第52話 実椋の両親
俺の実家。
俺の両親。
父親が曾祖父ちゃんの孫で……当然父親もこの家に来たことがあるはずだ。
母親は……どうだろう、曾祖父ちゃんと会ったことは当然あるだろうけども、それは門の外での話のはずだ。
そんな両親と俺との仲は……元々は良かったのだが今はなんとも言えない状況にある。
両親が曾祖父ちゃんの病室でこの家を誰が継ぐかで親戚と揉めていたこともそうだし、俺が安定したそれなりに良い職場をあっさりやめてしまったこともそうだし……いつ喧嘩になってもおかしくない材料が、俺と両親の間には積み上がってしまっている。
それでも今まで喧嘩にならなかったのは、両親が意識のある曾祖父ちゃんの前で揉めてしまったのを後ろめたく思っているからだろう。
田舎の特殊な事情の家と畑を継ぐことも、安定した仕事を辞めてしまうことも、両親としては止めたかっただろうし、言いたいことはあったのだろうけども……最期の時を迎えつつある曾祖父ちゃんを安心させ笑顔にし、最後の言葉を受け取った俺に何かを言ってしまうのは、曾祖父ちゃんへの不義理に思えて、最期の最期に嫌な話を聞かせてしまった曾祖父ちゃんに申し訳なくて、出来ないのだろう。
そんな状態の中で、果たして獣人のテチさんと婚約したなんて言ってしまったらどうなってしまうのか?
不安に思う気持ちもあったし、喧嘩になるのは嫌だなという気持ちもあったのだが……それでも俺は……、
「あ、父さん? 俺、曾祖父ちゃんの畑で働いていた人と婚約したから。
……うん、そう、獣人の、シマリスの。
栗柄とかてちさんっていう人で……うん、母さんにも伝えておいてよ」
と、そんな風にあっさりと、スマホを手に取り電話で婚約のことを報告したのだった。
……まぁ、うん、婚約となったら報告しない訳にもいかないし、後々になってなんで黙っていたなんて話になっても面倒だし、そもそも今ならまだ両親の心の中に後ろめたさが残ってくれているだろうし……思い立ったが吉日、さっさと報告してしまったほうが良い結果になるに違いないと思ったからだ。
そんな俺の報告を受けて父さんは、しばらく沈黙した後……、
『相手はいくつの人なんだ?』
と、そう返してくる。
「え……あれ、いくつだったっけか。
テチさん、年齢って聞いたことあったっけ?」
そんな声を上げるとテチさんが、右手の指を2本立てて、左手の指を4本立ててくる。
普通に喋ってくれても良いのに、電話中だからと気遣ってそうしてくれたテチさんに向かって頷いて感謝を示して、そうしてスマホの向こうの父親との会話を再開させる。
「24歳だって。
うん……いや、式の予定とかはまだ決めてないよ、あちらのご両親への挨拶もまだだし。
え? 父さん達との挨拶? いや、テチさんがそっちに行くのは無理だと思うけど……。
父さん達がこっちに来るにしても、検査や何やらで時間がかかるだろうから、すぐには無理だと思うよ。
……ほら、近所で最近、そっち側の変質者が門を乗り越えてきたって騒動があって、今朝の新聞に載っていたでしょ?
うん、それそれ。で、その事件でやれ検疫だ、隔離だって大騒ぎになったくらいで……うん、そう簡単な話じゃないだろうし……え? 父さんは予防接種とか終わっているからすぐに来られる?
いや、母さんはどうするのさ……は? 久しぶりに獣人さんと会いたい? すぐにでもテチさんに会いたい?
……後で写真送るから、そっちで勘弁してよ」
そんなことを言いながら父親との会話を続けて……父親のあまりのテンションの高さに頭痛がしてきた俺は、自分のこめかみを指でぐりぐりと押す。
父さんもまた子供の頃、ここでの日々を過ごしていて……そして俺と違ってどうやらはっきりとその時のことを……獣人の子供達と楽しく遊んだ日々のことを覚えているようで。
懐かしい子供の頃の記憶というか、忘れがたい夏休みの記憶が蘇ってしまって……そうしてあの人は、この時間なら仕事場に居るのだろうに、大きな声を弾ませる程にテンションを上げてしまったらしい。
『いやー、獣人さんと結婚かー。
そうかー、結婚とはなー、その手があったかー。
……本屋とかで獣人さん関連の書籍なんかを見かける度に、懐かしいあの頃の思い出が蘇って、鼻の奥が甘酸っぱくなるような思いをしたもんだが……そうだよな、結婚しちゃえば一緒に居られるんだもんなぁ。
しかもシマリス獣人さんのお嫁さんってことはあれだろ、孫は可愛いシマリス獣人の子になるんだろ?
……父さんな、今ほどお前が男で良かったと思ったことはないぞ』
爆弾発言どころではない、とんでもないことを言い出した父親に、なんと言葉を返したものかと悩んだ俺は……言葉が見つからずに絶句する。
母さんには聞かせられないというか、聞かれてしまったら最後、両親の夫婦関係が終わってしまうというか……。
母さんへの報告は父さんに任せようかと思っていたが……こんなテンションの父さんに任せてしまったら予想外の事故が起きてしまうかもしれないな……。
「あー……父さん。
とりあえず今日は報告だけだから……うん。
通話終わったら写真送るから……それと母さんへの連絡はこっちでやっておくよ。
父さんは昔の思い出にでも浸っていてよ……うん、背景は曾祖父ちゃんの家が写るようにしておくからさ……」
どうにか言葉を見つけて、どうにか口から吐き出して……そうして半ば無理矢理に会話を打ち切った俺は、緊張した面持ちのテチさんと、何が面白いのかワクワクとしているコン君に向かって頷いて……、
「写真、お願い出来るかな?」
と、そんな一言を口にする。
そうして縁側から庭にでて、適当なダンボールを台にしてスマホを置いて……タイマーをセットして、テチさんとコン君との三人並んでの写真を撮る。
コン君が写ってしまっているのはどうかなとは思ったけども、仲間はずれにするのも可哀想だし、近所の子供だよと説明したらそれで良いだろうと思っての三人だ。
俺はいつもどおりの表情で、テチさんは緊張したままで、コン君は満面の笑みで。
そんな写真を何枚か撮って……一番良い出来のを父さんにメールで送ったなら……居間に戻りながら電話帳から『母』との項目を探し出し、通話マークを押す。
今の時間ならゆったりとリビングでテレビを見ている頃だろうかと、そんなことを考えているとすぐに通話が繋がり『……どうしたの?』との母の声が聞こえてくる。
「あ、母さん、婚約したから、近所の人と。
どんな人かは父さんに写真送ったからそっちから見せてもらって」
素早く淀みなく、頭の中で組み立てておいた言葉をそのまま口にすると、スマホの向こうの母は、
『はぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!?』
と、思わすスマホを遠ざけたくなるような、物凄い声を上げてくるのだった。
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