第25話 更に保存食作り


 荷物の開封と片付けを終えて……通販で大量に買い込んだ保存用ようかんを一つだけコン君にあげて……もっきゅもっきゅとそれを食べたコン君は、満足そうな笑顔を浮かべてから……空ダンボールを畳んでいた俺に声をかけてくる。


「しっかしあれだなー、あのお肉も食べられるのはずっと先のことかー。

 保存食って作るのに時間かかるんだなー」


「ん、まぁそうだね、漬ける系の保存食はどうしても時間がかかっちゃうね。

 でも10日程度ならまだ良い方なんだよ、数ヶ月かかるような保存食もあるからね」


「マジかー!?

 数ヶ月とか、出来るころには絶対忘れちゃうなー」


 ……子供が感じる一日一時間は大人のそれよりも数倍、数十倍長いものだそうだから……数カ月は俺で言うところの数年になるのだろうか。


 と、コン君の言葉を受けてそんなことを考えていると、コン君は居間の畳の上をゴロゴロと転がりながら言葉を続けてくる。


「なーなー、すぐできる保存食ってないの?

 ぱっとやってぱっと出来るー、すぐ食べられるやつー」


「もちろんあるよ? 前にレイさんが持ってきてくれたグラッセとかもそうだし……今コン君が食べたようかんも、材料と道具さえあればその日のうちに出来るはずだよ」


「へーへー……ならなら、そういうのって作れないの? 何か保存食を食べてみたいよ!」


 そんなことを言われて俺は……少し悩んでから、時計を見てまだまだ時間があることを確認して……あれならすぐにできるだろうと頷いて、台所へと足を向ける。


 するとコン君はてててっとそんな俺の後を追いかけてきて……またさっきの流し台の上の椅子へと腰をかける。


「さっきのパンチェッタは塩で腐るのを防ぐ保存食だったけど、砂糖でも同じことができるんだ。

 グラッセやようかんもそうで……砂糖をたっぷり使うと食べ物が腐りにくくなるんだね」


 台所へ向かいエプロンをし、手を洗いながらそう言うとコン君は目を大きく開いて興味深そうな顔になって声を返してくる。


「しょっぱくてもあまくても、同じことができちゃうんだなー。

 でもかーちゃんがケーキとかは早く腐るって言ってたような……?」


「それはケーキに使われる生クリームとか卵とかのせいだね、ああいうのは早く腐っちゃうから……。

 でもミルクや卵を使っていても、十分に水分を脱いて、たっぷり砂糖を使ってやれば長持ちするんだよ。

 ……まぁ、今回はそこまで手の込んだ事はできないから……うん、これにしよう」


 そう言って冷蔵庫をあけて俺がパック詰めの苺を取り出すと、コン君は見開いた目をキラキラと輝かせ始める。


 そうして食べたそうにしてくるが、食べちゃ駄目だよとたしなめて……まずは苺に水洗いを始める。


 水で洗ったら、丁寧に一つ一つへたを取って、へたの周囲についているゴミを洗って……もう一度しっかりと洗ったなら用意した鍋に放り込んで、全ての苺を放り込んだなら、砂糖を入れてあるSugarと書かれた陶器を手に取る。


 そうしたなら蓋をあけて……苺入りの鍋の中に一切の容赦なくばさりと砂糖を放り込む。


「多いよ!? 多いよ兄ちゃん!?

 砂糖をこんなに使って何をするんだよ!?」


「ははは、砂糖って意外に多く使うものなんだよ?

 ケーキとかお菓子に入れる砂糖もすごく多いし、炭酸ジュースなんかにも凄い量の砂糖が入っているし……それにこれは保存食作りだからね、味のためにある程度抑えはするけど、それでもしっかりと入れておかないとね」


