第46話 おやつタイム
居間へと移動したならお茶を淹れて……程よく熱が取れた焼き立てビスケットを三人で楽しむ。
まだまだ冷え切ってはおらず、温かさがほんのり残っていて、焼き立て特有の強い香りが残っていて、口の中に放り込むとこれまた焼き立て特有のサクサクホロホロとした食感と、強い甘さがなんともたまらない。
「……美味しい!!」
口の中にビスケットを放り込んでもぐもぐと咀嚼して、ごくりと飲み込んで、ぎゅっと両目をつぶって笑顔になったコン君がそう声を上げる。
食べている時はビスケットに夢中で、食べ終わったら満開の笑顔で……そしてすぐに次のビスケットへと手が伸びて。
プレーンビスケットからドライフルーツビスケット、そして次の栗ビスケットと、コン君の手は止まらず、次々にビスケットがコン君の口の中へと消えていく。
全部がプレーンだったのならそうはならなかったのだろうけど、ドライフルーツビスケットはいくつもの味と香りで楽しめて、その触感と酸味がアクセントになってくれて、栗ビスケットは普通のビスケットにはない深い香りと甘さがあって、交互に食べると全く飽きが来ない。
……と、言っても俺もテチさんも飽きる程は食べていなくて、凄い勢いのコン君に見惚れているというか、遠慮してしまうというか、プレーンフルーツ栗、それぞれ一枚ずつを食べた所で手が止まってしまう。
美味しそうで幸せそうで物凄い笑顔で頬を膨らませるコン君の邪魔をしたくなくて、そうしていた訳だけど……あまりの食いっぷりを受けて流石にテチさんから待ったが入る。
「コン! 食べ過ぎだ! そんなに一気に食べてしまってはお腹を壊すぞ!
それとしっかり噛んでないのも良くない! 一度お茶を飲んで落ち着きなさい!」
それを受けてコン君は、ハッとなって我に帰り……もぐもぐもぐもぐもぐもぐと口を動かし、動かしながらゆっくり頷き……口の中が落ち着いてから、ゆっくりとお茶をすすっていく。
本当に聞き分けが良いというかなんというか……コン君は注意したらしっかりと受け止めてくれる子なんだなぁ。
「っはー……。
なんか、ビスケットで頭とほっぺがいっぱいだった……」
口の中のビスケットを飲み下し、お茶を飲んで落ち着いたコン君がそんなことを口にする。
自分でも驚いているというか、我を忘れてしまっていたというか……どうやら今回のビスケットはコン君の味覚にクリティカルヒットを叩き込んだようだ。
「やっぱり一番美味しかったのはドライフルーツを使ったやつかな?」
そう尋ねるとコン君は、残り少ないビスケットをじぃっと見つめて……ふるふると首を左右に振る。
……おや、食べてみた感じ、俺としてはフルーツが一番美味しく出来たかなと思ったのだけれど……。
「栗の匂いがするのが一番美味しかったー。
じーちゃんの栗の匂いがしたー」
俺が訝しがっているとコン君はそう言って……普通のビスケットよりも濃い焼き色となった栗ビスケットをじっと見つめる。
「ああ、うん、そうだね、自分達で作っている栗だし、食べ慣れてもいるんだろうし……何よりコン君は
俺がそう言うとコン君はまたいつもの笑顔を見せてくれて……そうしてからちゃぶ台の上の皿へと手を伸ばし……残ったビスケットを皿の中で移動させていく。
残りのビスケットを三等分して、俺の方にテチさんの方に、そして自分の方に移動させて……どうやら食べすぎないようにと残りのビスケットを分けてくれたようだ。
「ありがとう、コン君」
と、そう言って分けてもらったビスケットを手にとって、テチさんも手にとって……コン君もまだまだ食べたいとばかりに手にとって三人でビスケットを口の中に送り込む。
そうして綺麗に食べあげて……もう一度淹れ直したお茶をすすっていると、コン君が満足そうなため息を吐き出しながら声をかけてくる。
「ビスケット美味しかったー!
こんなに美味しい保存食なら、もっともっとバンバン作っちゃっても良さそうだねー、そしたらいつでも食べられるよ!!」
「ああ、うん、たくさん作るのも良いんだけど……保存性を重視しちゃうとここまで美味しくならないかもしれないね。
カビの原因になるかもしれないからフルーツとかは入れられないだろうし、もう少し固めにしっかり焼く必要があるだろうし。
何より今食べたビスケットが美味しかったのは焼き立てだからで……時間が経つと味が落ちちゃうものだからね。
香りも飛んでパサパサになって、同じ作り方をしても、時間が経っちゃうと全く別の味になっちゃうんだ。
湿気の多い日本だと梅雨の時期に湿気ってしまうっていう問題もあるしね」
コン君の言葉に俺がそう返すと、コン君はショックを受けたのか物凄い表情をこちらに向けてくる。
こんなに美味しいビスケットなのに、保存食として保管していると味が落ちてしまう、美味しくなくなってしまう。
それでも十分に食べられる味になるとは思うけど……今食べたものとは全く比べ物にならない、別物の味になってしまう。
保存性を重視したから、長期間保存したから、美味しさが失われてしまうというのは保存食にはよくあることなんだけども……その事実がコン君にはかなりのショックであったようだ。
なんとも言えない表情をして、こちらをじーっと見つめて……こんなに美味しいビスケットを、そこまでして保存食にする必要があるのだろうかと、そんなことを思っているのかもしれない。
「ま、まぁ、うん、今回は保存する目的で作った訳じゃないし……今の時代はビスケットは保存食というよりも、おやつとして愛されているし……焼き立てが美味しいのは確かなことだし、保存食ではあるのだけど、保存しないで楽しむっていうのもありだと思うよ、うん。
あ、それと保存食の全部が全部、時間が経つと味が落ちる訳じゃなくて、時間が経てば経つ程美味しくなるのもあるからね?
全部がそうじゃなくて……そうだな、魚の缶詰とか梅干しとかは時間が経った方が美味しくなるって言うね。
魚の缶詰は調味液が馴染むのに時間がかかるからで、梅干しは時間が経てば経つ程味わいが深くなるとか?
まぁ、梅干しに関しては本当にそうなのかは分からないけど……たまに古い、何十年も昔の梅干しが見つかって、高値で買い取られた、なんて話は聞くよね」
保存食をフォローするためにというか、コン君が保存食を嫌いにならないように、慌ててそんなことを言うと……コン君とテチさんまでが何故かぴくりと反応し、お互いの顔を見つめ合う。
そうして無言で、無言のままで何かを語り合ったというか、通じ合った二人は……なんとも言えない表情をこちらに向けてくる。
「……古い梅干しはそんなに高値になるのか?」
じぃっと俺のことを見つめて来てからテチさんがそう言ってきて……俺が「そうらしいよ? 詳しくないけど」と返すと……テチさんはなんとも言えない表情のまま、何故だか居間の天井をじぃっと見上げるのだった。
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