第54話 二回目の燻製肉


 翌日、自宅待機解除まで後2日。


 そして今日は約束の……熊の獣人さんのタケさん達に燻製肉を用意すると約束した日であり、朝から大量の肉の塩抜きをしたり準備ができ次第次々に燻製したりと、忙しい一日を送ることになった。


 ……肉が一つや二つならば大したことはないのだが、タケさん達の分と俺達の分ととにかく数が多い。


 流し台にいくつもボウルを並べて一気に塩抜きをして、終わり次第に水分を拭き取り、倉庫の冷蔵庫に運んで乾燥させ、乾燥次第に燻製器に突っ込んで燻製開始。


 ダラダラしてやっていると、間に合わなくなってしまう可能性もあったのでテキパキと……燻製だけしていれば良いという話でもないので、家事をしたり適度に休憩したり、食事もしたりしながら作業をこなしていく。


 陶器製の燻製器だと連続で使用していると、割れたりするので適度に休めてやって……そうして日が沈み始めた頃。


 サクラチップの香りが家中にというか、家の外にまで漂う中、ビールケースやら椅子やらを肩に担いだタケさん達がぞろそろと庭にやってきて……サクラチップの香りに鼻を鳴らしながら、燻製を楽しむための場の設営をし始める。


 キャンプ用のテーブルと椅子を並べて、時はビールケースをその代わりにして。


 出来上がったらこちらから門の方へと配達するつもりだったのだが、タケさん達はお構いなしだ。


「子供も居るんで、夜遅くまでの宴会は許可しませんよ?」


 手が空いたタイミングで庭へと顔を出し、そう声をかけるとタケさん達は、シワを寄せての笑顔で「分かってる分かってる」とそう返してくる。


「そもそも肴は燻製だけなんだしな。そこまでの長い飲み会にはなりゃぁしねぇよ。

 栗柄さんとこと縁をつないで本格的にこの森の仲間となった訳だしな、迷惑もかけねぇようにするさ。

 ……んなことよりも、なんだ、随分と良い匂いが漂ってきてるが、どうだ? どんな塩梅なんだ? 燻製は」


「問題無いですよ、新鮮な良い肉を使っただけあって、出来上がりも良い感じですし……前回よりも美味しく出来上がったかもですね。

 あ、その燻製肉なんですけど、どうします? そのまま切って出すってのもありなんですけど、焼いてしまうのも全然ありでして、目玉焼きに一緒に焼いてしまうなんてのもオススメですね。

 醤油や味噌をかけてから焼くとか、塩コショウも中々ですし、オニオンスープにしてしまうって手もありますね。

 後はスライスオニオンを挟んで、ちょいと卵黄に塩気を足して混ぜたタレにつけて食べるとか……スライスオニオンと一緒に食べるならレモンやライムの汁をしぼってかけるのも中々悪くないですよ」


 燻製肉は燻製して終わりでも良いが、更にそこから手を加えても十分に美味しいものだ。

 下味によって何が合うかは変わるけども、こってりバーベキューソースで焼いて野菜たっぷりのバーガーにしてしまうというのも中々悪くなかったりする。


 そんな俺の提案に対しタケさん達は……目をくわりとひん剥いて、ぽかんと口を開けて……そこからよだれをたらしてしまいながら沈黙……というか絶句する。


 そうしてしばらくの間、呆けていたかと思ったら再起動して……手に持っていたコップの中のビールをごくりと飲み、一同の顔を突き合わせてあれこれと言葉を交わし始める。


 どれが良い、どうしたら良い、ビールに合うのは一体どれなんだ。


 そんなことをしばらくの間話し合って……そうしてからタケさんは、物凄い今までに見たことのないような真剣な表情をこちらに向けてくる。


「……全部ってのは、駄目か」


「駄目とまでは言いませんけど、どう考えても燻製肉が足りませんよ。

 中途半端に少しずつなんてのは逆に嫌でしょう?」


「ぐ……ぬううう。

 なら仕方ねぇ、仕方ねぇから焼いてくれ……目玉焼きと一緒にな。

 味付けは……醤油と塩コショウの二種類。

 それとオニオンスライスのやつもくれ、他にも野菜があったらそれ適当につけてくれるとありがてぇな。

 その後で金は払う、倍にして払うから、なんか良い感じに揃えてくれ」


 その言葉に俺はこくりと頷いて……早速、注文の品を用意するための作業を始める。

 野菜に関してはスライスオニオンと、それとレタスとわさび菜にしてみるか。


 わさび菜は燻製や肉に凄く合うので、しっかりと注文してあったのだ。

 

 それらを綺麗に洗ってサラダのようにして盛り付けて……薄めに切った燻製肉を盛り付ける。

 

 焼く方は特に言うこともないくらいにただ味付けて焼くだけというシンプルな作業で……燻製の良い香りが焼くことにより更に強くなり、しっかりと肉に定着してくれるのでシンプルながらぐんと美味しくなってくれる。


 それらをタケさん達の分と、しっかりと俺達の分も用意して、庭や居間のちゃぶ台に配膳し……そうして夕食の準備が整う。


 するとコン君がちゃぶ台につくなり、


「今日はにぎやかで良い感じだなーー!

 おっちゃん達も居て、庭が明るくて、なんだか楽しいぜ―!」


 なんて声を上げる。

 

 庭の方ではタケさん達が、何処から持ってきたのかドラム缶に木材を適当に突っ込んで火を点けての灯りにしていて……普段は無いその灯りが居間まで明るくしてくれている。


 そうして準備が整い、洗濯物を畳んでいたテチさんが居間に来てくれたなら、皆で手を合わせて『いただきます』との声を上げる。


 俺達は夕食で、タケさん達は飲み会で。俺達の前にはご飯と味噌汁があり、タケさん達の前には大量のビールがある。


 そんな奇妙な状態の中、皆が箸を動かし始め……そうしてまずはコン君とテチさんが声を上げてくる。


「やっぱ燻製肉って美味しいなーー!

 この変なからい草はちょっとアレだけど……うん、お肉は美味しい!」


 どうやらコン君にわさび菜は少し早かったようだ。

 サラダじゃなくて何か味をつけての炒めもののほうが良かったかな?


「ん、玉ねぎもわさび菜も中々合うじゃないか。

 私は嫌いじゃないぞ……まぁ、外連中のためにビールに合うようにしたのだろうから、仕方ないか」


 テチさんの口には合ったようで、そう言ってくれて……そうしてからテチさんは、庭の方へと視線をやる。


 視線の先ではタケさん達が無言で……無言ながらに笑顔でも食って飲んでを繰り返していて……しばらくそうしていたかと思ったら、何の拍子でそうなったのか、いきなり堰を切ったかのように次々に声を上げ始める。


「っはーー、やっぱうめぇなぁ!

 この香りがたまんねぇったら!」


「サクラって、あの桜だよな! 桜の木がこんなにも美味い肉を作ってくれるなんてなぁ」


「花見の季節にこれがありゃぁもっと楽しめたのかもなぁ、ここらじゃもう桜は散っちまったからなぁ」


「俺達は鼻が良いから特に香りがいいのはキクよなぁ……あーうめぇ」


「……野菜が多いのが俺はちょっとな、肉は肉だけで良いもんだ。

 今度イノシシとったら丸ごと燻製にしようぜ、丸ごと」


 そんなことを言いながらタケさん達はビールを物凄い勢いで飲んでいって……そうして先程の言葉の通り、長い飲み会にはならずに、あっという間に食べ尽くし飲み尽くし……ご機嫌になりながらビールケースなどを担いで、門の方へと帰っていくのだった。

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