第34話 とりあえずの決着


 チンピラ達が制圧されて一件落着……と行けば良かったのだけど、そこからがまた大変だった。


 改めて門の職員に連絡すると、まさかの買収と襲撃という事態にパニックになってしまい、挙げ句にその身柄が獣人に拘束されているとなって、外交問題まで起きてしまったとパニックを加速させてしまい……どうにか事態を収拾しようにも、一職員にそんな権限がある訳もなく、上へと連絡する必要があり……夜ということで中々連絡が取れず。


 それからしばらくして自衛隊員が身柄を引き取りに来るということになり……防疫のためか防護服フル装備の自衛隊員が何人かやってきて、チンピラと里衣良を引き取ろうとした……のだが、今度は熊の獣人さん達が下手人を引き取りたければまず筋を通せ、しっかり謝罪しろと言い出し。


 だけれども一自衛隊員が勝手にそんなことをする訳にもいかず……獣人さん達も一歩も引かず。


 最終的に電話を通して新聞なんかでよく名前を見る政治家と同姓同名の……同姓同名の別人だと思いたい、物凄く偉いはずの人が獣人さん達に謝罪をしたりして……それで決着したかと思えば今度は、検疫を受けていない人間、つまりチンピラや里衣良に接触したことが問題だとかいう話になって。


 チンピラ達の一部が鼻血を出していたり、色々と漏らしていたりしたのが問題視されてしまったようで……俺とテチさんとコン君、熊の獣人さん達は森の中に戻る訳にはいかないとかいう話に発展してしまった。


 自分達が家に戻れないのは勿論のこと、まだ幼いコン君を家に帰さないとは何事かと熊の獣人さん達が怒り、電話の向こうの人が一生懸命に謝罪しなんとか獣人さん達をどうにか宥めて、話をして……。


 そうして空が白んだ頃。


 様々な検査が終わるまでの一週間の間、家から出ないようにして畑のことは知り合い(レイさん)と子供達に任せるようにとの命令が政府から俺に下り……テチさんとコン君には俺の家に寝泊まりして一週間の間誰にも会わないようにして欲しいとの、かなりへりくだった態度での自粛要請が出されて。


 同じような態度での自粛要請を受けた熊の獣人さん達は門の近くにテントを張って、そこで一週間寝泊まりすることになって……そういう形でどうにか事態の収拾が図られたのだった。


 今回迷惑を被ったテチさんとその家族、コン君とその家族、獣人さんとその家族には、政府からの『お見舞金』が支払われるそうで……レイさんやコン君の家族や、獣人さん達の家族が、一週間も会えないことを快く受け入れてくれたのが今回の件での唯一の救いだったかもしれない。


 ちなみにだが俺には一週間分の休業補償なるものが支払われるが……テチさん達が受け取る見舞金に比べるとその額はとっても、驚くほどに少なかったりする。


 ……まぁ、うん、貰えるだけ良かったと思うべきなんだろうね。


 そういう訳でほぼ徹夜となった翌日はテチさんとコン君の部屋の準備をするのと、疲れを取る為に休むのとで一日が潰れて……翌々日。


 疲れをどうにか取ることに成功した俺達は……3人での生活を改めて開始したのだった。


「にーちゃんちの朝ごはんは色々食べられて良いなー!

 うちはご飯と味噌汁ばっかりでさー!」


 朝食の時間、3人でたまごサンドと野菜スープとミックスナッツサラダとフルーツヨーグルトというちょっと豪華な朝食が並ぶちゃぶ台を囲んでいると、笑顔のコン君がそんな声を上げてくる。


 ……やはりコン君の両親は和食党であるようだ。


「まぁ、うん、政府の人がちょっと多すぎるくらいに食材を持ってきてくれるからね、時間もあることだし……最終日までこんな感じの食事を続けられたらと思っているよ。

 あ、リクエストがあれば受け付けるから、何でも言ってね」


 俺がそう返すとコン君は両目をぎゅっとつぶっての笑顔になって……大げさな仕草で両手を合わせて「いただきます!」と大きな声を上げる。


 それに続いて俺とテチさんも「いただきます」と声を上げて……ゆっくりとテレビ番組を流し見しながらの朝食を楽しんで……綺麗に食べあげたら3人同時に「ごちそうさまでした」と声を上げる。


 食事が終わったなら歯磨きをして、身支度をしたり片付けをしたりして……そうした雑務が終わったならコーヒーやお茶を淹れて、居間でまったりと食後の静かなひとときを楽しむ。


「……そう言えばあの里衣良とかいう男、これからどうなるんだ?

