無いだろうし……うん、本当に材料さえあればお手軽に出来る一品だ。


 果たしてそんなものが贈り物に向いているのかという疑問はあったけども……二人があんな風にやる気になってしまっているのだから、もう手遅れ……ということなのだろう。


 そうして色々なことを諦めてため息を吐き出した俺は……二人が随分と大振りな骨付きバラ肉を持って凱旋するまでの間、無心で家事やらをこなしておくのだった。

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