第8話 朝、目覚めたら


 ふごっ。


 なんて声を上げて目覚めて……天井に吊るされた古臭い、木枠に囲われた照明を見て、首を傾げる。


 旅館に泊まったかな、なんてことを思って周囲を見渡し、障子戸と押入れのものと思われる襖を見て……自分の上にかかっている懐かしい気分になる派手な柄の布団カバーに包まれた布団を見てから、ようやく昨日曾祖父ちゃんの家に引っ越してきたことを思い出す。


 テチさんと子供達に手伝ってもらって片付けを終えて、レトルトカレーとレトルトご飯という簡単な夕食を終えて、風呂に入って歯を磨いて……そうしてパジャマへの着替えを済ませてから、テチさん達が用意しておいてくれたらしい布団の中に潜り込んで寝てしまったようだ。


 風呂に入った辺りからはもうとにかく眠い眠いと連呼し、布団で眠ることばかり考えていたことを思い出し……引っ越しの疲れがあってのこととはいえ、色々不覚だったなぁと、そんなことを考えてから頭をひと掻きし……むくりと起き上がり、布団を畳んで押し入れに押し込んでから、洗面所に向かう。


 なんとも冷たい水道の水で顔を洗って、軽く口をゆすいでから、さて朝は何を食べようかと悩み……朝もまた電子レンジがあれば食べられるレトルトカレーにするかと決めて台所へと向かう。


 そうしたらレトルトご飯を温めて、レンジで温められるレトルトカレーを温めて、適当な皿に盛ってスプーンとコップを用意して……台所で食べてしまうのも何だなと、居間へと向かう。


 居間の中央にでんと構えている座卓にそれらを置いて、座布団の上に腰を下ろして……正面に見える窓を……縁側に接する窓を開けっ放しにしたまま寝てしまったようだと、そんなことを思いながら手を合わせて、


「いただきます」


 と、声を上げてから、スプーンを構える。


 そうして何処で食べても代わり映えのない、レトルトカレー独特の風味がするカレーを食べていって……半分ほど食べた所で、なんとなく視線を向けている真正面の縁側に、ちょこんと大きなリスが現れて……じっとこっちを見つめてくる。


 そんなリスへと視線を返して……ああ、服を着ているしあの子は、リスじゃなくて昨日畑で働いてくれた子供の一人じゃないかと、そんなことを考えていると、その子がテテテッとこちらに駆けてきて……俺の横にちょこんと座って、そのくりんとした目で俺のことをじっと見つめてくる。


「……おはよう」


 そんな子供の視線を受けながら、俺がそう声をかけるとその子は「おはよう!」と元気な返事をしてから、またじーっとこちらを見つめてくる。


「えっと……何か用なのかな?」


 その可愛い目を見つめ返しながら俺がそう言うと、その子はくいっと首を傾げてから、言葉を返してくる。


「えっと……テチ姉ちゃんが、お前のこと呼んでこいってさ!

 もし朝ごはん食べてるようなら食べ終わるまで待って、それから畑に連れてこいって言ってたから、食べ終わるの待ってるんだ!」


 その言葉を受けて俺は「なるほど」と呟いてから頷き……まずはカレーを食べきるかとスプーンを動かし、食事を再開させる。


 そうしてカレーを食べ終えたなら台所へと食器を運び……後で洗いやすいように、洗い桶の中の水に食器を浸しておく。


 そこで自分がパジャマのままだったことを思い出し、寝室へと向かって……恐らく男の子と思われるリスの子供の監視の中ささっと、適当な長袖のシャツとスラックスへの着替えを済ませて、洗面所に向かってから歯を磨き……洗濯やら洗い物やら色々やることがあるなーと、そんなことを考えながら身支度を済ませて、玄関へと向かう。


 靴を履いたら玄関の外へと出て……鍵をかけようかと思いはしたものの、そもそもこの家の鍵を持ってこないことを思い出し……まぁ、今まで何もかもを開けっ放しで問題無かったのだから良いかと諦め、未だにこちらをじぃっと見つめてくる子供と一緒に畑へと向かう。


「あー……そう言えば君の名前は?

 俺は実椋って言うんだけど……」


 向かう途中そう声をかけると、テテテッと軽快に、まるで本物のリスのように地面を駆けていたその子は足を止めて、振り返りながら言葉を返してくる。


「お前はミクラって名前なんだなー!

 俺はコン! よろしくー!」


 コン。

 これもまたきっと風変わりな名前の一部を切り取ったものなのだろうなぁと考えつつ……コンってのはどうにも、狐っぽい名前だなぁなんてことを考えて……そう言えばリス以外の獣人も、それこそ狐の獣人とかもこの森で暮らしているのかなぁ、なんてことまで考えてしまう。


 確か……以前読んだ本には、猪に熊、狐にたぬき、アナグマにカモシカに、犬や猫の獣人もいるなんてことが書いてあったっけ。


 一応あちら側……門の向こうにも大使という形で獣人が何人か住んでいるのだけど、その人達は獣人らしい部分、耳とか尻尾とかを帽子やらフード、あるいは髪の毛で上手いこと隠していて……傍目には少し変わった人間という風にしか見えない。


 そしてあちらの本などに描いてあったり、ドラマやアニメで登場したりする獣人という存在は、そういう人達から発想したというか、想像を膨らませた形となっていて……今目の前に居るコンのような、リスそのものの姿をしたような獣人が存在しているというのは、全くと言って良い程に知られていない状態だ。


 ……まぁ、仮に何らかの機会にこの子を見かけていたとしても、大きいリスだとかぬいぐるみだとか思うくらいで、まさか獣人だとは思いも寄らないだろう。


 目はくりんとしていて、その毛はしっかりとお風呂に入って手入れしているのだろう、ふわふわでさらさらで……その一挙手一投足の全てが可愛らしい。


 動物とかぬいぐるみとかとはまた違う可愛さが感じられるのは……言葉が通じるからなのだろうか、それともコン達がそれなりの知性を有しているからなのだろうか。


 その言動や仕草は動物っぽい部分もあれば、保育園児や幼稚園児を思わせるような部分もあり……その両方の可愛さを有していると言えるのかもしれない。


 と、そんなことを考えていると、畑が見えてきて……一列に並ぶ子供達の前に立つテチさんの姿が見えてくる。


 するとコンは今まで以上の速さで駆けていって……その列に息を切らしながら並び、ちらりとこちらを見て俺の姿を確認したテチさんは、コンの頭をよしよしと丁寧に撫で始める。


 そうしてコンのことをたっぷりと撫でたテチさんは、並ぶ子供達に向けて、


「今日も見逃しがないように、怪我をしないように、気をつけながら仕事をするんだぞ!」


 と、声をかける。

 

 すると子供達は元気に片手を上げて「はーい!」との返事をして……昨日働いていた一画とはまた別の、奥の方の一画目掛けて一斉に駆け出すのだった。

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