第36話 パンチェッタ(塩豚)


「いや、ほんと、浅漬を作る素があってよかったよ。

 これ全部ソミュール液作ってやっていたらどれだけの手間になっていたか……」


 燻製肉の下拵えを終えて、密閉袋に詰め込んだ肉を倉庫の冷蔵庫に突っ込んで……台所で一息入れながら俺がそう言うと……流し台のいつもの椅子に座ったコン君が声をかけてくる。


「だいじょうぶかー? 疲れたかー?

 夕ご飯作れるかー? オレが頑張った方が良いかー? カップ麺くらいなら作れるぞー?」


 心配そうにそう言ってくれるコン君に俺は笑いかけて、冷蔵庫の方へと向かいながら言葉を返す。


「大丈夫大丈夫、今日はこれがあるし、朝ごはんの時に作ったサラダの残りとパスタにしよう」


 そう言って俺が取り出したのは前に仕込んでいたパンチェッタ入りのトレー……少し乾燥し、少し硬くなり、水分を吐き出して縮んだ分だけ旨味をぎゅっと凝縮させたそれをトンと流し台に上に置くと、コン君は俺を見てパンチェッタを見て、もう一度俺を見て一言、


「これがあったの忘れてた!!」


 と、そう言って目をぎゅっとつむっての笑顔になる。


「そろそろ良い頃合いだからね、今日はこれを使ってカルボナーラにしよう。

 カルボナーラは簡単できるから、作っている所を見ながら作り方を覚えると良いよ」


 そう言って俺は、ちゃちゃっと料理の準備を進めていく。

 まずはパスタを茹でておいて、茹でる間にソースになる生クリームにパルメザンチーズを混ぜておく。


 パスタが茹で上がったら、パンチェッタを……食べごたえがあるように少し大きめに切り分け、残ったのは冷蔵庫に戻しておく。


 それからパンチェッタを弱火で熱したフライパンに投入して……ゆっくりと余計な脂が出るまで熱したら、出た脂をキッチンペーパーで拭き取り、さっきの生クリームを入れて煮込む。


 ある程度煮込めたらパスタを淹れて絡めて……しっかり絡めたら卵黄を投入。


 そうやってしっかり卵黄を絡めたら盛り付けて、追加のパルメザンチーズと胡椒を振って完成。


「チーズだ! チーズだ!」


 なんてことを言いながらコン君が居間へと駆けていって……俺達の様子を見ていたのか、テチさんがちゃぶ台の上を片付けて台拭きで拭いてくれていて……俺がパスタを配膳するうちに冷蔵庫からサラダを取り出し、牛乳を取り出し……ドレッシングやコップもテチさんが用意してくれる。


 そうして三人でちゃぶ台についたなら……手を合わせていただきますと挨拶をして、フォークでもってパスタを絡め取る。


 そうして口に運んだなら……うん、美味く出来たと納得できる味が口の中に広がる。


 生クリームとチーズと卵黄が美味く絡まったパスタは濃厚で美味しく、パスタを食べた後にパンチェッタを口の中に送り込んで噛んだなら、ハーブの香りと凝縮された旨味が口の中に広がって……良い塩梅となった塩味が舌を楽しませてくれる。


 塩抜きしたのと、生クリームに絡めたのとで塩分はいい感じに落ち着いていて……そこに脂身の甘みが来て、美味しいとしか言いようがなく、どんどんとパンチェッタを食べたくなってしまう。


「うんまー! 麺もお肉もうまいなー!」

 

 コン君はそんなことを言いながら夢中でパスタを口の中に送り込んでいて……意外にもと言ったら失礼かもしれないが、お上品にしっかりとパスタのマナーを守りながら食べていたテチさんも、こくりと頷いてほんのりとその表情を和らげてくれる。


「……パスタはあまり美味しいと思ったことはないんだが、これが美味いな。

 ……ハーブの強い香りもこうして食べるなら悪くない……。

 しかしこれなら燻製肉でもハーブを使っても良かったんじゃないか?」


 和らいだ表情のテチさんがそう言ってくれて……俺は頷きながら言葉を返す。


「んー……まぁ、そこは好みかな、燻製だとチップの香りとの兼ね合いもあるしね。

 今回パンチェッタにハーブをたっぷり使ったのは、イノシシの臭みを警戒してのことなんだけど……うん、使っておいてよかった感じがする。

 臭みの少ない良い豚肉なら、ハーブ無しで塩だけというのも悪くはないんだけど……イノシシ肉はこう、野趣溢れるからね、ハーブを使って洋風な感じに仕上げていくのが良いかも知れないな」


「なるほどな……。

 洋風ということは、残りもパスタにするのか?」


「いや、流石にずっとパスタは飽きるから、ポトフにするとか、豆スープにするとか……後は野菜と一緒にレモンソテーにするのも良いし、洋風から離れるならチャーハンもいいかもね」


「ふぅん、なるほどな。

 ……ま、あれだけの塊があれば当分は肉に困らないんだろうな。

 ちなみに保存はどれだけ効くものなんだ?」


「あー……塩抜きをしたし、乾燥も中途半端で止めているから、保存性はあまり無いかもしれないね。

 本当に保存性を気にするなら塩味をきつくしてカッチカチに乾燥させてって、味を捨てる必要があるからね……。

 それにあくまで素人仕事のものだからさ、長持ちはするんだろうけども、早め早めに食べていくつもりだよ。

 そういう意味ではこのパンチェッタは保存食というよりは、美味しくなるように工夫しただけのお肉と言えるかもしれないね。

 ……それは燻製肉もだけど……ま、最初はこんなもので、しっかりと長持ちする保存食はこれから、時間と手間暇かけてじっくりと作っていくつもりだよ」


 今の所俺が作った保存食の中で、しっかりと長持ちをするのはジャムくらいのものだろう。


 それもしっかりとした保存瓶を用意してしっかりと消毒をして、砂糖を気持ち多めにして冷蔵庫にしまうことでようやく……という感じで、曾祖父ちゃんが倉庫いっぱいに並べていた品々に比べると、まだまだ初心者用というか、保存食としては初歩の初歩といった感じだ。


 ……だがこれから色々な品が、春から梅雨、梅雨から夏にかけて市場、というかスーパーに出てくる訳で……それらを使って作るつもりの、アレやコレならば確実に安全に、長く保存出来るだろう保存食になってくれる訳で……それからが本番だ。


 今日までの保存食作りでとりあえずの入門編は終了。

 これからもっともっと、色々と作っていって……倉庫の中をいっぱいにしなければ。


 と、俺がそんなことを考えていると、カルボナーラを食べきりサラダを食べきり、牛乳をごくごくと飲んだコン君が、両目をぎゅっと瞑っての笑顔になりながら「美味しかったー!」とそんな声を上げてくれる。


 本当に美味しかったのだろう、幸せそうに笑顔を浮かべ続けるコン君をじっと見つめた俺は……倉庫の中をいっぱいにするだけじゃなくて、コン君にもいっぱい食べてもらって、またこの笑顔を見られるように、コン君に美味しかったと言ってもらえるようにもしなければなと、そんな決意も改めて抱く。


 するとそんな俺をじぃっと見ていたテチさんは……今までのようにため息をつくのではなく「ふっ」と小さな笑い声を上げてから……、


「ま、美味かったのは確かだからな、次回にも期待しておこう」


 と、先程の笑顔よりもうんと柔らかな笑顔を浮かべながら、そんなことを言ってくるのだった。

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