第6話 グラッセ


 俺が保存食作りへの想いを語り、テチさんがなんとも興味無さそうな視線を送ってきて……そうして少しの間があってから、がさりと音がして、その音がした方から一人の男性……茶髪茶目のリス獣人の若い男性が姿を見せる。


「おう、とかてち、しっかり子供達の世話をしてるか?」


「それが保育士である私の仕事なのだから当然でしょ。

 兄さんこそ仕事中でしょうに、何をしにきたの?」


 シャツにジーパン、真っ白なエプロンという格好の男性がそんなことを言ってきて、テチさんがそんな言葉を返してきて……テチさんによく似たテチさんのお兄さんらしい男性が、その手に持っていた大きな買い物袋をがさりと持ち上げてからテチさんを見て、俺を見て声を上げてくる。


「子供達への差し入れだよ、差し入れ。

 富保さんの後継者と無事に契約を結べたって話だし、そのお祝いと挨拶も兼ねてだな。

 ……そしてそっちのが富保さんの……自己紹介が必要、かな。

 オレは栗柄 あるれい、そこにいるとかてちの兄で……レイって呼んでくれて良い、よろしくな。

 それと本当にありがとうな、富保さんの畑での稼ぎは一族の稼ぎの中でもかなりのものだったから、今年からも継続出来るとなって心の底から安心したよ」


 そう言ってきてレイさんは、にかりと笑顔を見せてきて……俺が名前を名乗った上で「こちらこそよろしくお願いします」と返すと、その笑顔を弾けさせてから、持ち上げた買い物袋をテーブルの上に置いて、その中にあったいくつものプラスチック容器を取り出し、そのうちの一つを俺の前にとんと置いてくれる。


「富保さんの畑で採れた栗とクルミを使ったグラッセだ。

 マロングラッセなんて言い方をする人もいるが知ってるか? マロンってのはフランス語でマロニエの木の実を指す言葉であって、栗の実を指す言葉じゃねぇらしいんだぜ?

 栗の実にはシャテーニュって別の言葉がしっかりあるんだよな。

 マロニエの木の実は食べるための下準備がひどく面倒でな、栗の実を代用するようになって、いつしか栗の実を使うのが当たり前になっていって、そのまま日本に来ちまって勘違いが広まっちまったらしいんだよな。

 モンブランも正式にはモン・ブラン・オ・マロンって言って、昔はマロニエの木の実を使っていたらしいぜ」


 と、そんな嘘か本当か分からないうんちくを語りながらレイさんは、容器の蓋をあけて、袋の中にあったフォークをテチさんと俺に手渡してきて、満面の笑みで食え食えと促してくる。


 促されるままに、容器の中にあった……まずは栗の実から行くかとフォークで刺して口の中に運ぶと……爽やかな甘さと栗の香りが口の中に一気に広がってきて、そのあまりの美味しさに何も言えなくなり、ただ口を動かすことしか出来なくなる。


「はっはっは、美味いだろ、美味いだろ。

 富保さんの畑の栗とクルミは特別に美味いからなー……おおい、ガキ共! おやつの時間だぞ!!

 そこの水道で手洗いうがいをしたやつから食べてよーーし!」


 そんな俺を見やりながらレイさんは、畑で働く子供達へと向けての大きな声を上げて―――瞬間、子供達からの歓喜の声が上がり……子供達が物凄い勢いでこちらに駆けてくる。


 そうして器用に洗い場の上へと駆け上ったと思ったら、蛇口もまた器用にひねって見せて、丁寧に手洗いうがいを済ませていく。


 手洗いうがいを済ませた子供達にレイさんは、袋の中にあったタオルを渡し、フォークを渡し……蓋を開けた小さな子供用の容器を、一つ一つ手渡していく。


 そうやって子供全員に渡したなら、テチさんと雑談をし始めて……その内容が気になりながらも俺は、容器の中のグラッセに夢中になっていく。


 噛み砕けば栗の旨味がふんわりと広がって、今まで食べたどの栗よりも美味い……本当にこれは栗なのかというくらいの味が襲いかかってくる。


 曾祖父ちゃんはあくまでこれは売り物だからと、お客さんのためのものだからと、畑の栗とクルミを食べさせてくれるとは一度も無かったのだが……まさかこんなに美味いものだったとは。


