第3話 獣人の子供達


 シャツやズボン、あるいはワンピース。体全体を覆うマント姿なんて格好をしたのも居て……大きめのシマリス達はわいわいがやがやと声を上げながら……日本語で会話をしながらこちらに歩いてくる。


「か、かわいい!?」


 その列が目の前までやってきて、ぴたりと停止し、つぶらな瞳を一斉にこちらに向けてきて……俺の口から思わずこぼれたのはそんな言葉だった。


 シマリスそのものがそもそも可愛いのに、それがぬいぐるみのように服を着ていて、一列にならんでいて、保育園児や幼稚園児を思わせるおぼつかない足取りで歩いているのだから、そんな言葉を口にしてしまうのも仕方のないことだった。


「姉ちゃん姉ちゃん! 富保爺ちゃんの畑、これからもオレ達が世話して良いのか!」


 可愛いシマリスの一人がそう声を上げて……俺の隣に立つテチさんはこくりと頷いて言葉を返す。


「ああ、畑の世話は私達の一族がするということで契約が交わされた。

 去年のようにお前達が世話をするんだ」


 すると大きなシマリス達は満面の笑みを浮かべて、周囲を駆け回ったり、その場で飛び跳ねたり、隣の子と手を取り合ったりして喜びを爆発させる。


「あ、あのテチさん?

 この子達は一体……? こ、この子達も獣人の一族なの?」

 

 その様子に目を奪われながら……この光景をずっと眺めてみたいなぁなんてことを考えながら俺がそう声をかけると……テチさんは一瞬だけ眉をひそめて、何とも面倒くさそうな表情をしてから言葉を返してくる。


「ああ、そうだったな……お前は獣人のことを何も知らないんだったな。

 この子達は私達の一族の子供……年齢的には5・6歳の子達だな。

 リスそっくりの見た目で私とは全く似ても似つかない姿だと思うかもしれないが、獣人とはそういうものなのだ。

 子供の頃は獣そっくりの姿で生まれて、獣と同じように育って、大人に近づくにつれて毛が抜け、爪や歯が短くなって……人間に近い姿になっていく。

 私のように獣の耳と人の耳、両方を持つ者もいれば、どちらか片方しかない者もいるし……本当に稀にだが、人間と全く区別のつかない姿になる者もいる」


 と、そう言ってテチさんは、髪の毛をかき上げて、顔の横……人間の耳がある場所に隠れていた耳を見せてくれる。


 頭の上のリスの耳と、顔の横の人の耳。

 それらを交互に見やった俺は……繰り返し交互に見やりながら質問を投げかける。


「そ、その耳は、その……どちらも耳としての機能がある、の?」


「ああ、もちろんだ。

 と、言っても人の耳は獣の耳より聞こえが悪いし、髪の毛に隠れていることもあってほとんど使っていないがな。

 両方で同時に大きな音というか、やかましい音を聞いてしまうと乗り物酔いのような状態になることもあるから、大体の人はこんな風に髪の毛で隠していて……中には耳栓やヘッドフォンをしている人もいるな。

 獣の耳だけを持つ者は、そういった面倒な手間が必要ないから皆から羨ましがられているよ」


 乗り物酔い……三半規管が関係してそういうことになるのだろうか?

 上の耳と横の耳が頭の中で繋がっていて……そこで音が混在すると、変な影響があるとかか?

 それともそれぞれの耳に鼓膜があって、それぞれの鼓膜が音を拾いすぎてしまってそうなるとか……?


 獣人のことを人の常識で考えても意味は無いのかもしれないが……うぅむ、興味深いなぁ。


 ……ああ、いやいや、今はそれよりもそんなことよりも、確認しておかなければならないことがあるんだった。


「それともう一つ、大切な確認なんだが……さっきこの子達が畑の世話をするとか、そんなことを言っていたけども……その、大丈夫なの? 

 そんなにも幼いとなると児童労働とか、そういう問題になるんじゃない?」


 俺のそんな質問にテチさんは、口をへの字に曲げて「うへぇ」と言わんばかりの顔をして……今日一番の面倒くさそうな表情で言葉を返してくる。


「それはお前達、人間の法というか、人間の常識の話だろう?

 こっちで児童労働だの何だのと言っても常識を疑われるか、笑われるかのどちらかだぞ。

 見ての通り獣人は幼ければ幼い程、獣に近い姿をしていて……獣と同じような、いや、それ以上の身体能力を持っているんだ。

 もちろん私達も木登りは得意だが、子供達は比較にならない程の腕前で……体重も軽いこともあってそれはもう見事なものなんだ。

 そしてそれだけの身体能力を持っている子供に『しか』出来ない仕事がある訳で、私達に限らずどの獣人も、そういった仕事を子供達に任せているんだ。

 もちろん強制はしないし、相応の報酬は支払うし、怪我をしないように大人が監督もするし、ある程度の年齢になったら勉強を優先するように気も使うがな。

 ……ここにいる皆も当然、望んで働きに来ている者達ばかりで、収穫の秋に食い飽きるほどの栗とクルミを手に入れるためにこの子達は、大人以上の働きを見せてくれるだろう」


 そう言ってテチさんが子供達へと視線をやると、子供達は「えへん」と胸を張ってみたり、任せとけと両手を斜め上へと構えてのヒーローのようなポーズをしたり、顔を両手で覆って照れてみたりと、様々な反応を見せてくる。


 様々な反応を見せてくれながらも、嫌がったり暗い表情をしたりしている子は一匹……いや、一人も居らず、そんな様子を見て俺は……お使いとかの『お手伝い』のようなものなのだろうと自分をどうにか納得させる。


「……そういうことなら、うん、分かったよ。

 畑のことはテチさんとこの子達に任せるとするよ。

 ……それで、その……肝心の畑の世話は早速これから始めるの? それとも今日は顔合わせだけでまた明日、という感じ?」


 何度も何度も頷いて、自己催眠のような形で自分を納得させながらそう言うと、テチさんと子供達は畑の方へと視線をやって……「なら早速始めるか」と、そう言って畑の方へと歩き始める。


 尚も一列になって歩いていく子供達が先頭で、それを見守るようにゆっくりと歩くテチさんが後を追って……以前見かけた保育園児のお散歩が、確かあんな感じだったなと、そんなことを思いながら俺は、鞄の方へと駆け寄り……中にしまってあった手帳とペンを取り出す。


 これから畑の世話について色々なことを教わるのだから、これは必須だろう。

 それと動画や写真も残した方が良いだろうからと、スマホの充電も確認して……一応充電用のバッテリーも取り出し、ジーパンのポケットに押し込んでおく。


 そうやって今できる最低限の準備を整えた俺は……「1・2! 1・2!」なんて声を上げながら元気に楽しそうに行進を続ける子供達の方へと駆け寄るのだった。

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