第23話 初めての


 翌日、月曜日。


 今日は畑には行かずに、我が家で待機して……検閲を終えた荷物が門の向こうから来るのを待っている。


 通販やら何やらで注文した品々はまとめて月曜日、週に一回だけ配送されてくるそうで……それを確実に受け取るための対応だ。


 もし今日受け取れないとなると、次回はまた来週、次の月曜日となる訳で……配送の人や門で働く人に迷惑をかけないためにも、これくらいの対応はすべきだろう。


 だからといって荷物が来るまでただ待っているというのも問題なので……俺は台所で、昨日のパーティで使わなかったイノシシ肉の部位……バラ肉を取り出して、保存食……というには少し保存性に難のある、あるものを作ろうとしていた。


「バラ肉って、なんでバラって言うんだー?」


 そんな台所の一画……食洗機の隣に小さな木の椅子を置いて、そこに座りながらコン君がそんなことを言ってくる。


 昨日デザートを食べた後、子供達と一緒にはしゃぎにはしゃいで……ぱたんと倒れて眠るまで遊び倒してしまったコン君は、今日は体力回復のために仕事は休むことにしたんだそうだ。


 木の上に上り、木の枝から木の枝へと駆け回り飛び回る畑の仕事は、中途半端に疲れている状態だと怪我をする可能性があるとかで、やるべきではないらしい。


 なら家で休んでいたら良いとも思うのだが……ご両親は夕方過ぎまで働きに出ているそうで、家に居ても寂しいし暇だしで……俺の護衛をするという大義名分を元に遊びに来てしまったという訳だ。


「豚とかの肋骨についている肉だから、アバラ肉……略してバラ肉って言うんだよ。

 バラ肉は脂身が多めで、苦手だって人も居て、敬遠されることもあるんだけど……今日はその脂身を美味しくいただけるものを作ろうかと思ってね」


 両手で抱える程の大きさのイノシシのバラ肉を、大きなまな板の上にでんと置きながら俺がそう言うと、コン君は首を傾げながら言葉を返してくる。


「それって、ミクラ兄ちゃんが好きだっていうほぞんしょく、なのか?」


「んー……保存食にも出来るんだけど、それをやっちゃうと美味しくなくなっちゃうっていうか、保存性のために味が落ちちゃうんだよね。

 だから保存性が低くて冷蔵庫に入れておく必要のある、保存食もどきって感じになるのかな」


「へー……! ま、美味しいほうが良いよな、うん」


 と、そう言ってコン君はバラ肉を見つめて……じゅるりと口の中で音を立てる。恐らくは昨日の鍋を思い出してのことなんだろうなぁ。


「使うのはバラ肉、脂身が美味しくなるから、脂身が多めの方が良いだろうね。

 赤身は赤身で普通に楽しんだ方が良いから……あえて脂身多めに切り分けて使う人もいるらしいよ」


 なんて説明をしながらまずはハーブの用意をしようと、袋入のタイム、オレガノ、ローリエ、バジルを用意する。


 ローリエを細かく千切ってくだいて、他のハーブと混ぜ合わせて、小皿辺りに入れておいたら、次に用意するのは……塩とフォークだ。


 大きめのフォークをしっかりと握り、振り上げて力を込めて振り下ろして……これでもかとバラ肉に突き立てる。


「兄ちゃん!? 急にどうした!?」


 そんな声を上げるコン君に、俺は力いっぱいにフォークを突き刺しながら言葉を返す。


「こうやって! 穴をあけておくと! 塩やハーブの香りが! 肉の中に染み込みやすく! なるんだよ!

 片面終わったら! ひっくり返してもう片面もやる! 横からはやる必要ないよ!」


「え、でも、なんかすぐ穴ふさがっちゃってるぜ? 肉がうにょーんって穴を治しちゃってるぜ?」


「それで! 良いんだよ! ふさがっても! そこに穴は確かにあって! 溶けた塩とかが! そこから中に染み込んでいくんだ!」


 なんてことを言いながら存分に突き刺したら、袋入の塩を……出来るだけ細かい塩を、無駄にしないように丁寧に……肉全体を覆うようにかけてから、両手でよく染み込むように塗り込んでおく。


「塩の量は多すぎてもまぁ、問題ないかな、後で塩抜きするからね。

 ただまな板の上に撒きすぎて無駄にしましたなんてのは勿体ないから、無駄にしない程度が良いだろうね。

 粗めの塩とかでも結局は溶けて染み込むから良いらしいんだけど……俺はなんか気分的に細かい塩にしちゃうね、より染み込んでくれそうな気がするから。

 塩をたっぷり塗り込んだら次はハーブ、塩の上からまぶすというよりは、塗り込んで貼り付ける感じでいっちゃうよー」


 塩を塗り込んでハーブを貼り付けて、そうしたならキッチンペーパーで包んで、タッパーなどの容器に入れて……後はこれを冷蔵庫に入れておけばOKだ。


「昔はもっともっと塩を多くして、塩抜きなんかはしないで、そのまま乾燥させて保存食としていたんだけど……今は冷蔵庫があるからね、そこまでしないで程々の塩分にしておく感じかな。

 こうやって三日程寝かせたら、水洗いをして張り付いたハーブを丁寧にとって……10分くらい水につけて塩抜きをする。

 そうしたらキッチンペーパーで水分を拭き取って、もう一回キッチンペーパーで包んで今度は容器に入れずに、トレイの上で水分を飛ばして乾燥させる感じにして……一週間くらい冷蔵庫で寝かせたら完成かな。

 ちなみに冷蔵庫の冷え具合、空き具合とかでキッチンペーパーが張り付いちゃうなんてこともあるから、一応毎日様子をチェックして、張り付きそうならキッチンペーパーを取り替えるとか、ペーパー無しで裸のまま乾燥させるとかする必要があるよ」


 生の豚肉を触ったらあちこちを触る前に手を洗う必要があるからと、肘で蛇口を回して水を出し、センサー付きの手洗いソープで手をしっかりと洗い……よく水気を拭き取ってから、先程のタッパーを冷蔵庫に入れる。


 後は完成を待つばかりだと、フォークやまな板を洗っていると……そわそわとしながら、冷蔵庫の方を何度も見ながらコン君が声をかけてくる。


「で、で、で、そうするとどうなるんだ?」


「パンチェッタ、または塩豚と呼ばれるお肉の出来上がりだよ。

 こうやっておくと、保存が効く上に肉の旨味がぎゅっと凝縮されて、脂身がぐっと甘く、美味しくなって……塩味が効いているのもあって、パンチェッタと野菜を水で茹でるだけで美味しいスープになったりするんだ。

 調味料代わりっていうか、楽に料理できる味付きお肉っていうか……もちろんコンソメとかを追加しても良いし……あ、パスタの具なんかにも良いね。

 ハーブをかけておけばハーブの香りもしっかりと出てくれるし……ああ、何のハーブを使うかは好みだから、自分が好きなのを使うと良いよ」


 そう言うとコン君はまたもじゅるりと口の中で音を立てて冷蔵庫の方をじぃっと見つめる。


 まだまだ出来上がるのは先、10日後のことなんだけどもコン君は、そうやって冷蔵庫を見つめながらまだかまだかとソワソワと、その大きな尻尾を振り回すのだった。

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