第二章 ビスケット、マーマレード、そしてジャーキー

第37話 運動


 翌日。

 朝食を終えて朝の身支度を終えて自宅待機は後6日……さて、今日は何をしようかなと台所で頭を悩ませていると、居間でテレビを見ていたテチさんが声を上げる。


「飽きた。体を動かすぞ」


 するとすぐ側で寝転がっていたコン君が頷いて……二人同時に立ち上がり、縁側に向かう。


 まぁ、昨日今日とテチさんは、居間でせんべいを齧りながらテレビを見る以外のことをしていなかったし、少しくらいは体を動かした方が良いんだろうなと、二人の背中を見送っていると……テチさんがくるりと振り返り「お前も来い」と、そんな一声をかけてくる。


 その声を受けて俺は……まぁ、特にやることもなかったし良いかと頷いて、縁側へと向かい……テチさんがまたも縁側の下から引っ張り出した棒を受け取る。


 そうしたならまずは三人並んでの準備運動、棒を両手でしっかりと掴み、それを持ち上げて腕を伸ばしたり、持ち上げた状態で左右に体を伸ばして筋を伸ばしたり、ラジオ体操に近いことをやっていく。


 十分に体がほぐれて温まったなら……掛け声を上げながらの素振りを始める。


 これは少し前に、テチさんから教えられた棒を使っての健康運動だ。


 この後は棒の打ち合いが始まるので運動というよりも戦闘訓練……棒の扱い方の訓練といった感じもするが、テチさん達にとってあくまでこれは健康運動であるらしい。


 そしてテチさん曰くこの運動はとても大事なものなんだそうだ。

 健康のためは勿論のこと、いざという時の自衛にも役立つし……棒の扱い方が上手い一族はそれだけで一目置かれる存在になるらしい。


 獣人によって得意なことが違う、体の形も大きく違うこともある。

 だからか同じ棒でもその一族によって扱い方が大きく違い……その優劣を競う大会なんてのもあるんだとか。


 そんな話を聞いて門の運動で言う所のスポーツみたいなものかと思ったのだけど、スポーツはスポーツでやっているそうだし、大会もあるそうだし……テチさん達の認識としてはスポーツとはまた違ったものであるらしい。


 そんなことを考えながら上段、中段、下段の素振りを行ったら……次は棒での打ち合いだ。


 人数が奇数なので今日はまずテチさんと俺が打ち合って、次にテチさんとコン君が打ち合うそうだ。


 そういう訳でテチさんと向き合って構えたなら……最初はゆっくりとしっかりと力を込めて棒を動かし、格下の者、つまりは俺が攻撃する形で棒を振るう。


 どこを狙っても良い、どう狙っても良い、ゆっくりと振るい相手がしっかり受けたら棒を戻して構え直し、今度は少し速度を上げて棒を振るう。


 自分の構えと相手の構えをしっかり意識してどう体を動かしているのか、棒がどういう軌跡を描くのか想像しながら振るい……打ち合う度に速度を上げていく。


 そうやって格上の者から待ったがかかるか、俺が参ったをするか……どちらかの棒が手から離れるか、相手に棒が当たってしまうまで棒を振り続ける。


 とは言え基本的には相手に棒が当たるようなことは起こり得ない。

 その前に格上の者が待ったをかけるし……当たりそうになったら手を止めれば良い訳で、我を忘れて夢中になるだとか、意図的にそうするだとか、手が滑ったりしない限りは、そんなことは起こらない訳だ。


 仮に手が滑ったりしたとしても、そもそも受けているのは格上なのだから、軽くいなされてしまうだけだろう。


 ……ちなみにだが今日までの打ち合いは全部が俺の参ったで終わりとなっている。

 汗だくになってへとへとになって、これ以上棒を振れなくなって降参が毎度のパターンだ。


「……始めたばかりの頃よりはマシになってきたが、まだまだ基礎が出来てないな。

 私が居ない所でも棒を振るようにして、もっと棒に慣れろ、手足の用にどう振ればどこにどう当たるか、目をつむっていても想像出来るようになれ。

 そうしたらもう少しマシに棒を触れるはずだ。

 ……あの連中を前にしてしっかり構えていたのは立派だったが、そんな様では棒を振るった所で避けられるか掴まれるか……命中したとしてもダメージを与えられず笑われるだけだぞ」


 俺が懸命に棒を振るう中、テチさんがそんな声をかけてくる。

 あの時、しっかりとこちらを見てくれていたんだなと、なんだか嬉しくなると同時に……俺より格上の、棒に慣れきったテチさんでも連中を倒しきれなかったという事実を思い出す。

 

 あんなこと早々起こることではないのだろうけど、またあんなことが起こってしまった時、テチさん任せのままで……何も出来ないままで居るのは嫌だと歯噛みし、懸命に棒を振る。

 

 するとその思いを見透かされてしまったのだろう、ニヤリと笑ったテチさんはそんな俺の棒をしっかりと受けて軽くいなし、自らが操る棒の先端をくるりと動かし、俺の棒を絡みとって奪い取り……高く放り投げてから、放り投げられた棒を見ることなく片手を軽く上げて、それをパシリと見事に掴み取る。


「少しそこで休んでおけ」


 そうしてテチさんは棒を返してくれながらそう言ってきて……汗だくになりながら頷いた俺は、参ったと言わずに済んだのは成長した証拠なのかなと、そんなことを思いながらフラフラと歩いて縁側に腰を下ろす。


 そうやって動くのをやめた途端体温がカッと上がり、汗が今まで以上に吹き出してきて……そんな汗を拭いながらどうにか息を整えていると、休むこと無くテチさんはコン君の棒を受け始める。


 コン君の棒の扱い方は俺ともテチさんとも全く違う。

 自分の体が小さいことを理解していて、軽いことを理解していて……駆け回って棒を軸にして飛んで跳ねて、勢いをつけることで威力を上げようとしているという、そんな扱い方だ。


 体が軽いのと力が強いのもあってか、時にコン君は、助走有りで2m以上の跳躍力を見せることもあり……上空から落下しながら振るってくる棒は、受けづらく威力もそれなりのものとなっている。


「てぇーーい!」


 ある程度棒の速度が上がってきた所で、そんな声を上げながらコン君が駆けて、駆けながら打ちかかって……テチさんがそれを受けると、すれ違うようにして駆けていって、後方を取っての奇襲跳躍攻撃を仕掛ける。


 だがテチさんは至って冷静で、さっと振り返るなりしっかりと棒で受けて、受けながらコン君の棒を上手くいなして……コン君が怪我をしないように、安全に地面に降りられるように棒を斜めに構えながら下ろしていく。


 そうやって地面に導かれたコン君は、悔しがるのではなく「テチねーちゃんすげー!」と、喜びの声を上げてはしゃぎ……今度はどんな攻撃を仕掛けてやろうかと軽快に動き回りながら棒を振るう。


 楽しんでいるからかどんどんと速度を上げていくコン君、その全てを完璧に受けるテチさん。


 飛んで跳ねての攻撃はもう何十回になったのか……かなりの長時間続けられて、そうしてついにコン君の体力がつきて、こてんと地面に寝転がる。


「ま、まいった~~~」


 と言いながらぐったりとするコン君にテチさんは、


「良くなってきたぞ、今年中には一本取られてしまうかもな」


 と、そう言ってから、そっとコン君を抱き上げて……汗を流すためなのだろう、そのままお風呂の方へと歩いていくのだった。

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