 何らかの処分は下るのだろう?」


 そんな時間の中でテチさんがそう言ってきて……俺は昨日受けた電話の内容を思い出しながら言葉を返す。


「ああ……うん、テチさんが以前話していた件と絡めて、獣人を狙った危ない性犯罪者として処分されるってさ」


「……なんだそれは?」


「買収の件とか色々とおおっぴらに出来ないことが多すぎるからとそういうことになったらしくて、追々テレビとかでも報道されるって例のあの人の秘書さんが言っていたよ。

 長年活動していた変質者の集団で、支離滅裂なことを言って言い逃れをしている異常者でもあって、門の側の壁に車で突っ込んで壊して、中に入り込んだってことになるとかなんとか。

 買収された職員はその手引をしたってことでかなり重い処分が下されるみたいだね。

 ……関わった全員が結構な懲役になるとかで、刑務所の中や、出所後にあれこれ言っても全部変質者の戯言として処理されるようにするとかなんとか……。

 社会的にも制裁を受けることになるだろうし、どうかそれで納得して欲しいってことだったよ」


 俺がそう言うとテチさんは縁側の方を……庭の方を見て少し遠い目をする。


 そうしてから小さなため息を吐き出して……、


「殴りそこねてしまったが、まぁそれでよしとするか」


 と、そんなことを呟く。


 憑き物が落ちたというか少しすっきりしたというか、そんな顔をしたテチさんを見て……俺がほっと安堵のため息を吐き出していると……麦茶を飲んでいたコン君が、またも目をぎゅっとつむっての笑顔を見せてくる。


 俺とテチさんの会話はよく分からなかったけど、俺達の表情と態度が柔らかくなったことを喜んでくれているようで……それから俺達はしばらくの間、静かな……なんともスローな時間を過ごしていく。


 そうしてお昼まで後少しという時間になった頃……コン君がまたも耳をピン立てて何かを感じ取ったような表情をするが……今度はすぐにその表情を緩めて「あ、熊の人だ」と、そんな言葉を口にする。


 どうやらテントでの自粛生活をしている獣人さん達がこちらにやってきたらしい。


「おーう! 人間! ちょっと良いか!」


 それからすぐにジャージ姿の……獣人さん達の中で一番大柄で、一番年上であるらしい、中年くらいのうっすらと髭を生やした人が縁側の方に姿を見せて、熊の獣人さんなら問題無いだろうとまったりとしているテチさんでもコン君でもなく、何事だろうときょとんとしていた俺に声をかけてくる。


「えーっと、はい、何でしょうか?」


 立ち上がり縁側に出ながらそう返すと……熊の耳をぴくりと反応させた獣人さんが、鼻をすんすんと鳴らしてから言葉を返してくる。


「お前らあの日、随分と良い香りのするうんまそうな肉を食ってたじゃねぇか?

 いや、その場を見た訳じゃねぇけどよ、ここいら中に残り香がばっちり残っててよぉ、あのゴタゴタが収拾するまでの時間で、その残り香に俺達全員やられちまったんだよ!

 向こう側の連中が気を利かせて美味い肉だの良い鮭だのハチミツだの色々持ってきてくれるんだけどよぉ、やっぱあの香りのする肉が気になってよぉ、俺達にもアレを食わせてくれねぇかなぁ?」


「あー……燻製肉ですか。

 勿論構わないん……ですけど、あれ準備に五日くらいかかっちゃうんですよね。

 材料を揃えてもらってそれが届いてからとなると……六日ですか。

 そうなるとこの自粛生活が終わる頃って感じになっちゃうんですが……。

 こちらでも準備はするだけしときますので、もしどうしてもでしたら、門の職員に燻製肉をくださいとリクエストしてみるのも良いかもですね。

 市販のものでも、美味しいものはありますから」


 俺がそう返すと獣人さんは目を丸くし「あれって燻製肉だったのかよ!?」とそんな声を上げる。


 話を聞くとどうやら熊の獣人さん達も昔は……冷蔵庫などが手に入る前は保存目的で燻製肉を作っているらしいのだが……作り方が違うというか、あくまで保存性重視で、味とか香りとかには拘っていなかったらしい。


 冷蔵庫などが普及したなら新鮮な肉をシンプルに焼いた方が良いとなって、誰も燻製肉を作らなくなって……今はなんとなく知識でその名前を知っているだけになっているのだとか。


 テレビとかで燻製肉や燻製肉に関する話題を見ても、昔を知っている老人達があれは不味い、硬くて食えたもんじゃないとか言うものだからそれを信じていたそうで……まさかその燻製肉があんなにも美味しそうな香りするものだったとは思いもよらなかったようだ。


 ……まぁ確かに、向こう側でも燻製肉をわざわざ作って食べる人っていうのは、趣味でやっている人だけだったからな……その味と香りを知らない、想像もできないってことも、ありえることなのだろう。


「そういうことならまぁ、燻製肉を寄越せって向こうの連中にリクエストしてみらぁ! ありがとな!

 あ、それはそれとしてアンタの燻製肉も食ってみてぇから、準備をしといてくれや!」


 話を終えると熊の獣人さんはそう言って、ドスドスと大股でテントのある方へと帰っていく。


 その背中を見送った俺は……また燻製肉が食えるなら手伝ってやらんでもないという顔をしているテチさんと、また燻製肉を食べられると両手を振り上げて喜んでいるコン君と共に、今度はどんな燻製肉を作ろうかと、そんな会話をしていくのだった。

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