第35話 配達
熊の獣人さん達のために作る燻製肉は……前回同様浅漬けに使う素を下味としてのハーブを使わない形での燻製肉にしようということになった。
あくまで熊の獣人さん達はあの時に嗅いだ匂いの燻製肉が食べたい訳だし、変にハーブを使って匂いを変えてしまうのは違うだろうと思ったからだ。
イノシシ肉はもう残っていないが、豚のバラ肉なら政府の人に頼めば仕入れてくれるだろうし、浅漬けの素も同様で……まぁ、問題はないだろう。
「……と、さっきまではそんなことを思っていたんですけどね?」
あれからすぐに昼食ということでナポリタンを食べて、片付けやらをして……そうして食後のひとときを過ごして居た時に現れた、さっきもやってきた熊の獣人……タケさんと名乗った人に俺がそんな声をかけると、タケさんは昼になって濃くなった髭をにぃっと歪めながらの笑顔を浮かべて、ずいと大きなビニール袋を……大きな肉塊が入ったゴミ用と思われるビニール袋をずいと差し出してくる。
「いやぁ、アンタはまだまだこの森の仲間になったばっかりだしな? そんな新人に肉代を出させるなんてのは流石に男が廃るしな? だからこうしてイノシシ肉を獲ってきてやったって訳よ。
今さっき解体したばっかだから新鮮だぞー? あ、ちゃんとバラ肉にしておいたぜ? 燻製ってのはバラ肉辺りがちょうど良いって、そんなことを門の向こうの野郎が言ってたんでな!
ああ、この袋が気になるのか? いや、ちょうど良い大きさの袋がねぇってんでこれにしただけで、ちゃんと綺麗な袋を使ったからな、そこんとこは安心してくれよ」
差し出しながらタケさんはそんなことを言ってきて……俺の足元でコン君が目をキラキラと輝かせる中、テチさんが我関せずとちゃぶ台でお茶をすする中……俺はずしりと重い肉入り袋を受け取りながら言葉を返す。
「いや……まぁ、袋のことは良かったんですが……また随分大きなイノシシを狩りましたね。
確かにこれなら皆さんに行き渡る量を作れるとは思いますけど……」
「ん? ああ、いやいや、それは2頭分だよ、2頭分。
とりあえず1頭殴り倒してみたんだが……解体してみた感じどうにも1頭じゃ足りねぇ気がしてな、もう1頭殴り倒しておいたんだ。
解体に関しちゃ門の向こうの連中に教わりながらやったから問題ねぇはずだ、衛生とやらにも気を使ったしな。
肉の質も問題なし、後はアンタに任せて……五日後を楽しみにさせてもらうさ」
そんなタケさんの言葉に何とも言えない顔をした俺は……断りを入れてから一旦中座させてもらって、冷蔵庫の中に肉をしまうため倉庫へと向かう。
燻製肉であれば早々食中りなどにはならないはずだが、それでも人に食べさせるとなったら衛生には出来るだけ気を使う必要がある。
少しでも早く冷蔵庫に入れて、少しでも早く冷やす必要があると、以前テチさんが狩ったイノシシ肉と同じように冷蔵庫にしまい……ビニール袋を処分し、手をよく洗ってからタケさんの下へと戻る。
「お待たせしました。
それで、えーと、五日後とのことですが……あれだけの量の肉を燻製にするとなると、手持ちの調味料や密封袋では全然足りませんので……それらを注文して持ってきてもらってからでないと下準備が出来ず、恐らくは六日後に―――」
燻製用チップに関してはたくさんあるし、燻製器に関しても洗って休ませ洗って休ませ、時間をかけてやれば量が多くても問題なく仕事をしてくれるとは思うのだが、浅漬けに使う素などは買い置きがなく流石に数が足りず……政府の人に買って来てもらう必要がある、と、そんなことを言いかけるとタケさんはすっと手を上げて俺の言葉を遮り、ポケットから取り出したスマホをずいと押し付けてくる。
「そう言うと思ってよ、門の向こうの連中に話はつけておいたぜ。
すぐに連絡すればスーパーに売ってるような代物なら1・2時間で用意してくれるとかでな……それで今日下拵えしちまえば、五日後には食えるってことになるだろ?
いやもう、俺も仲間も楽しみで楽しみで、既に今から缶ビール片手に酒盛りしてる有様でよ、一日だって我慢できそうにねぇんだよ。
五日は待つ、五日はどうにか連中をからかいながら待つからよ……手間だとは思うが、どうにか五日で仕上げてくんねぇかな?」
そう言ってタケさんは俺に押し付けたスマホをちょいちょいと操作して……恐らくは門に常駐している自衛隊の誰かの番号を呼び出し始めてしまう。
するとすぐに通話状態になり『はい、ご注文をどうぞ』と、力強くキビキビとした声がスマホの向こうから響いてきて……俺は仕方ないなぁと首を左右に振りながら、注文を済ませていく。
足りないことがないよう多めの浅漬けに使う素と密閉袋と、それと恵比寿様のビールと……その他諸々。
こうなったらもう俺達も楽しんでやると……タケさん達の分の燻製肉を作るついでに第二回燻製パーティをやってやると開き直っての注文をするとすぐに『了解しました、お待ちください』との返事が来て、通話が終了となる。
「お? 随分多めに注文したな?」
するとタケさんがそう言ってきて……俺は営業スマイルを浮かべながら言葉を返す。
「ええ、こうなったら自分達も楽しませてもらおうかと思いまして。
肉の一部をこちらで貰いますけど、構いませんよね?」
「おーおー、構わねぇ構わねぇ、俺達の分が減りすぎないなら全然構わねぇさ」
「ちなみにですけど前回燻製肉に使ったサクラチップ以外にも色々なチップがあるんですけど、どうしますか?
香りが大きく変わりますが……ハーブ程香りが強い訳ではないですし、基本的な燻製肉の美味しさはそのまま、変わらないはずです。
サクラは以前の香り、リンゴはそのままリンゴの香り、クルミもそのままナッツの香りで……お酒好きにはクルミの香りはたまらないはずですが……どうします? いくつか用意しましょうか?」
「……ほう。
そいつぁ随分と魅力的な提案だが……今回は予定通りのものを頼むとするよ。
あの香りがたまらなくて頼み込んだんだからな……もう俺達の口も胃袋もそのつもりで準備しちまってるし……他の香りとやらはまたの機会にさせてもらうさ」
「分かりました、では今回はサクラチップでの燻製肉にしておきます。
荷物が届いたら早速下拵えを始めて……五日後、午後6時頃になったら来てください、できたての燻製肉をお渡ししますから」
俺がそう言うとタケさんは、にっかりと笑顔を浮かべて「おう! 頼んだぜ!」と一声を上げてのっしのっしと……大股で門の方へと歩いていく。
その後姿を見送ってから小さなため息を吐き出した俺は……また燻製肉が食べられるとぴょんぴょんと跳ねて喜んでいるコン君と、スマホを操作して燻製肉と一緒に食べる良いツマミはないかと検索をしているらしいテチさんのことを見やってから……これから忙しくなりそうだなと、そんなことを思って……思わず零れそうになる笑みを堪えながら、とりあえず肉を切り分けておこうかと倉庫へと足を向けるのだった。
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