第7話 そして新生活が始まる
子供達の方へと向き直ったテチさんに釣られて、そちらへと視線をやった俺は……美味しいおやつを食べてご満悦といった表情で働く子供達のことをじっと見やる。
まるでぬいぐるみのような可愛い格好で、その大きな尻尾をふさふさと揺らしながら一生懸命に働いていて……本当に可愛らしくてたまらないものがある。
「いや、しかし……こうして獣人を間近で見るのは初めてだけど、本当に可愛いなぁ」
子供達の方へと視線をやりながら俺がそんな言葉を思わず漏らすと、テチさんはびくりと反応してから、俺の方に視線を向けてきて……睨みつけるようにしてから声をかけてくる。
「お前……獣人に対しての忌避感は無いのか?」
その声を受けて、テチさんの方へと視線をやって、その苦渋いといった表情をじっと見つめた俺は……首を左右に振ってから言葉を返す。
「そういうのは無いかなー。
獣人に対しての忌避感がどうのなんてのは、かなり古い考えっていうか、昭和の時代って感じで……そのくらいの年齢の人でも、未だにそんな考えを持っている人は少数派なんじゃないかな。
俺はそこまで詳しくないけど、文化とかの研究はもちろん、医学方面での研究も進んでいるって話だし、最近はテレビアニメなんかでも獣人作品を見かけるようになってきたからね。
……えーと、なんて言ったっけ、ほら……大昔の戦争で大勝利したっていうアテルイって名前の獣人の英雄の話とかさ。
そう言えばレイさんの名前のあるれいもその人にちなんでいる感じなのかな?」
「……まぁ、そうだよ……父さんが好きでつけた名前だよ。
テレビの電波はこっちでも入るから、アテルイのアニメとかドラマとか、皆夢中で見ているけども……。
……もう戦争は過去のことって訳か」
「言い方は悪いかもしれないけど、見た目や文化が違うだけで……同じ言葉を使う同じ国に住まう仲間というか、隣人な訳だし、少なくとも俺は特にあれこれ思うことはないかな。
戦争も……まぁ、過去のことだって割り切りまではしないけど、二度と起こさなくて良いように仲良く、平和にやれたら良いと思っているよ」
そんなことを言って俺は……テチさんの顔をじっと見つめる。
思えば子供の頃、曾祖父ちゃんの家に遊びに来ていた時は、獣人を見かけたりはしなかった。
恐らく曾祖父ちゃんが獣人達と交流を持ち、契約をするようになったのは最近のことで……テチさん達としても、獣人ではない人間と関わることにまだ慣れていないのかもしれない。
「まーでも、アニメもドラマも、本物の獣人をしっかりと見たことのない、文化を知らない人達が作っているからさ、こうして見る本物とは全然違う感じで……こんな風に本物と会話しているのが何だか変に思えてしまうね。
……もし、向こうの人達が獣人のことをちゃんと知ったら、獣人の子供達があんなに可愛いと知ったら、獣人子供タレントとかが大流行するかもなぁ」
テチさんの顔を見つめながらあれこれ考えて……そんなことを言って、改めてテチさんの頭の上にある耳と、尻尾を見やる。
改めてみるとテチさんも美人と呼んで差し支えない顔立ちをしていて、そこにちょこんと乗る耳がなんとも可愛くて、感情と連動して動いているらしい尻尾もチャームポイントと言えて……テレビとかに出たらあっという間に人気者になってしまうかもしれないな。
……と、そんなことを考えていると、真顔になったテチさんが鼻息荒く言葉を投げかけてくる。
「ふんっ……。
この辺り一帯は一応日本国内の、獣人自治区ってことになっているけど、未だに国籍問題だとかは解決してないからな。
門の外に出て働くだとか、テレビに出るだとかは夢のまた夢だろうさ。
……こっちに誰かが入るのなんてのも厳禁だしな、あくまでお前は富保の後継者だから……森谷の一族だから、ここでこうしていることを許されているんだってことを忘れないようにしろよ」
そんな言葉に対し俺は頷いて……ポケットの中にしまい込んでいた、門の職員から手渡された何枚かの紙切れを引っ張り出す。
そこにはここでの暮らしに関する様々な注意事項や、禁止事項が書かれていて……後でしっかり読んでおく必要があるなぁなんてことを考えて……そしてそこで、荷物の開封というか、生活を始めるための準備を何一つしていないことを思い出す。
最低でも風呂と寝床と、着替えと夕食の準備くらいはしなければならず……スマホの時計を見てそろそろ夕方が近いということに気付いて、慌てて立ち上がり、テチさんに声をかける。
「ごめん、話の途中だけど、荷物の開封とか風呂や飯の準備とか、色々していないことを思い出したんで、ここら辺で一旦帰らせてもらうよ。
畑の世話とかも含めて、また明日、続きをお願い出来るかな?」
するとテチさんはそう言えばそうだったなと、そんなことを言いたげな表情をし……手をパンパンと叩き、働いている子供達の注目を集める。
「おーい、今日はここら辺で終わりにしよう!
道具を片付けて手洗いをして……そうしたら今度はこの実椋の片付けの手伝いだ!
富保の家の掃除は何度かやっているし、何を何処に置けば良いかは大体分かっているだろう?
皆でさっとやって……暗くなる前に家に帰るぞ!」
注目を集めた上でそんなことを言ってくれて、それを受けて子供達は片手をさっと上げて『はーい!』と元気な返事をしてくれて、道具を片付けるためにと一斉に駆け出す。
「い、いやいやいや、そんな手伝ってもらわなくても……」
その光景を見やりながら俺がそう言うと……テチさんは半目になりながら言葉を返してくる。
「あれだけの荷物、一人でやっていたらいつまでも終わらないぞ。
引っ越しってのは、昔から隣近所の皆で手伝うものと決まってるんだ……ここに住むことになった以上は、郷に入れば郷に従えってことで、こっちのやり方に従って貰うぞ。
……そもそもお前、食料とかはどうするんだ? 通販とかが向こうから入ってくるのは週に一度、月曜だけで……今日は水曜、当分何も入ってこないぞ?
冷蔵庫も倉庫も空で、水だけで次の月曜まで過ごすつもりか?
……こっちで食料を揃えるつもりなら、尚の事こっちのやり方に従っておくんだな。
なぁに、子供達がいればあれだけの荷物でも1・2時間で片付け終わるだろうさ」
そう言ってテチさんはベンチから立ち上がり、お尻の辺りを叩いてゴミを払って……尻尾をゆらりと揺らしてから、子供達の手洗いがしっかり出来ているかを確認するためなのだろう、踵を返して洗い場の方へと足を向ける。
「あ、ありがとう! 助かるよ!」
その背中に慌ててそんな言葉をかけると、テチさんは振り返ることなく片手をひらひらと振って返事をし……その大きな尻尾をゆらりと揺らす。
そうして俺は、テチさんと手洗いを終えた子供達と共に家へと戻り……テチさん達の手を借りながら家の掃除を済ませ、片付けを済ませ……どうにかこうにか新生活の基盤を整えるのだった。
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