第47話 屋根裏の


「え、何、急に天井を見て? 天井に何かあるの?」


 突然天井を見上げたテチさんとコン君にそう声をかけると、二人はなんとも言えない表情を向けてくる。


 そうして少しの間があってから……テチさんがゆっくりと口を開く。


「あー……その、なんだ。

 倉庫には富保が大事にしていた古い梅干しがあってな……で、それだけはどうにも手放したくなかったとかで、富保がこの家を離れる際に倉庫から移動させておいてくれと、そんなことを頼まれてな。

 かなり前にコン達と一緒に屋根裏に移動させておいたんだよ」


「屋根裏? へー、この家って屋根裏があるんだ?」


 テチさんの言葉にそう返してから俺も視線を上へとやると、しっかりとした作りの板張りの天井が視界に入る。


 様々な模様がうねる何枚かの板を隙間なく並べてしっかりと電灯も配置して。


 天井裏がむき出しの状態になっている古民家の光景を思い浮かべてみると、その板の上側……板と天井の間に、似たような空間があるはずで……どうやらそこが屋根裏収納となっているようだ。


「なら、早速その梅干しを確認してみようか」


 天井を見上げながら俺がそう言うと……テチさんとコン君はなんとも言えない顔をしながらも、立ち上がって移動を初めて……何処かの収納のしまっていたらしい、立て掛け式の階段とフック付きの長い棒を持ってきてくれる。

 

 天井をよく見てみれば四角く切り取られたような跡のある部分があり、そこには何かを引っ掛けるような丸穴金具がついていて……そこにフックを引っ掛けて金具をひねると、カチャリと何かが外れたような音がして、同時に板がぷらんと下に垂れ下がる形で開いて……テチさんはそこに立て掛け式の階段をしっかりと設置する。


 どうやら階段上部についている金具を、しっかりと受け止める作りの金具が屋根裏に付けられているようで……そこに金具を引っ掛けた上で設置したなら、階段は揺れることなくズレることなく、しっかりと固定することが出来るようだ。


 そうしたなら階段を登っていって……俺が階段を登る間、テチさんは居間の壁に設置された電灯のスイッチをカチカチといじって、屋根裏にあるらしい照明を点けてくれる。


 ……そうか、そこにスイッチがあったのか。

 そこまで広くない居間の割に随分とスイッチが多いなと思っていたけど、そうか、そういうことだったのか。


 ……天井にあった金具と言い、気付いても良いもんだろうになぁ俺、鈍感だなぁ俺。


 なんてことを考えながら屋根裏に顔を突っ込むと……明るく広く、想像していたよりも綺麗な空間があって、そこに古臭い壺が一つだけ、ぽんと置かれている。


 黒茶色で油紙の蓋がしてあって、片手でも抱えられる程の大きさで。


 その壺は階段から手を伸ばせば届く距離にあり……手を伸ばして引き寄せ、引き寄せたならしっかりと片手で抱えて……ゆっくりと階段を降りていく。


 そうやって居間に戻ったなら……コン君が用意してくれていた濡れタオルで拭いて埃をふきとって……俺がそうこうするうちに、テチさんが階段を片付けたり、天井を元に戻したりとしてくれる。


 綺麗に埃を拭き取ったなら……油紙を抑え込んでいる麻ひもを……結構新しいものに思える麻ひも解いてゆっくりと油紙を外す。


 どのくらいの年月が経った梅干しなのかは分からないが……曾祖父ちゃんが大切にしていたってことは、それなりのものであるはずだと、ワクワクしながらその中を覗き込むと……予想外の光景が視界に飛び込んでくる。


「えーと、これは……本当に梅干し? なのかな?」


 壺の中の光景を見た俺が……テチさん達の方へと向き直りながらそう言うと、テチさんはこくりと頷いて言葉を返してくる。


「実はな、その壺を天井にしまう時、うっかりと蓋を外してしまってな……その時に私やコンはその中身を見ることになったのだが……その時にはすでに、それはそんな有様だったよ。

 とてもじゃないがそれは梅干しとは言えない代物だな」


 ああ、なるほど。

 それで麻ひもが新しかったのかと、そんなことを思いながら俺はもう一度壺の中を覗き込む。


 そこにあったのは塩だった。

 一面の塩、水分が消し飛んで乾燥しきって、塩分だけが残されたという感じの塩。

 少しだけ色がついているのは、梅干しの色……というかしその色だろうか。


 結構な量の塩が壺の中にあり、壺を揺らしてみるとその塩の中に黒いというか茶色というか、独特の色をした小さな何かがあり……どうやらそれは乾燥しきってカラカラとなった元梅干しであるらしい。


