第4話 栗畑のあれこれ
大きな尻尾をゆらゆらと揺らしながら、楽しげに行進していく子供達の後を追いかけていって……畑へと到着すると、子供達がテチさんの前に一列に整列し、腰を落としたテチさんが子供達の頭の上にぽんぽんと優しく手を置きながらその数を数えていく。
「19、20……よし、今日はちょうど20人か。
今日から新しい地主相手の仕事になるが、やることは今までと変わらない。
見逃しがないように、怪我をしないように、気をつけながら仕事をするんだぞ」
数え終えたならそう声をかけて、子供達は「はーい!」と元気な返事をし……そうして畑の隅の方にあった、荷物置きらしい小屋へと駆けていく。
小屋に入り……しばらくして小屋から出てくると、その手には小さな木の棒とゴミ袋が握られていて……そうして子供達は駆け出し、畑のあちこちへと散って、手近な木……栗の木へと飛び付き、棒や袋を手にしているというのになんとも器用に木を登っていって……枝の上などに腰を下ろし……枝や幹をじっと観察したり、匂いを嗅いだりとし始める。
「今日は栗畑の世話になる。クルミに関しては明日でも……まぁ、いつでも良いだろう。
クルミは手がかからない木だからな。
栗もまぁ、手がかからない方なんだが、農薬を使わないこの畑では害虫や病気に気をつける必要があるんだ」
そんな子供達の様子を見守りながらテチさんはそう言って……小屋の近くにある、ハイキングコースにあるような休憩所へと足を向ける。
土台をコンクリートか何かで固めていて、木製の屋根があって木製のベンチがあって、木製のテーブルがあって……その奥にはキャンプ場を思わせる洗い場があって水道があって、よく見てみればガス管まで引いてのコンロ台までが用意されている。
コンロそのものは置いてないが……コンロを設置して元栓をあければここで料理をしたり、お茶を沸かしたりも出来るだろう。
そしてそんな休憩所の椅子に慣れた感じで腰を下ろしたテチさんの様子から察するに、曾祖父ちゃんとテチさんは、ここでお茶を飲んだりしながら働く子供達のことを見守っていたのだろう。
そんなテチさんの向かいの席へと腰を下ろした俺は……改めて休憩所の中を見回してから、子供達の方へと視線をやって……手帳とペンの準備をしながらテチさんに質問を投げかける。
「子供達は具体的に何をやっているの? あの棒と袋は一体……?」
するとテチさんは、子供達の方へと視線をやったまま言葉を返してくる。
「さっきも言った通り木が病気になっていないかの確認をするついでに、害虫の駆除をしているんだ。
目に見える害虫を見つけたらあの棒ではたき落として袋の中に入れる訳だな。
アブラムシのような数が多くて、棒でどうこう出来ないようなのはまた別の手段を取ることになるが……まぁ、この森に出る害虫はあの棒があれば大体なんとかなる。
病気を見つけたらこちらで薬を調合してなんとかすることもあるが、大体は樹木医に連絡して対応してもらうことがあるな。
……樹木医のことは知っているか? 木を専門とした医者のことで……富保は異常が何も見当たらなくても、年に2回は樹木医に来てもらっていたな。
樹木医でなければ分からないこと、出来ないことがあるとかで……連絡先を教えてやるから、後で挨拶をしておくと良い」
そう言ってテチさんは暗記しているらしい電話番号を口にし始めて、俺は慌ててその番号をメモしていく。
「他の畑の世話でやることと言えば……2月頃には剪定をするし、剪定した枝を冷蔵庫に保管しておいて、それを接ぎ穂として接ぎ木をすることもある。
……接ぎ木は分かるか? 栗の実から苗を育てて、その苗に切った枝を接いで新しい木とするんだ。
そのまま育てるよりも、どういう訳かそうした方が多くの実がなるし、美味しい実がなってくれるんだ。
