第17話 ボタン鍋パーティは……


「よ、戻ったぜ」


 コン君と話していると、そんなことを言いながら片手を上げたレイさんが姿を見せる。


 その服装は先程までとは全く違う……エプロンなしの柄物シャツとジーンズという姿になっていて、俺は首を傾げながら言葉を返す。


「あれ、着替えたんですね。

 どうしたんですか、その服?」


 風呂は我が家のを使ったとしても、レイさんが着ているような服は我が家に置いてないはずで……そんな疑問に対しレイさんはひらひらと手を振りながら応えてくれる。


「電話して家族に持って来てもらったんだよ。風呂沸かすまでのちょっとした時間にな。

 とりあえず解体は無事に終わって、解体した肉は部位ごとに分けた上で倉庫の冷蔵庫に入れておいたぞ。

 ……勝手に電源入れたけど、問題はないよな?」


「ああ、はい、問題ないです。

 それで、えーっと、テチさんはどうしたんですか?」


「着替えに少し時間がかかってるだけだから、すぐに来ると思うぞ。

 ……で、だ。あの肉の半分は俺達が貰うとして……残り半分はどうするつもりなんだ? 一人で食っちまうのか? それとも保存食か?」


「あー……ここにいる子供達とボタン鍋を食べようと考えていたんですが、それって問題ありますかね?」


「いや? 良いんじゃないか?

 ただ子供達に食べさせてやったとしてもあの量だ、それだけじゃ食いきれないとは思うけどな」


「それならそれで、冷凍するなり保存食にするなりして楽しみますよ」


 と、そんな会話をレイさんとしていると、家の方からテチさんがやってきて……その姿を見るなり俺の視線は釘付けになり、レイさんはぶはっと吹き出し、コン君は「おー!」なんて声を上げる。


 薄ピンク色のひらひらのスカートに、胸元や襟にふりふりとしたものがついたふんわりとしたシャツに。


 女性の服装にはあまり詳しくないけれども、それはテチさんらしくないというか、普段着ている動きやすい服の正反対に位置しているもので……テチさんの尻尾はしんなりと垂れて、スカートの裾からちょこんと顔を出している。


 そういうスカートだからそうしているのか、それともその表情から見て分かる通りに気落ちしているからなのか……なんとも力なく垂れた尻尾をじぃっと見ていると、レイさんが笑いを含んだ声をかけてくる。


「母さんが他の服全部洗っちまったみたいでさ! いや、探せばもっと他にもあったんだろうが、他所様のお宅で変な格好はさせられないって、アレを持ってきちまったんだよな!

 よりにもよって母さんお気に入りの、母さんが買ってきたアレをさ!

 普段着てないだけで普通に似合ってるのがまた笑えるよな!」


 そう言ってなんとも下品な顔でゲラゲラと笑うレイさんのことを、つり上がった目で睨みつけたテチさんは、垂れた尻尾でペシンと地面を叩き、地面に転がっていた小石を跳ね上げさせ……掴んで振りかぶって、レイさん目掛けて投げつけてしまう。

 

 それをギリギリの所で回避したレイさんは……笑うのを止めて真っ青な顔となって冷や汗を垂らして……そそくさと逃げるようにして、森の中へと消えていってしまう。


 そんなレイさんの背中にもう一度小石を投げつけたテチさんは……ため息をつきながらどかんと、勢いよく休憩所のベンチに腰掛け、なんとも不満げな顔で頬杖を突く。


「……で、あの肉はどうするんだ?」


 腰を掛けるなり話題を変えるためかそう言ってくるテチさんに、先程レイさんにした話をすると、テチさんは「なるほど」と頷いてから言葉を返してくる。


「そういうことならボタン鍋は今度の日曜日にしたら良い。

 解体したての肉よりも、数日寝かせた肉の方が美味くなるからな……富保の倉庫の冷蔵庫があれば腐るとか味が悪くなるとかはないだろうし、日曜日くらいが食べごろだろう」


 その言葉を受けてコン君の方へと視線をやると、コン君は日曜日で良いよとばかりにこくこくと頷いてくれる。


 他の子供達にも予定があるかどうか聞く必要はあるだろうけど、ひとまずは日曜日ということで話を進めて良さそうだ。


「えーと、じゃぁ土曜日に野菜とかを買って、後のことは日曜日にって感じかな」


 スマホをポケットから取り出し、スケジュール帳にそこら辺のことを入力しながらそう言うと、テチさんが首を左右に振ってから言葉を返してくる。


「いや、それだけじゃぁ駄目だ。

 鍋だってかなりの数必要だろうし、米だって人数分買って炊いておく必要がある。

 気軽に皆で鍋なんて言い出したは良いが……何しろこの人数だ、それなりに準備が必要だぞ。

 土曜日と日曜の朝はその準備で忙しくなると覚悟しておいたほうが良い。

 ……それともやっぱり、皆で鍋なんてのは面倒だから止めてしまうか?」


 と、そんな言葉に俺は悩むまでもなく、コン君の表情を見るまでもなく、一切の間を置かずに言葉を返す。


「いや、準備が大変でもやることにしよう。

 皆にはお世話になってるし、これからもお世話になる訳だし、お近づきのご挨拶と思えばそのくらいはなんでもないよ。

 ……それだけ大掛かりとなるとお肉が足りるかが不安だけど、そこら辺は大丈夫かな?」


「ボタン鍋といっても大部分は野菜な訳だからな……まぁ、なんとかなるだろう。

 コンみたいな食いしん坊でも、あれだけの大きさのイノシシは食べ尽くせないさ」


 と、テチさんがそう言うとコン君は、


「どうだろーなー! オレってばすごく食うからわかんないぞー!」


 なんてことを言って……両手を腰にやって胸を張って構えてのドヤ顔を見せてくる。


 その顔を見てふふっと小さく笑ったテチさんに、ちょいちょいとその頭を撫でられたコン君は「わひゃー!」と声を上げて両目をぎゅっとつむって両手を振り回して……そうしてから俺を見てテチさんを見て、皆が働いている畑を見て……もう自分がここに居なくても良いことに気付いたのだろう、タタッと駆け出して畑へと向かう。


 真面目というか勤勉というか、なんとも立派なその後姿を見て感心した俺がテチさんの方を見やると、テチさんもまたそんなコン君の背中を感心したような、頼もしく思っているような、そんな温かい表情で見やっていて……その横顔を見つめた俺は思わず言葉を漏らす。


「その服、似合っていると思うよ」


 表情の柔らかさ服のふんわりとしたイメージがなんとも合っているように見えて、それでそんなことを言ってしまって……怒られないだろうかと緊張していると、テチさんはふいっと顔を逸らし……何処かを見つめたまま黙ってしまう。


 そんなテチさんになんと言葉をかけたら良いのやら……分からない俺は同じく黙り込み、夕方になるまで静かに子供達の働きっぷりを見守るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る