「……これは、どうしたものかなぁ。

 見た感じはただの塩なんだけど……一応カビてはいないのか。

 まぁ、乾燥しきった塩がカビるわけもないか。

 長年保存して、その過程で水分が蒸発しきって、その末路という訳かぁ」


 そんなことを言いながら俺は壺の中に手を突っ込み、その塩をちょいと摘んで取り出す。


 壺から出して手の平に置いてみても、それはただの塩で……匂いは、うん、梅干しというか、なんかこう、濃い麦茶というか、コーヒーのような匂いがするなぁ。


 まぁでもカビてはいないようだし、物は試しと舐めてみると……それは梅干しの塩というかなんというか、漢方か何かのような独特の風味のある代物と化していた。


「んん……なんだろう、この、この独特の風味。

 なんか健康に良い気がするようなしないような……少なくとも美味しくはないなぁ。

 梅干しはもともと縁起物だから、なんか健康に良さそうだからとか、そういう理由で高値になっているのかな?

 カラカラの梅干しの方もこれと似た味がするのかな……?」


 と、俺がそんな感想を述べると、興味を持ったのか、テチさんが壺の中に手を伸ばし、塩をひとつまみしてから、舐める。


 それからオレも! オレも! と騒いでいるコン君にも舐めさせてあげて……そうして三人で微妙な顔をする。


 不味い訳じゃぁないんだけど、美味い訳でもない。

 これを売ろうとしても、まぁ売れないだろうなぁというそんな感じがして……なんだかとっても残念な気分になる。


 曾祖父ちゃんが大切にしていたものだから、元々売るつもりはないし、捨てもしないのだけど、これはこのまま天井に封印だなと、そんなことを思ってしまう。


 そうして小さなため息を吐き出した俺が、なんとなしに壺に手を突っ込んで塩をちょいちょいと指で弾いていると……塩の塊のようになっていたものがガサリと崩れて、その途端強烈な梅干しの匂いが壺の中から漂ってくる。


「え?」


 思わず声を上げてしまう程の鮮烈な匂いで、今まで壺から漂ってきた匂いとは全くの別物で、慌てて壺の中を覗き込むと……塩の塊と言うか、塩の壁の奥に隠れていた、まだそこまで乾燥しきっていない梅干し達がその姿を覗かせていた。


 まだ見た目としては梅干しで、少し黒ずんでいて、結構な大きさの塩の結晶が……先程まで俺達が見ていた粉状の塩とはまた違う、透明感のある結晶が張り付いている。


 もしかしてこれが本命なのか? と、そんなことを思った俺は、一旦台所に向かい、菜箸と小皿をもってきて……菜箸でそっと梅干しを取り出し、一人一つで三人分、三つ梅干しを、三枚の小皿の上に乗せる。


 そうしたなら梅干しに張り付いている塩の結晶を菜箸で軽く叩いて落としてから「いただきます」とそう言ってから指で摘みあげて恐る恐る……ほんの少しだけをかじり取って食べる。


 強烈なしょっぱさとすっぱさと。

 かなりの塩分濃度で作ったらしい、その強烈な味が頭の天辺まで突き抜けて……ハチミツでも入れてあったのか、ほんのりとした甘さがあって。


 それでいてしっかりと梅の味もあって。


 干し柿のような状態になった果肉もまた、独特の旨味があって……物凄いしょっぱいしすっぱいし、思わず渋い顔をしてしまうのだけども、それでもこの言葉が口から漏れる。


「美味い……」


 それはどうやらテチさんもコン君も同意見のようで、こくこくと頷いてくれる。


 美味しくてこれなら高価になるのも納得という味で……ただ一気にガツガツとは食べられないしょっぱさで。

 運動をして汗を思いっきりにかいた後なら丁度良さそうなそのしょっぱさは、おにぎりとか、梅干し煮とか色々な料理に使ってもよさそうだ。


 そうして俺達は……お茶を淹れ直してから、甘いビスケットの後のしょっぱすぎる梅干しをゆっくりと時間をかけて堪能するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る