木というのは、どんなに大事にしてやってもいつかは枯れるものだからな、毎年接ぎ木で数を増やしていって、畑が枯れないように……空畑にならないようにする必要があるという訳だ」
野菜と違って栗やクルミは収穫出来るようになるまでかなりの年月がかかるもので……何本かの木が枯れたからと、収穫量が減ったからと慌てて増やそうとしても、年月を経るまではどうすることも出来ないものなんだそうで……毎年毎年欠かさず接ぎ木を行い、少しずつ増やしていって……数を増やしすぎない程度に管理していく必要があるんだそうだ。
「後は……木が弱っているようなら肥料を撒くこともあるが、それはまぁ稀なことだな。
この森の土はよく肥えているから余程のことがなければ肥料は必要ない、むしろ肥料が多すぎると病気になってしまうから、無闇に肥料を撒かないように注意しろよ。
……後は……そうだな。まだまだ先のことだが、収穫した栗とクルミを売る業者の連絡先も教えておこう。
……片方はまぁ、見る目のあるマシな業者で……片方は富保の昔なじみということを傘に来て、相場の半値以下の値段で買い叩くロクデナシだから……ロクデナシの方には連絡も挨拶もしないほうが良いぞ」
そう言ってテチさんは二つの電話番号を教えてくれて……教えてくれた後に後者には絶対に連絡するなとの念を押してくる。
テチさんがそこまで言うならばと、手帳に電話番号と一緒にそのことをしっかりと書いた俺は……改めて畑で働く子供達の様子を見てから声を上げる。
「……え? あれ? 世話ってそれだけなの?
害虫駆除をして、必要に応じて肥料をやって……接ぎ木をしたり樹木医に見てもらったり……それだけ?」
するとテチさんは、テーブルの上に頬杖をついて、こちらを半目で見やりながら言葉を返してくる。
「そうだな、言葉にすればたったそれだけのことだ。
栗は暑さにも強いし、寒さにも強いし、雨風に負けることもまず無い木だ。
野菜畑や果物畑と違って、まったく手を入れなくてもそれなりの収穫が見込めたりもする。
クルミなんかは栗よりもうんと手がかからなくて、天候の変化や病気にも強いからな……その程度のことに4割も払うなんて、損をしてしまったと後悔しているか?」
俺を試すような態度で、俺の何かを見抜こうとしているような表情でそう言ってくるテチさんに……俺はしばらく考え込んでから、声を上げる。
「……いや、損をしたかどうかは、秋まで頑張ってもらって収穫が終わってみて、その収益を見て判断するよ。
判断した結果、契約内容の変更が必要だと思ったならその時は、話し合いをお願いするかもしれないけど……大ベテランの曾祖父ちゃんがずっとその契約を続けていたっていうなら、それ相応の理由があったんだろうし……うん、今はテチさん達のことを信用することにするよ」
そんな俺の言葉にテチさんは「ふっ」と小さく笑って……頬杖をついたまま、子供達の方へと視線をやる。
それにならって俺も子供達の方へと視線をやると……一部の子供達が枝の分かれ目に器用に挟まったり、根本に腰掛けたり、そこら辺に寝転がったりしながら、すやすやと眠っている姿が視界に入り込む。
「子供なんだ、ああやって昼寝をすることもある。
昼寝をしながら、時には遊んだりもしながら働くのが子供達だ。
……信用するとまで言ってくれたんだ、今更損をしたとか言い出すのは無しにしてくれよ?」
子供達の寝姿を見て小さな驚きを抱いている俺に対し、テチさんはそんなことをニヤニヤしながら言ってきて……俺は平静さを保ちながら、
「う、うん……まぁ、逆に良かったよ、曾祖父ちゃんやテチさんが子供達に過酷な労働を強いていた訳じゃないって知れて、あ、安心したよ……」
と、そんな言葉を返す。
するとテチさんは何も言わずにニヤニヤと……俺の顔をじっと見つめながらニヤニヤとし続けるのだった。
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