 そんなことを言いながら鍋をコンロへと移動させて……火をかけて中火でゆっくり煮込む。


 焦げないように気をつけて、木べらでもってかき混ぜたりして……煮立ち始めたらレモン汁を入れる。


 クエン酸が色落ちを防ぐとかなんとか……そんな理由での投入で、酸っぱいので入れすぎないように注意する。

 人によっては更に薬局とかで売っている粉末状のビタミンCを入れたりするそうだけど、俺はなんとなく入れないことにしている。

 ビタミンCはペットボトルのお茶なんかにも入っていて……酸化を防ぐ力があるんだったかな。


「にーちゃーーーん、すごくいい匂いがするよー。

 甘くてあったかくてちょっとすっぱくてーー!」


 火の勢いを少し弱めて、鍋の様子をじぃっと見つめながら木べらをゆっくりと動かしていると、いつのまにかコンロの側に椅子を移動させたコン君がそんなことを言ってくる。


「良い匂いだろー。

 匂い通りの美味しいーのが出来るから、楽しみにしているといいよ」


「美味しーのかー……あ、分かった、いちごパイ作るんだろ! 前にレイ兄ちゃんが食べさせてくれたことあるぞ!」


「あはは、違う違う、パイじゃぁ全然保存食にならないからね。

 ……まぁ、うん、ここまで来たら答えを言っても一緒か、ジャムだよ、ジャム、苺ジャムを作ってるんだ」


「えー? ジャムかー?

 苺ジャムなー……スーパーで買ったのをたまに食べるけど、あんまし苺の味しないんだよなー、嫌いじゃないんだけどなー」


「あー……売っているのはまぁ、うん、偽物とまでは言わないけど、苺フレーバーだけのものもあったりするからね……。

 こっちはしっかり苺を使った苺ジャムだから美味しいよー」


 と、そんな会話をしながらゆっくりと時間をかけて苺を煮込んでいく。


 今回は量が少ないから早めに煮立ってくれるが……しっかり瓶詰めするつもりで、一瓶分……数パック分の苺を使うとなると2・3時間はかかってしまうだろう。


 それでもまぁその日のうちに食べられる訳だから、早く出来上がる方ではあるだろう。


 しっかりと煮込んだ方が保存性は高くなるが、それだと味が落ちてしまうので、苺が苺の形を保ったまま……ぐずぐずに崩れない程度で煮込むのを止める。


 そうしたなら煮沸消毒した瓶に入れて、しっかり蓋を閉めて、瓶ごと水を入れた大鍋に沈めて煮て殺菌……後は脱気という方法で中の空気を抜いたら冷ませば完成なんだけども……今回は量が少ないし、あくまでコン君のために作ったものだから、瓶詰めにすることなく冷ますこともなくそのまま深皿に盛って完成。


 居間のちゃぶ台へと持っていって……トーストで俺の分とコン君の分のパンを焼いて、ついでに飲み物として牛乳を用意する。

 ジャムパンには牛乳、これは欠かせないよね。


「なんか全然ジャムの匂いしないなー! すごく美味しそうな匂いだなー! これ!」


 なんてことを言いながら、ちゃぶ台にかぶりつきながら尻尾を振るコン君に、焼いたパンとスプーンを渡し、


「好きなだけ出来上がったジャムを乗せて良いよ」


 と、そう言うと、コン君はパンの上にジャムを山盛りにして……ジャムトーストにばくりと勢いよく食いつく。


 続いて俺もジャムを塗ってからトーストに食いついて……うん、丁度良い甘さになったと頷く。


 強い苺の風味と甘さがあって、それでいて苺本来の酸っぱさもあって。

 甘いだけの市販ジャムとは違う、確かな苺ジャム本来の味が口の中いっぱいに広がる。


 更に苺が形を残しているので、程よく柔らかくなった苺の食感がふにゃりと楽しませてくれて……飽きることなく食べ続けることが出来る。


「ジャムは一人暮らしの時に何度か作ってきたけど、やっぱり苺ジャムが一番美味しいなぁ。

 ジャムの王様って感じだ」


 そんな感想を口にするとコン君は、ジャムトースト全部を食べきって……ごくごくとコップいっぱいの牛乳を飲み干してから大きな声を上げてくる。


「うんまかったーーーー!

 甘くてすっぱくて、甘くて、苺の味がしっかりして、売ってるジャムと全然違うのなー!

 なーなーなーなー、兄ちゃん、もっと食いたい! 苺ジャムもっと食いたい!!」


「んー……気持ちは分かるんだけど、今の時期はちょっと苺が高いからね……露地栽培の苺が5・6月になったら出てくるからー、それまではお預けかな。

 その頃に安くて美味しい苺を一気に買い込んで、これでもかとジャムを作って……冷蔵庫にしまい込んで一年かけてゆっくり食べていくんだよ。

 そうしたら旬じゃなくても、苺が売ってない時期でも、この苺ジャムを味わえるって訳だね。

 ……どう? 保存食って良いものだろう?」


 俺がそう言葉を返すとコン君は……「うん!」とそう言って、満面の笑みでぎゅっと目をつむりながらこくりと、大きく頷いてくれるのだった。

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