第16話 ダウン
「だらしねぇなー!」
テーブルの上にちょこんと座ったコン君が、テーブルの突っ伏す俺の頭をちょいちょいと突きながらそんなことを言ってくる。
「……い、いや、あれは流石にダメージでかいというか、誰でもグロッキーになると思うよ……。
な、内臓が……内臓がどばってイノシシの口からどばって……」
休憩所から少し外れた森の入り口というか、森に入った辺りで行われたイノシシ解体の第一歩、内蔵取り出しの光景を見て俺は……吐き気を催したというか、貧血のような症状を起こしてしまい、未だにテーブルに突っ伏したまま、起き上がれないでいる。
「姉ちゃん達はもう倉庫の方に行っちゃったぞー!
ねこ車で運んで、向こうでほんかくてき、な解体するんだってさー!」
更にコウ君がそんなことを言ってきて、俺を元気付けるためなのかちょいちょいとその小さな手で頭を撫でてくるが、それでも俺は顔を上げることは出来ない。
「ほ、本格的な解体か……どれくらい時間かかるんだろうなぁ」
「結構かかると思うぞー、解体が終わったらお風呂入ったりもしなきゃいけないからな!」
「……お風呂? なんでお風呂なんかに入る必要があるんだい?」
「なんでって、オレ達はじゅうじん! だからだよ!
野生の獣とか鳥には、色々な虫や病気がついていて、オレ達は獣に近いからそれをもらっちゃうんだってさ! だから獣に触ったり解体したりしたらお風呂に入って着替えてきれいにならなきゃいけないんだよ!
そういう病気はにんげんが研究してくれねーから、治すのが大変なんだってさ。
お薬とかぜーんぜん無いんだってさ!」
「あ、あー……なるほど、なぁ。
そうか、そういうこともあるのか……。
そこらの動物が持っている病気なら、家畜用の薬とかはあるかもだけど……それが獣人に効くかは分からないしな……かからないようにすることが第一ってことなのか。
怪我をしたりしたら、尚のこと感染の危険が増す訳だし……うぅん、そういうことならもっと、銃の所有許可を出してあげたら良いのになぁ」
と、そんなことを言っているうちになんとか気分が良くなってきて、顔を上げると……リスのぬいぐるみのような姿の子供達がわらわらと俺を囲むようにしながらたむろしている光景が視界に入り込む。
「……あれ? 皆、仕事はしなくて良いのかい?」
そんな子供達にそう声をかけると……子供達は半目になっての視線を向けてくる。
コン君もまたそんな視線を俺へと向けてきて……事情が分からず困惑する俺に、ため息を吐き出してから説明をし始めてくれる。
「オレ達は子供だから、大人がかんとく、してる時しか働いちゃ駄目なんだよ!
ミクラ兄ちゃんがぐったりしてこっち見てくれねーから、仕方なく休んでたの!
ついでに、姉ちゃんが用意してくれた獣避けの薬撒いたりもしてたけどなー、もうそれも終わっちゃったし、早くかんとく、してくれよー!」
と、そう言ってコン君はテーブルの上に乗っかっていたビニール袋……獣用忌避剤と書かれたそれを小さな手でペシンペシンと叩く。
よく見てみれば子供達の中には、虫を叩く用の棒を構えて……俺を守っているかのような位置、体勢で周囲に鋭い視線を巡らせている子もいて……自分の情けなさ過ぎる現状をよく理解した俺は、両頬を自らの手で挟み叩き、気合を入れ直してから姿勢を正す。
「皆、ごめんな。初めてああいう光景を見たものだから気持ち悪くなっちゃってな。
これからテチさん達が戻るまでしっかり監督するから、お仕事頑張ってくれよ」
姿勢を正してから頭を下げながらそう言うと、子供達は笑顔になって「いいぞー」「きにすんな!」なんてことを言ってくれて……タタタッと畑の方に駆けていって、木に登り仕事をし始める。
……が、コン君だけが何故かテーブルの上に残ってしまい……俺は首を傾げながらコン君に声をかける。
「コン君は休憩かい?」
「オレはなー! テチ姉ちゃんにミクラ兄ちゃんのこと頼むってお願いされたから、ミクラ兄ちゃんの側にいるぜー!
なんかあったらオレが守ってやらないとだしなー! 姉ちゃん達が戻るまでは近くにいるぞー!」
尻尾をゆらゆらと揺らし、ぎゅっと両目を閉じての笑顔を浮かべたコン君がそう言ってきて……俺はなんとも情けないなぁと頭を掻きながら言葉を返す。
「そうか、ありがとうね。
……皆にも色々とお世話になっているし、今度何かお礼をしないとだなぁ」
「お礼か! ならあのイノシシのお肉、食わせてくれよ!
イノシシって美味しいんだろー! あれはオスでメスのほうが美味しいらしいけど、それでも食べてみたいなー!」
「……お肉食べるんだ? リスの獣人なのに?」
「……ミクラ兄ちゃん、何言ってんだ?
シマリスはふつーにお肉食べるぞ? そんでオレ達は獣人だからな? 大好きだぞ、お肉!
どんぐりとか栗とか、クルミは大好物だけどなー、お魚もお肉も食べるし、牛乳も飲むし、人間が食べるものは大体全部食べるぞー」
「え!? そうなの!? シマリスって肉を食べるってことは雑食なんだ!?
あ、いや、でもそうか、ネズミの仲間? なんだし、そういうこともあるか……。
……ま、まぁ、うん、そういうことなら機会を作って皆で食べるとしようか。
……あ、でもあのイノシシにトドメを刺したのはテチさんだから、あのイノシシの肉はテチさんのものってことになるのかな?」
「えっとえっと、オレ知ってるぞー。
誰かの畑とか家で獣がとれた時は、そこの人と、獣を倒した人で半分分けするってさー!
だから、あのお肉の半分はミクラ兄ちゃんのものだよ!」
「あ、そうなんだ。
結構な大きさだったし、皆小さな体しているし、それなら皆にごちそうするには十分な量になるかな。
……うん、そういうことなら、今度ごちそうさせてもらうよ」
「やった!
イノシシってつまり豚だろー! 豚なら何かなー、生姜焼きかなー、とんかつかなー!
チャーシューとかもオレは好きだなー!」
「あー、生姜焼きは良いかもなー。
臭みも取れるだろうし、きっと美味しいはず。
皆で食べるならボタン鍋っていうのも悪くないかもなー」
「ボタン? ミクラ兄ちゃん……いくらなんでもボタンは食べられないぞ?
固いし美味しくないし、飲み込むと危ないからかじるなって怒られたことあるぜー」
「ああ、いや、イノシシ肉のことをボタン肉っていうんだよ。
野菜とボタン肉を生姜と味噌の味付けで煮込むとこう……美味しい鍋になるんだ。
……コン君くらいの年齢だと、まだ鍋とかは好きじゃないかな?」
「いや! 大好きだぜ! お鍋!
うはー、美味しいお鍋楽しみだなー!」
と、そう言ってコン君はぎゅっと両目をつむって両手を振り回してぴょんぴょんと跳ねて、その全身でもって喜びを表現する。
嬉しい時笑いたい時、目をつむるのがコン君のクセなんだなぁと、その様子を見ながら笑っていると……コン君はくるくるとその場で踊り始める。
軽快なステップによるなんとも楽しそうなその踊りは見ていて飽きないもので……それから俺は、テチさん達が戻ってくるまで、畑の様子をちらちらと見ながらのコン君との会話を楽しむのだった。
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