 クルミのグラッセも栗に負けないくらいに美味く、クルミとは思えない風味と独特の歯ごたえを楽しむことが出来る。


 栗はまだしもクルミというのは正直、味がしないというか分からないというか……ただナッツ味がする代物という認識しかなかったのだが、このクルミにはしっかりとこれがクルミの味なのかと思える味があって……俺の手も口も止まることなく動き続ける。


 そうして容器の中にあったグラッセ全てを食べ尽くして……ほっとため息を吐き出して、こんなに美味いものを食ったのは初めてのことかもしれないと、悦に浸っていると、ニヤニヤとした笑顔のレイさんが話しかけてくる。


「美味かったか美味かったか、そうかそうか。

 オレは森の向こうで店をやっててな、そこに来ればいくらでも食べさせてやれるから暇な時にでも来てくれよ。

 当然その時には今回とは違って金を払ってもらうことになるだろうけどな」


 その言葉を聞いて、なるほど、レイさんはグラッセ作り……というかお菓子作りのプロだったのかと、納得するというか感心していると、レイさんは更に言葉を続けてくる。


「それと、だ。 

 実椋、お前保存食作りをやろうとしてるんだって? とかてちから聞いたぞ。

 ここで保存食作りをするってなら当然、まずは栗とクルミから取り掛からなきゃ嘘ってもんだぜ?

 何しろクルミはしっかり乾燥させておけばそれだけで保存食になる訳だし、栗も茹でて冷蔵、冷凍するとか、渋皮煮に水煮とかもあるし、大昔から搗栗と平栗ってな保存法も愛されてる訳で、保存食と言えばこれってくらいに王道だからな。

 ……旬じゃないのが残念ではあるが、今の時代は季節問わず仕入れられたりするもんだし、色々と試してみると良い。

 もしグラッセの方法なんかを教わりたくなったら、その時も店に来ると良い、懇切丁寧に教えてやるからよ」


 そう言ってレイさんはニカッと笑顔を見せて、親指を立てての決めポーズを見せてきて……テチさんの冷たい視線を受けてか、そそくさと片付けを始める。


 フォークやタオルを回収して、容器と一緒に大きな買い物袋に詰め込んで……子供たちに「じゃあな!」と一声かけて……そうしてそそくさと森の中へと戻っていく。


 そんなレイさんの背中を見送ってから……お礼を言い忘れてしまったな、なんてことを考えて……いつかお店に顔を出さないとなと、そんなことを考えた俺は、テーブルに頬杖をついたまま、レイさんが去った方へと冷たい視線を送り続けているテチさんに声をかける。


「っていうか、テチさんって保育士だったんだな。驚いたよ。

 ……子供が働くのが当たり前ということは、俺達が知っているような保育園とかはなくて……こうやって働いているところを見守るのが主な仕事ってことになるのかな?

 同じ保育士でも、なんかこう随分とイメージが違うんだなぁ」


 そんな俺の声に対してテチさんはため息を吐き出してから言葉を返してくる。


「ま、そっちの保育士とは違って、資格とかはいらないからな、気楽なもんだよ。

 ……仕事と言えばお前はどうなんだ? これから畑をやっていくとしても収入があるのは秋になってからだ。

 それまでどうするんだ? 収入無しで食っていけるのか? 趣味なんかにうつつを抜かしていて問題ないのか?」


「ああ、うん、1年2年くらいなら無収入でもなんとかなる……はずだよ。

 大きな倉庫のあるマイホームがどうしても、少しでも早く欲しくて、社会人になってからの収入はほとんど貯金しての寮暮らしだったからね」


 するとテチさんはもう一度ため息を吐き出して……「余計なお世話だったか」とそんなことを言って、おやつを食べてやる気いっぱいだとばかりに働く子供達の方へと顔を向けて、頬杖を突き直すのだった。

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