第48話 梅仕事からのジャム


 曾祖父ちゃんが大切にしていた古い梅干しは、まだまだ結構な数があるようで……俺達はそれをそっと取り出し、保存用のパックの中に詰め直すことにした。


 あのまま壺に淹れたままでは水分が飛んでしまいそうだし、外側にあったカラカラの元梅干しのようにはしたくなかったからだ。


 乾燥しきった塩とカラカラの梅干しはまた別のパックにしまうことにして、梅干しは大事に床下収納で保管することにして……そうして15時を少し過ぎた頃、塩分を取りすぎてしまっているからとのテチさんからの声があって、俺達はまた棒を持っての鍛錬をすることにした。


 夕食までそこまで時間が無いので簡単に、取りすぎてしまった塩分を汗として流す程度に留めて……それが終わったなら夕食の準備をして、皆揃っての夕食だ。


 今日は野菜を適当に切って、残っていたパンチェッタと一緒に煮込んでのポトフとパンというメニューにした。

 味付けはパンチェッタの塩とコンソメ、胡椒だけの簡単なもので、パンもバターを薄く塗って簡単に焼いただけのもの。


 本当はもう少し手の混んだものにしたかったのだけど……どうにも、自分で自由に買い物が出来ないと冷蔵庫在庫が偏るというか、上手くメニューの組み立てが出来なくて……良いメニューが思いつかなくて、こんな感じになってしまった。


 ……まぁ、こういうこともあるとそんな言い訳をしながら出したそれらのメニューは、洋食大好きのコン君には当然のように好評で、野菜の味がしっかり感じられるからと、野菜が大好きらしいテチさんにも好評で……パンチェッタのしっかりとした旨味と甘みと肉の味もあって、中々の成功となってくれた。


 ただ豚肉を入れただけではこうはならなかっただろうし……うぅん、パンチェッタの威力恐るべし。


 また機会を見て作っておこうかな、なんてことを考えながらいつものように食後の時間を過ごし、順番にお風呂に入ったなら就寝と、これまたいつもの流れで一日を終える。


 そうして翌日……自宅待機解除まで後4日。


 いつものようにいつもの朝が始まる。


 それはもうすっかりと当たり前になりつつある三人の朝で、賑やかな朝で……婚約が決まって以来、テチさんの態度が柔らかくなったのもあって、笑顔が絶えない朝となっている。

 

 洗顔とか、朝食の準備とか、朝のテレビをなんとなく見ている時とか。

 そんなどうでも良い、一人なら無言無表情で送る時間に不思議と笑顔が溢れる。


 コン君がちょっと転びそうになったとか、朝食に使おうとした野菜が変な形をしていたとか、テレビの内容がちょっと面白かったとか、一人なら絶対笑わないことでもなんだか笑えてしまう。


 こういう幸せの感じ方もあるんだなぁと、そんなことを感じながら朝食を終えて、身だしなみを整えて……居間に戻ってなんとなしに皆で腰を落ち着けてまったりとした時間を過ごしていると……コン君がずいと身を乗り出しながら声をかけてくる。


「なーなー、ミクラにーちゃん。

 にーちゃんは梅干し作らないのか? じーちゃんのは残り少ししかなかったし……たくさん食べたくなったら足りないだろうし、作った方が良いんじゃないのかー?」


 梅干しを作ってくれと遠回しに……むしろ露骨に言ってくるコン君に対し、俺は笑顔を浮かべながら言葉を返す。


「勿論作るつもりだよ。

 つもりなんだけども……梅の季節はもうちょっと先だからね、旬の梅が市場に出回るまでは何も出来ないかな。

 それと……梅干しは作るとなると夏まで漬け込んで、夏に干して、干したらまた漬け込んでって結構時間がかかるものだから、作るとしてもすぐには食べられないよ?」


 そんな俺の言葉にコン君が大口を開けての……特徴的な前歯を見せての驚いた顔をしてきて、その顔に少し吹き出しそうになりながら俺は更に言葉を続ける。


「梅干しはどうしても時間がかかってすぐには食べられないけども、ジャムとかなら季節になればすぐに食べられるかな。

 梅は梅干しやジャムだけじゃなくて、他にも色々なものに加工する事ができてね、梅仕事なんて言葉があるくらいに、梅の季節はやることがいっぱいで忙しいんだよ。

 シロップに俺は作ったことないけど梅酒に、梅酢に梅醤油に、一年分の量をその時に作るのさ。

 梅はしっかり手順を守ったなら本当に長持ちしてくれるからね……最近はやらない人の方が多いんだろうけど、それでも梅仕事をやっておくと一年の食卓に幅が出てくれるから、頑張る価値はあるね」


 そんな俺の言葉に対しふんふんと相槌を打っていたコン君は、少しだけ考えるような表情をして仕草をして……そうして実際に何かを考えていたのだろう、考えがまとまったと言わんばかりの得意げな顔をしてから声を上げてくる。


「なるほどなー! ジャムなら梅干しや燻製みたいに待たなくてもすぐ食べられるんだー!

 ジャムかー、ジャムかー……あの美味しいジャム、また食べたいなー!」


 一体何を考えていたのか、頭の中でどんな思考をしていたのか、コン君はそう言って、大きな尻尾をゆらゆらと揺らし始める。


 あの美味しいジャムとは苺ジャムのことで、梅とは全く関係の無いもので……何がどうしてそうなったのだろうとも思うが、まぁ子供の思考というのは得てしてそういうものなのかもしれない。


「む、ジャムか。

 あれは酸味も甘みもあって、果肉の食感も楽しめて美味しかったな。

 あれなら私もまた食べてみたいな」


 更にテチさんまでがそう続いてきて……俺は頭を悩ませながら言葉を返す。


「ジャムかー、苺ジャムは……前にも言ったけどもう少し時期を待った方が良いんだよねー。

 露地栽培のが出るまで……それこそ梅の季節まで。

 今の時期ジャムを作るとなると……なんだろ、甘夏、かな?

 甘夏がまだ手に入るなら甘夏ジャム……というかマーマレードを作ってみるのも良いかもしれないな。

 まぁ、マーマレードは甘酸っぱい苺のジャムとはまた違う、甘苦いジャムになるんだけども」


 それでもやっぱりスーパーなどで買うよりも手作りの方が美味しくて。

 甘夏独特の味を存分に楽しむことが出来て。


 苺ジャムとはまた違う楽しみ方が出来るそのジャムの味を思い浮かべていると……コン君とテチさんが、食欲いっぱいの表情を……笑顔のようで笑顔ではない、期待に満ち溢れたキラキラと輝いているんじゃないかって思えるくらいの良い表情をこちらに向けてくる。


 梅仕事の話をしていたはずなんだけども、何故こうなってしまったのか。


 そんなことを思いつつ俺は……明日大量の甘夏を持ってきてもらおうと、門の職員の人へと連絡しておくのだった。

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