第53話 母親


 それから俺と母親との通話は……母親のペースで進むことになった。


 何がどうしてそうなった詳しく経緯を話せと始まり、相手のお嬢さんはどんな方なんだと言い出し、しまいには写真を送れとか自分にも話をさせろとまで言い出し……そうして俺は渋々、仕方なく、ため息を吐き出しながらテチさんにスマホを手渡した。


 するとテチさんは緊張した面持ちでスマホを顔の横の方の耳に当てて……神妙というかなんというか、いつもとは違う調子の高く整えた声での会話をし始める。


 そうして始まったテチさんと母親の会話は……思っていた以上に悪くない感じで進んでいるようだ。


 緊張していたテチさんの表情はすぐに柔らかくなり、漏れ聞こえてくる母親の声も弾んでいるようで……俺がソワソワとしながら、コン君がワクワクとしながら見守る中、テチさん達の会話は途切れることなく、いつまでも続く。


 長電話というかなんというか……婚約という重要な話題だけに仕方ないのだろうが、それはかなりの長時間となって……そうして10分か20分か、そのくらいの時間が過ぎた頃、ようやくテチさんがスマホをこちらへと戻してくれる。


 その顔は重荷から開放されたというか、何か試練を乗り越えたというような爽やかな笑顔となっており……一体どんな会話をしたのやらと首を傾げながらスマホを耳に当てる。


『まー、良い子そうで良かったわよ、とりあえず安心は出来たから。

 でもアレよ、獣人との結婚ってことで色々面倒もあるんでしょうから、それを忘れちゃ駄目よ。

 いざなんかあったらアンタが前に立ってとかてちさんを守らなきゃいけないんだから、今からもうそのつもりでいなさいよ。

 とりあえず近い内に、お父さんに申請出してもらってそっち行くから、それまでちゃんと、しっかりと、もう良い年の大人なんだから大人らしくしてなさいよ、分かった?』


「ああ、うん……はい……はい、分かりました。

 がんばります、はい……はい……」


 いつもの調子というかなんというか、曾祖父ちゃんの件の後ろめたさはもう何処かへと消えてしまったらしい母親がそんな調子で言葉を続けてくる。


 俺はそれに逆らわず、ただ相槌を打ち、頷き……抵抗は無駄だ、ここは静かに聞き流そうと、己の心と感情を殺す。


『ちょっとアンタ、適当に相槌打っておけば良いとか思ってるんじゃないでしょうね? 

 アンタがそんな調子で困るのはとかてちさんなんだからね! しっかり出来ないなら結婚なんて許さないからね!!

 本当にそっちに行くまでにしっかりと覚悟を決めて、その態度改めておきなさいよ!!』


 すると母親は俺の考えを読んだのか、そんな事を言ってきて……俺は「すいません、がんばります、覚悟決めます」と完全降伏の構えを取る。


 そうしたのが良かったのか、それから数分後どうにかこうにか母親との電話が終了となり……俺はため息を吐き出しながら通話を切り……すっかりと充電が減ってしまったスマホを、居間の隅に置いてある充電器に接続する。


 そうして大きなため息を一つ吐き出し……畳に手を付き膝を付きがっくりと項垂れていると、スマホがメールの着信を知らせるメロディをかなでる。


 一体何事だと充電中のスマホを手に取ると、メールの送り主は母親で……どうやら父さんから先程のメールを送って貰ったらしく、テチさんとコン君の姿を見て、あまりに違うその姿に驚き混乱し、慌ててメールを寄越してきたようだ。


 俺はそのメールを確認したなら、もう一度の大きなため息を吐き出し……詳しいことは父さんが知っているから父さんに聞いてくれと、そんな内容の返信をする。


 もうそろそろ夕飯の準備をしなければならないし、いつまでも母親に付き合ってはいられない。

 俺はこれで最後だとまたもため息を吐き出して……ゆっくりと立ち上がる。


「……今日の夕飯は何にしようか」


 疲れ混じりの俺のそんな声に、テチさんは「任せる」と返してきて、コン君はまだワクワクが収まらないのか、その目をキラキラとさせながら「なんでもいいよ!」と返してくる。


 疲れた今の状態では簡単な料理しか出来そうにないが、かといってしっかりしますと母親に宣言した日の夕食がインスタントというのも問題だろう。


 材料は今日届いたものがあるから、大体のメニューは作れはするが……と、冷蔵庫の中を覗いた俺は、なんとなく母親の顔を思い出し、母親がよく作ってくれていた料理のことを思い出し、その材料を冷蔵庫の中から引っ張り出す。


 材料は玉ねぎ、人参、ピーマン、鶏もも肉。

 玉ねぎと人参とピーマンは、カップ型のスライサー……蓋の上にある取っ手を引っ張り、取っ手に繋がった紐が引っ張られることで、中の野菜をみじん切りにしてくれるというものを使って、お手軽なみじん切りにする。


 鶏肉は食べごたえがあるように少し大きめに切って、塩コショウをまぶしたら、器に入れた料理酒の中に漬け込んでおく。


 そうしたなら大きめのフライパンで玉ねぎ、人参、ピーマンのみじん切りを炒めて、十分に火が通ったら鶏もも肉を入れて炒めて……そして大量の白米をどんと投下する。

 

 それからは炒めるというか馴染ませる形でお米を潰さないように木べらでゆっくりとかき混ぜる。


 十分に馴染んだら、白米をドーナツ状にするというか、フライパンの中央に何もない状態を作り出し、そこにケチャップを適量投入。


 その状態で少しだけ火を強め、ケチャップがふつふつと煮立ってきたならさっと全体を混ぜ合わせて、味見をしながら塩コショウで最終的な味を整える。


 後は丁度良い大きさのボウルを使って、お皿に上手い具合に……綺麗な半球状に盛り付ければチキンライスの完成だ。


「旗は!? 旗はないの!?」


 いつもの椅子で料理の様子を見守っていたコン君が、その耳を鋭く立てて尻尾をぶんぶんと振り回しながらそんなことを言ってきて……俺はまさか旗を希望されるとはと、驚きながら……無いとは言えず、爪楊枝とメモ用紙の切れ端でもって日の丸旗を作り出し、それをチキンライスの上にぷすりと立ててあげる。


 するとコン君は今までに見たことのないレベルの満面の笑みを浮かべて……小さな手で懸命に台拭きを洗い、絞り、居間へと駆けていって、早くあのチキンライスを食べたいからと必死な様子でちゃぶ台を拭き始める。


 コン君の身体だと中々上手くちゃぶ台全体を拭くことは出来ないのだけど、そこはテチさんが手伝ってくれて、そうしてちゃぶ台が綺麗になったなら……俺は盛り付けを終えたチキンライスを配膳していく。


 お皿にはスプーンを置いて、飲み物は……ジュースとかは無いから牛乳で。


 サラダはまぁ無いけれど、それはまた明日の朝ということで勘弁してもらおう。


『いただきます』


 配膳が終わったなら三人でそう言って……出来たてのチキンライスを口の中に送り込んでいく。


 薄焼き卵で包んでもいないし、ご飯は少しべちゃっとしているし、完全な手抜きチキンライスとなった訳だけど、それでもコン君は美味しい美味しいとそう言ってくれて、ほっぺたを膨らませての笑顔になってくれて……そうして俺達は、色々あった一日を楽しく美味しい夕食で締めくくるのだった。

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