第24話 荷物が届いて


 片付けを終えてほっと息をついて……台所にちょこんと座るコン君を見て、首を傾げる。


「そう言えばコン君、その椅子……どうしたんだい?

 コン君達に丁度良い大きさっていうか、台所でそうしているのにおあつらえ向きって感じだけど?」


 首を傾げたままそう声をかけるとコン君は、嬉しそうに目をつむってにーっと笑顔を浮かべて、椅子をぽんぽんと叩きながら言葉を返してくる。


「これな、富保じーちゃんが作ってくれたんだ!

 いつもじーちゃんは台所で面白いことしてたからな! それを見たいって言ったらな、ぱぱっと作ってくれたんだ!

 じーちゃんがいなくなって使うことはないかなってしまってたんだけど……また使えて嬉しいよ!」


 そう言ってコン君は椅子の上に立ち、椅子の背に器用に立ち……ぴょんと跳ねてくるんと空中で回転し、すとんと椅子に座って見せる。


 今まで何度もそうやってきたのだろう、慣れきった仕草に「おー!」と感嘆の声を上げると、コン君はまたも目をつむっての笑顔になって、尻尾をふわりと揺らす。


 そんな風に空いた時間を他愛のない会話をして過ごしていると、玄関の呼び鈴がなり……それを聞いた瞬間コン君は、真剣な表情になり、椅子から……流し台から駆け下り、台所の隅に立てかけておいた棒をしっかりと握り、玄関の方へタタタッと駆けていく。


 それを慌てて追いかけて玄関に向かうと、コン君は玄関で棒をどんと突き、仁王立ちになって入り口の向こうを睨んでいて……俺を守るためにそうしてくれているらしいコン君に感謝しながら「はいはい、今出ますよー」と声を上げてから、戸を開く。


 するとここら辺で一番有名な配送会社の制服を着た……整えられた白髪に、整えられた口ひげ、柔和に微笑み、脱いだ帽子を両手で持って静かに佇む……老紳士の姿がそこにあった。


 配送会社の人と言うと、もっと若いというかなんというか、がっしりとした体つきの人が来るものと思っていたのだが、まさかこんな老紳士がやってくるとは……と、俺が驚いてしまっていると、老紳士は顔の皺を深くしてよりはっきりと微笑んでから、声をかけてくる。


「こんにちは、お届け物です。

 こちらに運び込んだ方がよろしいですか? それとも縁側に?」


「あ、縁側にお願いします」


 俺がそう返すと老紳士はペコリと頭を下げて……今日届ける荷物の伝票の束をこちらに渡してくる。


 俺がそれを受け取ると老紳士は帽子を被り直し……踵を返して配送車の方へと足を向ける。


 そんな姿を見やりながら俺が伝票に判子を押していると、老紳士は車から取り出した荷物を縁側の方へと持っていって……そんな老紳士を見て俺を見て、もう一度老紳士の方を見たコン君は、タタタッと縁側の方へと駆けていく。


 恐らくはそこで老紳士の動向を見守るのだろうなぁと、そんなことを考えながら判子を押していって……全てを押し終わる頃に、老紳士がひょこりと玄関に現れる。


「お荷物、全て縁側におかせていただきました」


「ああ、はい、ありがとうございました。

 こちら伝票になります」


 そう言って俺が伝票を渡した辺りで、コン君が縁側からこっちへと駆け戻ってきて……それを見た老紳士は更に笑みを深くして言葉を続けてくる。


「つい最近住み始めたばかりだとお聞きしましたが、もうこんなにも彼らと仲良くなっているのですね……いやはや、まったくもって素晴らしい。

 私共としましても、貴方と彼らが仲良くなるというのはとてもありがたいこと……どうかこれからも、彼らと共に歩んでくださることを祈っております」


 その言葉は普通に受け取るならば、今後も配送の仕事が安定して受けられそうだとか、そういった意味の言葉なのだろうが……どうにもその老紳士の言葉には裏があるというか、なんというか、全く別の思惑がありそうで、俺は笑顔を返しながらも内心で訝しがる。


 そもそもこんな老紳士に、配達の仕事をさせているのもおかしな話だ。

 60か70か……このくらいの歳になったのなら内勤をさせるべきだろうに。


 一体全体老紳士の微笑みに隠された思惑は何なのか、老紳士の正体は何者なのか……俺がそこら辺を推察しようと、探ろうとすると、それを察したのか老紳士は「ではこれで」との一言を残し、去っていってしまう。


 追いかけて声をかけてみるべきか否か……いや、それで正体を教えてくれるような相手なら、そもそも最初に名乗りその思惑を語ってくれたはずだ。

 あんな意味深なことを言うからにはそれ相応の理由があるはずで……とりあえず今は保留にしておこうと、あの老紳士のことを忘れないでおくことにしようと決めて……足元で棒を構えたままのコン君に声をかける。


「……コン君、ありがとうね。

 で、これから荷物を開封するんだけど……荷物の片付けを手伝ってくれたら取り寄せたお菓子をちょっとだけだけど、あげちゃうよ」


 俺のその言葉を受けてコン君は、ぎゅっと目を瞑り、口を大きく開けて白い歯をむき出しにしての笑顔を作り「やった!!」と声を上げてからタタタッと縁側の方へと駆けていく。


 そうしてコン君は、ささっと居間のタンスの中からカッターを取り出し、それでもって慣れた手付きで、ダンボール箱を閉じていたテープを手早く切って蓋を開封していく。


 ここに引っ越してきたばかりの頃、コン君達は荷物の片付けを手伝ってくれていて、すっかりと慣れたもの、中を見て食器ならば台所へ、食べ物なら居間のちゃぶ台の上へ、よく分からないものは居間の畳の上へと手早く移動させていく。


 大きすぎる物や重すぎる物には手を出さず、自分に出来ることだけを無理なくやってくれて……片付けは手早く、テンポ良く進んでいく。


「なんか今回の荷物、変なのばっかりだなー、見たことないのばっかりだなー」


 ある程度片付けが進んで、コン君に出来ることがなくなってきて……ダンボールの中を覗き込みながらコン君がそう言ってきて……俺は荷物の開封を進めながら言葉を返す。


「この辺りで買えないものを中心に買ったからね。

 保存食作りってあれこれと色々な道具を使うから……こんな風に結構なお金がかかるんだよ。

 塩漬けにしても砂糖漬けにしても、塩や砂糖をごっそりと使うから馬鹿にならないし、ハーブだって安いものじゃない。

 なんだかんだと保存食作りって贅沢な趣味なんだよね……それでいてちょっと失敗するとすぐカビたり腐ったり、駄目になっちゃうんだから、本当に困っちゃうよね」


「……ならなんで保存食作りをするんだー?」


「んー……長持ちする保存食を作っておくと、安心できるから、かな。

 それと保存性をある程度無視した、さっき作ったパンチェッタみたいのだと、普通に食べるよりもうんと美味しくなったりするからね。

 保存食ならではの楽しみ方、なんてのもあるし……うん、コン君にもそこら辺のことが分かって貰えるよう、色々出来上がったら食べさせてあげるよ」


 俺がそう返すとコン君はまたも笑顔を見せてくれて……そうしてその大きな尻尾をふりふりと揺らしながら「楽しみにしてる!」との声を返してくれるのだった。

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